翳り
商店街の朝は早い。例え寂れつつある商店街だとしても。
店舗それぞれ開店準備をしながらも、自店舗の前と両隣の半ばくらいまでを掃き掃除するのが習わしとなっていた。
開店時間が同じ店舗同士は掃除のタイミングも被る。会えば挨拶を交わし、時には軽く雑談することもある。
「うちはシャッターに落書きですよ」本屋の店主が苛立たしげに言った。
「昔は割とあったけど、最近はその手の悪戯は無くなっていたんですけどねぇ」花屋の店主は困った顔をした。
ここ最近、商店街の中で小さな事件が頻発していた。
酔っ払いが喧嘩をしたり、店の前にゴミや吐瀉物を撒き散らしたり。
看板を壊される、ガラスを破られるなどの物理的な損害や営業に影響が出るような被害も現れ始めていた。事件は小さくても立て続けに起こっていたため、商店街の店主たちは苛立ちや不気味さから来る不安に苛まれていた。
商店街の雰囲気もにわかに悪くなっていて、もともと遠のきつつあった客足に、悪い影響を与えていた。
「悪戯? 器物破損ですよ! 立派な犯罪です」本屋の怒りは治まらない。
「まあまあ、そういう意味では警察も動いてくれていますから。商店会から監視カメラの保存データを提出したらしいですよ」
これで解決に向かえば良いんですけどねぇ。然程期待できないと言うふうに本屋はため息をついた。
「あまりこういうことをいいたくはないんですがね」本屋は苛立ちのトーンを抑え、芝居がかったように声を潜めていった。
「『呑龍』の後に入ったバーね。あれができてからですよ。こんな問題が起こるようになったのは」
『呑龍』とは数ヶ月前に閉じた小さい居酒屋だ。昔で言う赤提灯と言った風態の店舗だった。
『呑龍』が店を閉じた後、空き店舗に居抜きでバーができたのだった。もともと固定客向けの店舗ながら、その固定の客足すら遠のいて閉じた店舗だ。これまでよりも若い客層向けの業態でこの商店街で新規客の開拓は難しいだろうと思われていたが、大方の予想に反し、オープン当初から一定の客数を確保できていた。特に広報活動をしていたとも思えないにも関わらず。
「あそこに入り浸っている若い客、柄が良くないって話も聞きますし、正直怪しいと思っとるんですわ」
「あの飲み屋のご主人も強面ですよねえ。近隣の店舗への挨拶もないみたいだし、商店会にも入らないですから、あまり印象は良くないですよね」
本屋が向けた話題に、花屋は苦笑しながら控え目に乗った。
本屋の何の根拠もない排他的で先入観に満ちた決めつけは乱暴だとも思うが、花屋も何か得体の知れない気味の悪さは感じていて、大筋のところでは同意するのに躊躇いは感じなかった。