会合2
「あの、おにいさん、ウリちゃんも。お気を悪くされてないですか?」
ひとまず場は落ち着き、渡会はトイレに立っていた。
機嫌は良いが泥酔と言うほどではないのでひとりで行かせても問題はないだろうと慈杏と百合は判断していた。
渡会のいた席に慈杏が座り、改めてふたりに詫びた。
暁も羽龍も、気にしなくても良いと言うようなことを言い、羽龍は騒ぎの前に美嘉と話していた海外サッカーの話を再開した。席を戻った百合もその話題に乗っかる。
慈杏は暁に、渡会の話を続けた。
「あの子、ああ見えて結構鋭いし場の空気や人の心の機微は敏感に察してギリギリをいくので、気分を害されると言うことはあまり無いのですけど、ギリギリを攻めているのは間違い無くて、いつもハラハラするんです。
おふたり、特におにいさんに対しては、なんかいつもよりも行きすぎかなーなんて思ったり、感覚でしかないのですけど」
「ああ、なかなかいないタイプで戸惑いを覚えることがあるのは事実だけど、悪意があるわけじゃなし、害もないし構わないよ」
騒ぎ前に渡会が頼んでくれたバランタインが届いた。届けてくれたウェイターに慈杏はキールを頼んだ。
「良かったです。あの子、いい子なんですよ」
「そうなんだろうね。周囲に可愛がられていそうだ。なんとなくわかるよ」
「おにいさんはミカのおにいさんなんですよね」
慈杏は当たり前のことを訊いた。
類はなにがおかしいのかげらげら笑いながら戻ってきた。
元々慈杏がいた席に座り、隣の美嘉にちょっかいをかけている。
「ミカ、子供の頃どんなだったんですか? あまり聞いたことなくて。わたしも特に話してないですから、お互い様なんですけどね」
「若いふたりが話すことなんて、そう言うものでしょう。仕事が同じなら今のこと、特に仕事のことが話題の中心になるのは普通だろう。次に、未来のことを話すんじゃないかな」
「若いって、おにいさんも年齢あまり変わらないじゃないですか」
暁の言葉が謙遜でも自虐でもなく、素でずれたようなことを言ったように思えて、慈杏は思わず笑ってしまった。
「美嘉はサッカーのうまい子どもだったよ」
暁は笑う慈杏に照れたのか、懐かしさを感じたのか、少し笑みを浮かべて言い、それを打ち消すようにグラスに口をつけた。
「今もサッカーの話してるし、なんとなく好きだって知ってましたけど、実際にやってたなんて話は聞かないなぁ。あ、でもたまにフットサルとかしてたかも」
慈杏は言った。敬語の中に常語が混ざるようになっていた。
「中学で辞めてしまったからな。良いところまで行っていたんだが」懐かしむような顔をしていた。
「そうなんだ。おにいさんもサッカーされていたんですか?」
「……ああ、俺とウリの練習にアイツもよくついてきていたよ」
「仲良かったんですね」
「ちょっと、俺抜きで俺の話しないでよ」
慈杏と暁の話題に気づいた美嘉が話題に入ってきた。
「にいちゃんとウリちゃんだってすごかったんだぜ。小学校の時全国大会まで行って、ふたりとも地区のベストイレブンにも選ばれたんだから! なのに、なんで……」
久しぶりに会った美嘉は、暁の目には成長して見えた。三十前後にもなれば、数年の年齢差など無いに等しい。
暁は美嘉を、弟ではなく同格のひとりの大人として見做していた。
しかし、今目の前で過去のことを話している美嘉に、幼かった頃の弟のイメージが重なった。
美嘉もまた、アルコールの影響か、過去の話をしたからか、心情的にあの頃の弟としての感覚に戻っていた。兄に憧れていた弟だった頃の感覚に。