サンバ計画1
「こんばんはー!」
4sプロジェクトチームの四人のメンバーは練習場に来ていた。
慈杏が小ホールの重い扉を開けると、すでに何人かのメンバーが集まっていて、ストレッチしているダンサーや、楽器を鳴らしている奏者がいた。
『ソルエス』は普段市民会館で練習していた。
壁面一面にミラーの貼られた小ホールでダンサーが練習し、音響設備の整ったスタジオでバテリアは練習していた。
小ホールに既に楽器を持ったメンバーがいるが、合同練習にはまだ早い時間だ。
ダンサーの練習はバンドと生歌で行う場合も多く、バンド隊は小ホールいたため、バンドメンバーとバテリアメンバーの何らかの打合せや軽い音合わせを行なっているところだった。
「おつかれー」
「こんばんはー」
慈杏の挨拶に、中にいたメンバーから思い思いの挨拶が返された。
慈杏が柔軟体操をしていた人物をめざとく見つけ、声を掛けに行った。
「ハル、こんばんは! 前に少し話したミカです。今日からメストリの練習に参加します。あと見学者二人連れてきました!」
ハルと呼ばれた人物は「おお」と声をあげて柔軟を切り上げ立ち上がった。
平均的な身長の美嘉よりわずかに背の高い暁や羽龍よりも更に背の高い男が、美嘉と慈杏を見ている。
端正な顔立ちだがやや野生味のある無精髭のせいか、ショートの黒髪のトップを少し立たせる髪型の影響か、実際の身長差よりも大きく美嘉の目に映った。
「ミカ、こちらはハル。
商店街の『東風クリニック』のお医者さんで、『ソール・エ・エストレーラ』の代表だよ。サンバチームの代表を『プレヂデンチ』って言うの。わたしたちはハルさんとか先生とかプレヂって呼んでるんだ」
「高天美嘉です。ミカって呼ばれてます。よろしくお願いします」
「慈杏から聞いています。ようこそ! 『ソルエス』へ」
男はにこやかに手を差し出した。
美嘉が手を伸ばす。ふわりとプールオムの香りが美嘉の鼻腔をくすぐった。
続けて百合と渡会にも握手を求め、「こんばんは」「今日は楽しんでください」と歓迎の意を伝えた。
「プレヂのハルです。本名は東風治樹。
プレヂっていっても成り行きでね。先代が急に辞めるって言い出してさ。創設メンバーのジャック、ああ、ワカさんのことね。が現役なのに、俺で良いのかという思いはあるけど、拝命したからにはどうにかやっています」
治樹は少し照れたように自己紹介をした。
若人は、この見栄えの良い、自身ありげに見えるニ代目プレヂデンチは、彼よりもベテランの多いこのエスコーラで代表を務めるのは柄ではないと思っていることを知っていた。
「大先生だってたまにヘピニキ叩いているだろ? 俺もそういうスタンスで楽しませてもらっているよ。これからはハルや慈杏たちの世代に引っ張ってもらわないと」
若人が治樹の肩を叩いた。大先生とは治樹の父親で『東風クリニック』の前院長だ。
今は経営を治樹に譲っていたが、現役は退いておらず、一医師として健診など患者の前に立つこともあった。そして、『ソール・エ・エストレーラ』創設メンバーのひとりでもある。
先代プレヂデンチ、若人、東風クリニックの前院長の他に四名を加えた七人で立ち上げられた。
先代代表を含め、全員第一線は退いているが、演者としては在籍しており、イベントなどにも出演しているため一応現役と言えた。
その中で一番若い若人は練習などへの出席率が他の創設メンバーに比べればやや高く、治樹からすれば若人の方がプレヂデンチに相応しいのではという思いがあった。
しかし創設メンバーたちは、自分達が現役でいられるうちに次代に引き継ぎたかったのだった。
口も出すし時には目の上のたんこぶのように思われることも承知で、軌道に乗るまでの補助輪の役割を担えたらと考えていた。
創設メンバーの子どもたち世代の中で、親たちに混じって創設時から所属し現在まで続けているメンバーは数名しかいないが、その中で一番年長の治樹に白羽の矢が当たり、メンバーの総意で二代目を襲名したのだった。
治樹は創設メンバーの想いはよくわかっていたし、減退しつつあるチームを立て直すという気概もあった。どちらかと言えば自信家でポジティブでもある。
それでも、襲名してまだ半年足らずのプレヂデンチは『ソルエス』として最も大きなレギュラーイベントである『サンスターまつり』の準備が始動すると、緊張感と責任感が表情や言葉などに現れていることに若人は気づいていた。
「改めて、ようこそミカ! 新米プレヂを助けると思ってよろしく頼むよ。見学のふたりも楽しんで行ってほしい。もし気に入ったら是非入会も検討してくれたら嬉しいよ!」
爽やかに言う治樹を、美嘉は感じの良い人だなと思った。
見るからに好漢といった風態だ。細身に見えるもしっかりと鍛えられていて、医者には見えないなと思ったが、医者だからこそ体力や筋力が必要なのかもしれないなどとも思っていた。