慈杏の決意17
「良いチームだね」
カウンターに慈杏と並んで座っていた男が、焼き鳥を串から外しながら言った。慈杏に向けた微笑んでいる男の表情は嬉しそうに見えた。
「うん、わたしは人に恵まれていると思う。先輩も優しいし。ミカだっているし」
慈杏は仕事の後、恋人のミカを誘い、気取らない雰囲気のバーで食事をしていた。
穏やかに慈杏を見つめる目も、センターパートの髪型も学生の頃と変わらないが、最近かけたスパイラルパーマが洗練された雰囲気をミカに与えていた。
ふたりは時間が合えば、声を掛け合いよく夕食を共にとっていた。
騒がしい居酒屋やラーメン屋などカジュアルな店で過ごすこともあったが、この日はほどほどの雑音の中でゆっくり話したいと考えていた慈杏の提案で、繁華街からは少し離れたところに立った小さなビルの六階にある、あまり客足は良くないが、意外と気軽な料理が美味しくて近隣の勤め人の憩いの場となっているバーで会うことにした。
薄暗いバーの間接照明はその表情をはっきりと照らしはしなかったが、慈杏は少し上気したように見える顔で楽しそうに周囲への感謝を語った。ミカはそんな慈杏好ましく思った。
「あはは、まあ俺は一応彼氏だから。
仕事の関係性でここまで親身になってくれる人たちは得難いね。それは慈杏自身が今まで築いてきたものの結果だと思うよ。
とにかく、何ができるか、できることがないか、もう一度考えてみよう。もちろん俺も考える」
ミカの穏やかな表情は恋人を想う愛しさ由来のものだけではない。
慈杏の積み重ねて来た宝物のようなこれまでと、それを手放してでも守りたいこれから。そして、学生の頃共に憧れ、想い描いた業界での輝かしい未来という、失われようとしているこれから。
慈杏が歩んできた過去を讃えたい。
慈杏の往く未来を応援したい、支えたい。
そんな慈愛の情に、別たれた未来への愛惜の寂寥感が混ざっていた。
「ありがとう、嬉しい。助かるよ」
「俺もあのパン好きだしさ。無くなってほしくないし」
慈杏と地元が一緒だったミカは、当時の最寄駅から延びていた商店街は、特に電車で通学するようになった高校生以降学校の行き帰りによく利用していた。
早朝から開けていた慈杏の父が店主のパン屋は、ミカの昼食の選択肢のひとつになっていた。ミカもあまり記憶にないが、幼い頃も親に連れられて利用したことがあるはずの店舗だった。
そのパンで育ったなどと大仰なことは言えないが、好んで食していたことは嘘偽りのない事実だった。
慈杏と付き合うようになってからは、まだ店舗には行けたことはないが、たまに慈杏から差し入れとしてもらっていて、青春時代を懐かしがりながら変わらない味のパンを食べた。
ミカは慈杏もまた寂しさを身の奥で押し殺していると感じていた。
それでも前を向いて、自分の未来を自分の意思で決め、自分の手で手繰り寄せようとする恋人に、掛け値のない味方でいようと思った。