残ったもの3
「くだらない、本当にくだらないことだ」
暁は語った。
まだ幼かった暁は、現実が、社会が、地域が、大人が、暁にもたらした、納得のいかない理不尽に絶望し、怒り、拗ねていたのだと。
「俺はあの日に幼さを捨てたつもりでいたが、なんのことはない、その分早く反抗期を向かえ、それがいまだに続いていただけのことだ」
復讐や非行は、そこに至る経緯の深刻さに差はあれど、それに身を委ねるという行為は、満足を、快楽を、或いは安心を、もたらしてくれるのではないだろうかと暁は考えていた。
そうせざるを得なかった事情があった者でも、それを選び、為した時、心の裡には満たされるものがあったはずだ。満たしたモノが昏いか明るいかは別として。
暁と羽龍にとって、あの日選んだ道が唯一にして無二だったとは決して言えない。
それは幼き視野で、感情に身を任せ、安易に掴んだ生き方だった。
子どもが選んだ生き方を、綿密な計画の上で人生を賭して二十年貫き推進してきたことは類い稀なる精神力の賜物か、妄執の強さ故だったのか。
美嘉が言っていたように、その目的達成能力を持ってサッカーを続けていたら。或いは他の選択であったとしても、その道における一角の人物になっていたのかも知れなかった。
「俺は、街や大人への期待が高すぎたのかもしれない」
マイノリティを理解しようとせず無根拠に決めつける行為が許せなかった。
小さくまとまってそれ以外を除こうとする排他的な考えが気に食わなかった。
小さい範囲で、戦ってもいない、戦う必要もない者同士が敵だ味方だとやっているのがくだらないと思った。
良くも悪くもない者が、誰かの一方的な論理で善になったり悪になったりするのが納得いかなかった。
純粋であるはずと思い込んでいた被害者が、一方では加害者としての側面を持っていたことに、絶望した。
「気づけば、誰に、何をしたいかなんて具体的な目的もなく、ただ、こんな街は廃れれば良いと思うようになっていた」慈杏は黙って聴いていた。
敵がいれば復讐は手段だろうが、明確な敵などいないなかで、世の中に復讐していると言う背徳を楽しんでいるだけだった。
秘密基地を作って大人や同級生にも内緒にして、仲間内だけで秘密の共有に耽っているガキのように。
それは排他的だと忌諱していた大人と何も変わらないのに。
暁の自嘲気味な独白には直接的な意見は言わず、慈杏は気になった点について尋ねた。
「その、被害者が加害者にって言うのは……もしかして、ガビのこと?」
「君たちのサンバチームもカビが関わっていたんだってな」遠くを見ていた暁の眼が、更に遠くを見ようとするように細まった。遠い空の向こうが遠い過去に繋がっているとでも言うように。
「小学生の時、同級生にガビを悪く言われてキレたんだ。くだらない噂を口にするそいつにも、そいつにそんな話を吹聴したつまらない差別をしている農家の大人どもにも」
ふたりの目の前を何本目かの電車が出発した。時間は大丈夫かと心配する暁に、慈杏は笑顔で頷いた。
長話を詫びながら、カフェにでも入るんだったかなと言う暁に、慈杏はそれもアリでしたねと笑いつつ、外で空の色の変化を眺めながら、向かい合わせではなく並びの位置で、時折話の腰を折られる騒音の発生するこの環境が、何となくちょうど良いと思っていた。