慈杏の計画3
若人が話し終え、一呼吸置くのを待ってから慈杏は口を開いた。
「移転の件はそれで良いと思う。そもそもの続けるかどうかの話、しても良い?」
今度は若人が頷く番だった。
若人は店を畳む考えについて口にした時から、目の前の強い意志を持つ目をした娘とは、向き合う日が遠からず来ることを覚悟していた。
「わたしの気持ちだけで言えば、お店がなくなってほしくないし、商店街の中で続けてほしい。わたしは外で働いているけど、この商店街に育てられたと思ってるし、商店街発の『ソルエス』のメンバーでもあるから」
慈杏はまず、一気に気持ちを伝えた。
「だから、お父さんが辞めるつもりなら、継げるよう今の仕事辞めてお店で働かせてもらおうとも思ってたんだ」
そして、秘めていた決意を伝えた。不退転の決意を。
「それは、お前」
少し気後れしたような若人からは続く言葉が出てこない。
だから慈杏は淡々と畳み掛けた。
「うん、まだ結論を出してない。でも選択肢としてはテーブルに乗せているよ。今の仕事の引き継ぎもあるからすぐ辞められないので、結論を出すにももう少し時間がかかるしね」
つまり、それは、既に具体的な考えと行動が進捗しているということでもある。
「ただ、商店街自体が今元気ないでしょ?
新駅周辺の開発が進んだら、斜陽化が加速化するのは予想できる。チームも比例して衰退するんじゃないかとも考えてる。だから、商店街に外部から人を呼べるようにまずは『サンスターまつり』をもっと特徴ある催しにできないか考えてるの」
こんなにも、粛々と、ただ歩を進めるかのように、論を展開できる娘だったのか。
明快な道行は、若人に娘が目指す着地地点を予想させた。
「わたしの立場では、『ソルエス』を通してって形になると思うけど。
広報、マーケの観点でやれることを考えるつもり。前職の代理店に残っている同期の友達も手助けしてくれるし、具体的な話はまだしてないけど、今のチームの後輩も手伝ってくれる。お母さんも応援してくれるって」
既に外堀も埋めていたか。
若人は娘の成長に素直に舌を巻いていた。
「商店街の会員の立場で、お父さんにも手伝ってほしい」
「商店街は俺も気になっていた。何か方法があるならもちろん何でも言ってくれ」
もはや断れる状態になく、断る要素もない。
若人はある意味清々しい気分で慈杏への協力を約束した。
「しかし、『ソルエス』主体でと言っても、ピーク時に比べるとだいぶ人数減ったよな。
残ったメンバーたちはどんどんレベルが上がって、まさに少数精鋭の様相だけど、サンバの性質上、派手さや賑やかさは必要で、人数も不可欠だからなぁ」
若人は思わず苦笑してしまっていた。
既にどう進めるかを考えているあたり、うまく載せられたものだと思いつつも、やはりこう言うのは悪くないなと、若き日々、『ソルエス』をみんなで立ち上げ、南北の商店街をまとめ、祭りを企画していたあの頃を思い出していた。
「せっかくお前がポルタになったのに、メストリ不在だし。やっぱりカザウは欲しいよな」
「あ、その件は何とかなりそう。同期の友達がメストリやってくれるって。さっそく特訓して祭りまでに仕上げないとならないけどね」
「ん? 友達って、男か?」
娘の成長は、単純な喜びだけでないことをそのうちに知らされるのだろう。
若人はそんな予感を得ていた。