邂逅4
店内は空虚さが支配していた。
「ミカ、おにいさんいたんだね」
慈杏は兄弟のやりとりをぼんやり眺めながら考えていた感想を述べた。
「あんまり似てないね」
暁の思考は。
社会性の枠を前提としていないその在り方は、理外である。
それは、つまり、論理的倫理的な共通項で相互理解は図れないということだ。
「そうかな」
兄弟が似てないと言う恋人に美嘉は寂しそうに力なく言った。
「うん、色とか」
慈杏も疲れていた。思考するのに疲れ、感覚で言葉を繰っていた。
「色?」
美嘉は少し疲れた表情は残したまま、不思議そうに尋ねた。
「色は大事だよ。雰囲気変わるし」まとまらないまま呟いた慈杏の言葉に、美嘉も慈杏自身もピンとは来ず、考えるのをやめたかった。
「アキにいちゃんは全体的に黒かったねー!」
珍しく大人しかった渡会がここで話題に入ってきた。
今まで大人しかった分、他の者のように爽快感を伴わない疲労感や、虚しささえ感じるような徒労感とは無縁の声を出した。
「ランちゃんもモノトーン系多いけど、アキにいはなんか圧あるよねぇ。
あー、あの音楽流れてそう! でーんでーんでーんでででーんでででーんって。
うーわ、こわ! うわー、こわー! ベーダ―出てきてまうわ」
「なに少しわろてんねん。ちょっと馬鹿にしとるやろ? おまえ、本人の前でそれ言うてみろや。殺されんで?」
「ぶは! そんなんものほんのヒットマンやん!」
言って笑い転げる渡会。
「なんで爆笑や! そんなおもろないわ」
「緊張とっ! 緩和っ! きんちょうと……ぶはは‼︎」
「どういうことや⁉︎」
もはや百合もついていけないようだ。
ふと、こんなことばかり考えていたから大人しかったのか? と慈杏は訝しんだ。
「ひー、笑った笑った。ミカちゃんはワインレッドのニット似合ってるね。赤似合うのって主人公だよね!」
「あはは、ありがとう」
呆れたようだけど、少し吹っ切れた笑顔で美嘉は笑った。
いや、ここまで考えてのことなのか?
慈杏は恋人の笑顔を見て、後輩の空気を読む、時には空気を作り、更には支配するような能力を発揮したのか?
と、驚き改めて後輩を見つめた。何も考えてなさそうな顔でへらへらとしている。
やはり考えすぎかと思い、美嘉に声を掛けた。いつまでもやるせない顔をしていても仕方がないと慈杏は気持ちを切り替えていた。
「あれ、ミカ引いてる?」
慈杏は渡会が作り出した雰囲気に乗って、笑顔で尋ねた。
「いや、少し驚いただけ。渡会さんて急に普通に戻るんだね」
「でー、ウリちゃんはアースカラーだね。優しそうで知性的な感じ」
渡会が人物評を続ける。慈杏は思い出すように左上を見た。
「ウリちゃんさんか、キャッチコピーも作ってるって言ってたね。もしかして、『この街で、家族になろう』って、ウリちゃんさんの作なのかな?」
「あれか」
若人の表情が少し曇ったように見えた。
明るい青空、緑が鮮やかな平原の真ん中。遠くには森が広がっている。
三十代くらいの男女と四歳くらいの女の子。女の子を真ん中に三人で手を繋いだ後ろ姿。
そんなポスターにそっと添えられた若い家族層の移住を促すキャッチコピーが妙にウケて、近隣の市区町村と比べても特別なファミリー向けの政策や施設などは充実していないにもかかわらず、この街は近年人口が増加していた。
人口増加は新エリアの開発の影響もあるが、人口増加が開発にも影響を与える、相互関係にあった。
実態のない広告効果で人口増加を狙い、受け皿となるマンションを乱立させる施策については、古くからいる住人の中では賛否が分かれていた。
街を創り、人の人生をも変えるコピーか。コピーライターとしてはそんな仕事憧れるわ。なんて誰にともなく言っていた百合はふと気付いたような顔をして、
「でもなんでみんなあの人のことウリちゃん呼ばわりなん?」
「昔そう呼んでたから」
「ミカがそう呼んでるから」
「なんか響きが気に入った!」
「可哀想なウリさん」
三者三様の答えに、百合はその業を認めたコピーライターでもある羽龍に心から同情した。
「あの青年にはなんかこう、距離を感じさせない雰囲気があるのかもしれないな。
美嘉くんのおにいさん、暁くんか、彼には張り詰めた雰囲気があるから、ウリくんのような人が近くにいた方が良いのだろうな」
対峙している際は大人同士、ビジネスマン同士として、敵対には毅然と、時には冷淡な反応で暁に接していた若人だが、一方で娘の恋人の兄でもある、前途ある若者を慮った。
それはそれとして、いつの間にか若人もウリと呼んでいた。