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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
1章 計画と策動
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邂逅3

 羽龍の言葉を受け、慈杏は即座に反応した。


「なるほど! てことはウリちゃんさんにとっても故郷ですよね! 故郷の発展に尽力されていて、おふたりには頭が下がります!」

 慈杏はやや早口で話した。早く伝えたい結論があるかのように。


「あれ? 正式に名乗ったのにウリちゃんさんのまま?」そんな慈杏の焦燥感もどこ吹く風で羽龍はのんびりと言った。


「おふたりの故郷でもあるこの」


 しかし慈杏の伝えたかった結論は、暁に先回りされてしまう。


「故郷が万人にとってかけがえのないものだと思っているなら、失礼な言い方をするが世間、いや、人間というものを理解しているとは言い難いな」


 それでも何かを言おうとする慈杏を遮り、暁は続けた。


「故郷が思い出の風景のままであることを望む者もいれば、発展や利便性の向上を望む者もいる。なんの興味も感慨もない者もいるだろうし、人によっては故郷に恨みを持っている者もいるかもしれない。

譲れない価値観同士がぶつかれば、残念ながら争いになることもあるのだろうな。たとえ、兄弟でも」


「それは、わかります」慈杏はなんとか口を挟んだ。

「本当に譲れないモノ同士がバッティングしたらそうなのでしょう。たまたまおにいさんのお仕事がこの商店街にとって障害になることはあると思います」


 必死な慈杏、熱を帯びていく慈杏とは裏腹に、暁の、そして柔和な羽龍からも、冷めたような目線を感じ、慈杏は更なる焦りを覚えていた。


「でも、目的が新駅エリアの開発なら、必ずしも商店街とは敵対する必要はなく、やりようによってはミカの言うとおり協業の道も」

 言葉がうわずってしまう。だけど止まるわけにはいかなかった。


「わたしも最近、このやり方しかないと言う思い込みから、ふたつの大事なもののうちの片方を諦めかけていましたが、視野を広げたら別の道に気づけました」


「俺にとっての譲れないモノが、新開発だと? 或いは市の発展?」

 根本を問う問いだ。


 慈杏は昔、ルールのみを覚え状態で父と打った将棋を思い出していた。

 何がどうなるかがわかったわけではないが、このまま打ち続けても確実に負けに向かっていると言うことだけは理解できた。あの時の感覚に似ていた。


「そう言うミッションでしたよね?」

 懸命に手を打つ。もがいているようで先は見えない。


「確かに仕事はそうだ。

だが俺の、俺たちの個人的な目的が仕事そのものとは限らないだろう?」


 慈杏の打った手は冷淡な目をした男から即座に返される。慈杏が朧げながら感じ取っていた着地地点を示す答えだった。


「それって……」もはや繋ぐ言葉は出てこない。


「まあこれ以上は意味のある時間にはなるまい。

それでは弧峰様。我々はこれで失礼します。私共としては残念な結果になってしまいましたが、この店の味を惜しいと思う気持ちは本心です。願わくは貴店の末長い継続を」


 暁は話題を打ち切り、場をも切り上げようとしていた。



 そう、慈杏が朧げに察しはじめ、暁が明確にした答えは、「目指しているものが仕事上のゴールとは違う」と言うこと。

 営利企業が追求すべき利潤や社会的意義と同列に語れない動機。


 例えば、目的へ向かう過程で現れる手段や副産物が動機だとしたら。

 何らかのメリットを目指した結果、別のデメリットが生じるとして。

 デメリットそのものが目的であったとするなら、世への、社会への、組織への、人への……マイナスに影響するものを求める意図の源泉は、歪んだ感情ではないだろうか。


 

「美嘉、電話番号は変わってないだろ? そのうち電話する。お互い仕事がひと段落していたら飲みにでも行こう」


 事務的にも少しご機嫌をとるかのようにも聞こえる、微妙な声色だった。

 少なくとも先ほどまでの、美嘉に対しては抑えた威圧さを、若人に対しては慇懃無礼さに含ませていた鋭さを、慈杏に対しては敵意に諦めのような哀しさを混ぜた拒絶を、それぞれに乗せていた声とは異なっていた。

 暁にとって、先ほどまでのやり取りが闘いだったとするならば、それはもう終わったとでも言うかのように。


「なんだよ、だったら正月くらい帰って来れば良いじゃないか。こちらから電話しても出ないくせに」

 だから、美嘉はつい、幼い頃のような言い方をしたのかも知れなかった。

 置いて行かれて拗ねた時のような口調で。


 暁は弟の訴えには振り向かず、片手を上げ軽く手を振って答えながら店を出た。

 羽龍は若人に軽く頭を下げ暁に続いた。

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