策動1
「何度来てもらっても、答えは変わらないですよ。永く続ける気も無くなってしまいましてね」
店主の男は作業をしながら答えた。
アイボリーのキャスケットから短く切り揃えた白髪の混じった後ろ髪が覗いている。店先に立っている来客を見もしないその態度には、歓迎の意図は無いようだった。
「近くを訪ねたついででしたから。
しかし永く続けられないなどと聞いてしまっては、私としてはやはりお考えを変えていただくよう懇願するしかありません。この味が失われてしまうのは何とも惜しい」
スーツの男が言った。
店主は後ろを向いていたが、男の本当に惜しむようなその顔は芝居がかっていた。
「すぐにご決断いただく必要はありません。
本件の兼ね合いでこの辺りには頻繁に参りますから、折を見てまたお伺いいたしますよ」
去り際を弁えているスーツの男は、軽く頭を下げると、「では、失礼しました」と入り口の戸を閉めた。
「頻繁に、ね……」
店主は顔を顰めた。
スーツの男の言葉に何らかの意図があるように思えたからだ。
スーツの男は店を出ると、少し離れたところに停まっていた白いホンダアコードの助手席に乗り込んだ。
「変化は?」運転席の男が自動車のエンジンを掛けながら尋ねた。
「無しだ」スーツの男は固めた髪に手櫛を入れてラフに崩した。
「難しいかもね」
「そうだな。この辺りでは唯一外部から人を呼べる店舗だ。
ここを動かせれば駄目押しになると思ったのだが。まあ動かないなら他と同様、物量でまとめて処理すれば良いし、永く続けないのなら捨て置いても問題はないだろう」
車が動き出す。
スーツの男はドリンクホルダーに残っていたボトルコーヒーを開けて一口飲んだ。緩くなったブラックコーヒーの味に何の感慨もなさそうにスーツの男は呟いた。
「この辺りであとは若干気になるところがあるとしたら、あの占い屋くらいか」
「あのプレハブの?」
スーツの男の呟きに運転席の男が尋ねた。
駅近くの駐車場に、管理人室のような小さなプレハブがあり、そこで占い業を営んでいる女がいた。
普通占い師は雰囲気作りを重視している向きがあるが、この占い屋に関しては簡素に過ぎ神秘性のかけらも感じられない。
であるにも関わらず、なぜか口コミで評判がジワリと広まっていて、知る人ぞ知る存在だった。
「噂を聞いて電車を乗り継いで来るなんて人もいるみたいだし、根強いリピーターもいるらしいからな」
「なるほどね。俺も噂は少し聞いたことあるけど、あの風体だからね。テレビで取り上げられるなんてのは今のところなく、知る人ぞ知る噂レベルで外部から来る人は意外と後を経たないようだけど、客足自体は予約殺到ってほどでもないみたいだよ。
そもそも週に数回程度、数時間しか営業してないようだから、大勢に影響はないでしょ」
「いずれにしてもここまできたら、見えている勝ち筋を粛々と辿るだけだ」
「案外あっけないもんだね。てことはあっちの手配はいらない?」
「ああ、今のところ必要ない。回答の催促はあるだろうから、俺の方でしばらくは引き伸ばしておく。
使わないに越したことはないが、切り札を手放すにはまだ早い。せいぜい完全に終わるまで油断はしないようにするさ」
「OK、それじゃ、万が一に備えて資源はこっちで準備しとく」
「任せた」
車はスピードを上げ、街道を走り去っていった。