サンバ計画3
治樹の説明はまだ続く。
かつてはジアンもそうだった、子どもたちで構成された『クリアンサス』、『パシスタ』のひとりだが、特別な存在で打楽器隊『バテリア』の女王である『ハイーニャ・ダ・バテリア』、通称は『ハイーニャ』。
「細かくいえばもう少し説明が必要で、役割や意味合いもそれぞれ重要だったりするんだけど、まずは大まかにいうとダンサーはこんな感じかな」
慈杏から聞いていたが、改めて具体的な説明を受けたふたりは、ひとつのジャンルの中に色々な役割や、在り方とそれに応じたパフォーマンスがあることに驚いていた。
素直な反応を見せる見学者に、治樹は更に特殊で奥深いサンバカーニバルについても説明したくなったが、それでは説明だけで今日が終わってしまうと我慢した。
きっと機会はこの先いくらでもあるだろう。そう思いつつ、治樹はこの後の体験に向けて、より具体的な説明に入った。
「ダンサーのほとんどは、基本的なステップである『サンバ・ノ・ペ』、単に『ノペ』と呼ぶことが多いのだけど、このステップを随所に盛り込んでダンスする」と言いながら軽くノペを踏んでを見せ、後ほど実際にやってもらうからねと笑顔を見せた。
続く説明は打楽器隊についてだ。
打楽器隊は『バテリア』と呼ぶ。
バテリアを指揮する『ヂレトール』は、全体のリズムを司るパフォーマンスに置ける肝だ。
音楽全体はもちろんその音で踊るダンサーの速度にも関わってくる。更には、楽曲あたりの演奏時間が変われば、プログラムそのものにも影響が出る。
持ち時間内に終わらなければイベントそのものが押してしまうし、時間で会場費用が発生している場合などは途中で強制終了なんて惨劇もあり得る。
早く終わりすぎても問題で、無の時間で観客を困惑させるなどあってはならない。司会やアンコール的なパフォーマンスで場を持たせられればまだ良いが、それでも練習にないアドリブなど演者に負担をかけるし観客にも失礼だ。
裏を返せば、決められた時間内に十全なパフォーマンスを以て終えられるイベントは、ヂレトールのコントロールの賜物なのだ。
「では、いよいよ楽器について話そうか」
治樹はリーフレットを裏返すようふたりに言った。
ふたりが手にしたリーフレットの裏には、サンバで使用する楽器がひとつひとつ写真付きで紹介されていた。治樹はリーフレットの記載順に説明をしていく。
低く大きな音を出す大太鼓『スルド』は軸となるリズムを司る。
中太鼓『ヘピーニ』、日本では『ヘピニキ』と呼ばれることが多いこの楽器は、甲高い音を出し、演奏のきっかけにも使われる他、ソロの演奏もある。
スネアドラムのような位置付けの小太鼓『カイシャ』。
高音を高速で鳴らす片手の小太鼓『タンボリン』。
軽やかな高い金属音を鳴らす『ショカーリョ』。
竹ひごを弾いて音を出す『クィーカ』。
カウベルのような音の『アゴゴ』。
サンバと聞くとイメージしがちな『ホイッスル』は、ヂレトールがバテリアを指揮する際に使われる。
同じくイメージされがちな『マラカス』は無い。マラカスを使うのはマンボだ。
蛇足だが、マラカスと合わせて上半身をゆするイメージも誤解である。
サンバ・ノ・ペは下半身は高速でステップを踏みながらも、上半身は揺れない。頭や肩の位置は動かず、腕は滑らかに表現するのが美しいノペとされている。
サンバには歌とメロディーもある。
歌い手『カントーラ』、シャウトや合いの手を入れる『プシャドール』。
ウクレレのようだけどメロディーとリズムを奏でる『カバキーニョ』。
ギターの『ヴィオラオン』。
「パレードやショーなどで使われているのはこんな感じかな」
治樹の説明によれば、他に人々が集まって飲み食いしながら楽器を鳴らしたり踊ったりする集まりの『パゴーヂ』という場で使われる楽器に、サンバのリズムを身につけるのにも役に立つ『ガンザ』、低音を鳴らす『タンタン』、先ほどパフォーマンスで使った、タンバリンに似ているけどジングルが伏せた向きになっていて、ドラムのように多彩な音を鳴らせる『パンデイロ』などもあると言う。
「他にも多数の楽器が存在しているが、主に使われている楽器としてはこんなものだろうか」
百合と渡会は想像以上の多彩さに驚いていた。
ふたりとも、サンバはどちらかと言えば単純な音楽だと思っていたのだ。