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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
日が落ち星が隠れたとしても
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種火2

 暁が折衝している相手は、暁が取り組んでいる都市計画の対象となっている街の隣の市で古くから活動している組織だ。市の中心から少し離れた街を根城にしている。


 この街は、暁たちのターゲットの街へは、場所によっては徒歩圏内であるが、両街とも、外部から訪れるような目的地となる場所がほとんどないため、縁故がいるか祭りなどのイベントがなければお互いの住人の行き来はあまり起こらない。


 男は烏我という五十絡みの中年で、組織の窓口を担当している。



 暁は頭の中で折衝の方向性をまとめる。


 こちらにとって絶対押さえたいポイントはおおよそふたつに絞られるだろう。


 ひとつはこの関係性の漏洩。

 これは相手も存続のリスクを負う。だからお互い大きい動きは避けるべきだ。

 漏洩が弱みとなるなら、脅しに使うことも考えられるが、存続のリスクを負うそれを武器として使うならば背水の陣の時だろう。よほどうちが国家権力などに頼って相手を潰すと言ったような敵対関係にさえならなければ、行使はされないはずだ。


 ではうちがそのような行動に出る可能性があるかと言われれば、ほぼ無いと言って良い。

 もしそんな真似をすればうちも当然社会的に存続できなくなるばかりか、なりふり構わない相手からの報復も怖れなくてはならなくなる。


 双方が自発的にとる必要のない、双方にとってリスクが大きく得るもののない選択肢だ。検討のテーブルに乗せるに値しないだろう。


 もうひとつは、この関係性の無難な着地による解消ができない場合。

 要は、用がなくなってもずぶずぶと関係が続いてしまうことだ。


 俺の目的など全て話してしまっても差し支えない。むしろ全て曝け出してしまえば、それ以上裏のないこちらへの攻め手がないと理解するだろう。


 方針は決まった。


「付加価値を下げる、実はそれこそが狙いなんですよ。俺自身の、ね」


 それが個人的な思惑に依っているのだと言下に強調した。


「あなた方にはこの地にしっかり根を張って活動してもらいたいんだ。末長く、精力的に」


 暁は更に言葉に含みを持たせた。


「用地確保の時点の相場で受注した単発のプロジェクトですから。

その後価値が下がっても会社には然程ダメージはないでしょう。本件による直接利益と、このプロジェクトをまとめ上げた実績の方が価値は高い。

あなた方との取引に関しては、会社はいざとなれば一担当の暴走で方をつけるでしょうね。実際、このプランは俺が一から作り、正式な稟議を通さないで進めた証跡を残すことを条件に、裏で承認を取っています。

多少の社員管理責任は問われるでしょうが、やはりメリットの方が大きい」


 自身の個人的な思惑である一方、会社としての損得勘定が整っていることを伝えるのも漏らさない。


「そして俺に取っては烏我さんが憂慮してくださった結果こそが目的なのだから、その後どう転ぼうが構わない」


 暁は改めて、目的と手段の在り方を明確にした。


 烏我と呼ばれた男は、感心したような表情を見せ、愉快そうな笑みを浮かべた。


「いわゆる三方良しと言うやつです。俺がこの目的を持つに至った経緯のご説明も必要ですか?」


 烏我の表情を見て、暁は取引の成立を確信していた。



 烏我は目の前の若者を改めて帽子の奥から眺めた。

 烏我にもそれなりの修羅場を超えてきた自負があった。その種類に偏りはあるものの、多くの人間を見てきた。組織の折衝役の立場上、人の目利きには定評があった。



 さて、と、烏我は心の中で目の前の高天という青年の分析をはじめた。

 随分な自信家のようだ。

 裏打ちされた実績もあるのだろう。年齢的にも脂の乗ってきた頃だ。気力体力能力が充実した、万能感を実感しているであろうに、その中には純粋な、またはひねくれた、子どもの持つカオスがある。

 ビジネスマンよりもうちらの業界に向いている。

 柄ではないが好ましく思えた。では、その論法や提案はどうだろうか。


 なる程、根源的な偽りのない感情に基づいた動機を、論理と損得ででしっかり提案の体裁に整えてきている。

 感情は誤魔化せないから良い。

 特に怒りや恨みなどの、負の強い感情で動いている人間はわかりやすい。わかりやすい分裏切りが少ない。

 うちらみたいな業界にも、いや、うちらみたいな業界だからこそ、法律でも契約でもなく、信用が重要だ。

 相手を信じるなんて甘いことを言うつもりはない。

 ただ、この若者の感情と能力は信用して良いだろうと烏我は考えた。



「いや、必要ありませんな。興味ない。いずれにせよ会長直下の既定路線だ。実行部隊は粛々と進めるだけです」


 ゆっくりとアイスコーヒーを啜る烏我の表情から険は消えていた。

「では、クライアント様のご意向としては、今の方向性で問題ないということでよろしいか? 後になって生温いなんで言われても困りますぜ?」


「もちろん。むしろ、末長く進めてもらうためにも、あまり過激な動きは避けていただきたい。

拙速にならず、じっくりと、真綿で首を絞めるように。気づいたら詰んでいた、みたいな状況が理想です」


「なんというか、歪んでるな。あんた」烏我は満足そうに笑った。


「計画を確実に遂行するための戦略ですよ。

相手の対応の上をいくやり方は下策、対応させないやり方が中策、対応の必要性を感じさせぬ間に全てが終わっているのが上策であると考えています。無論、発端が感情を起因としているんだ。歪んでることは否定しない」


 話がまとまったと判断した暁は、氷が溶けかけたアイスコーヒーの残りを飲み干した。

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