サンバ計画6
練習場の一角。
旗が廻り翻る。
ここしばらく、ソルエスでは見ることのできなかった光景があった。
慈杏が優雅にくるくるとまわる。
まわる慈杏に合わせてバンデイラもまわる。
慈杏の周りをサイドステップのような動きで、慈杏の回転とは逆方向に周回していた美嘉の頬をはためくバンデイラがそよがせた風が撫でてゆく。
慈杏は回転を止め、そっと左手を差し出した。美嘉がその手を右手で取る。
美嘉は左足半歩で慈杏に向かい合う位置に身体を入れ、慈杏が右手で持っているバンデイラの縁を左手で掴み、半歩で元の位置に戻る。
バンデイラは慈杏の右位置と、美嘉の左位置で広げられ、旗に描かれたエスコーラの紋章を披露する形になっていた。
「ミカ、やってみてどう?」
「とにかく今は言われたことをこなすのが精一杯って感じかな」
美嘉はふう、と一息ついて慈杏に答えた。運動量はそれほどでもなかったが、覚えることの多さによる気疲れの方が美嘉には堪えた。
「まあそうだよね。ハルも言っていたけど、焦らなくて良いからひとつひとつやっていこう」
カザウはパシスタとステップが違う。
他のダンサーから教えてもらうことは難しいため、同じ練習場で練習していても孤独な練習になりがちだ。
また、ペアであり、練習でもバンデイラを使うこともあるため場所を取る。
邪魔だと言われたり思われたりはしていないのだが、カザウのために他のダンサーがスペースを空けてくれたりすると、申し訳ない気持ちになると慈杏は言った。
「なるほどね」
美嘉はわかるような気がした。
特別なポジションは練習方法から異なるのは他の競技でも起こる。
美嘉はサッカー少年だった頃、兄のシュート練習に付き合う時はキーパーをやらされていたおかげで、本職はフォワードながらセカンドキーパーという重要な役割を兼ねるようになった。キーパー練習をしている時に、正ゴールキーパーの選手から、一緒に練習する仲間ができて嬉しいと言われたことがあった。
「とりあえず基礎はわたしが教えられるから、身につくまではコツコツやろう。ある程度慣れたらカザウだけのワークショップなんかもあるから行ってみよう?
他の参加者からも情報交換できるし、衣装の着方や扱いの仕方も学ばないとね」
確かに、カザウ同士が集まる練習なら効率が良いしモチベーションも上がるだろう。
とは言え、期間が短い中で、まだまだ先は長そうだと美嘉は軽く眩暈がした。
「ミカはゴールまでどんなに遠くても、難易度が高くても、必要な要素を分解して確実に辿り着く計画を立てて、着実ににじり寄って辿り着いて来たでしょ」
同期として、いや、学生時代から、美嘉を見てきた慈杏は、美嘉が着実な計画と努力で成果を積み重ねてきたことを知っていた。
「今回も大丈夫だよ!」
慈杏は一点の曇りのない瞳を真っ直ぐ美嘉に向け、にこにことした表情で告げた。
恋人にそんな顔されたら、やるしかないだろう。
「任せて。やってみせるよ」
美嘉は笑顔で言ったつもりだが、引き攣っていないか気になった。