慈杏の決意13
「らんじでしょ? じゃー、ランちゃんで良いね。かーわい」
「おい、ボク先輩やぞ? 言葉遣いおかしやろ。らんじちゃうわ、アイジや。わざとやっとんなら買うたろか?」
「百合くん! この子ちょっと調子悪いみたいで......ごめんね、わたしがちゃんと言うから、ここは先輩として抑えてもらえると......」
「ええですけどね。こいつ、大丈夫なんですか? ボクらの仕事はアーティスト様とはちゃうんです。クライアントの要望に応える、応えて超える、そのためにはクライアントとの会話でどれだけニーズやシーズを吸い上げられるかでしょう?
こんな会話もままならんイカれた人間に務まりますか?」
「うん、そうよね。類も普段はこんなんじゃ」
「良い仕事ができる聞いてこの話受けましたけど、ボクの思い違いでしたら降ろさせてもらいますからね」
「うーわー! こわー! ナイフみたいに尖っては触るもの皆傷つける気やんー!」
「類っ! ほんとにどうしたのっ? いい加減にしなさい!」
「うぅぅ......じあさんに怒られた......割と本気で怒られたぁ!」
渡会は大人なのにしっかりと泣いていて、慈杏は今度は渡会を宥めるのに必死だった。
百合は百合でそんな渡会を醒めた目で見て、「マジでガキやん。付き合いきれへんわ。弧峰さん、悪いこと言わんし、こいつ本気で切った方が良くありません?」なんて冷たく言い放ったものだから、渡会は一層激しく泣いてしまった。
「百合くん、今回のは渡会さんが悪いよ。泣いたってそれは変わらない。
でも、百合くんは悪くないのだから、逆に余裕を持ってあげられないかな?
自業自得に陥ってる悪い者を、助けなくても良いけど、積極的に追い詰めないであげてくれたら嬉しい」
慈杏は渡会の背中をさすりながら百合にお願いをした。
そして、慈杏は言葉を続けた。
「百合くんは不満かもしれないけど、わたしはやっぱりこのチームで仕事がしたい。百合くんに降りてほしくないし、渡会さんを切りたくもない。
この三人ならできることがたくさんあるはずだから」
言いながら、慈杏が用意していた渡会の実績集を百合に見せた。
「......確かに、センスはありそうですね」
百合が渡会のこれまでのクリエイティブを見ながら呟いた。
「類、百合くんに謝れる?」
「ごめんなさい......」
「百合くん、許してあげられる? 上司命令とかじゃないから、無理でも良いよ。わたしはチームを諦めてないから、許されるまで渡会さんに償いをさせ......」
「いや、えーですよもう、ボクも大人気なかったです。すんません! 渡会もごめんな」
「百合くん! ありがとう! やっぱりこのチームは上手くやっていけると思う」
「ランちゃん......ごめんねぇ......!」
「ランちゃうねんけど、まあええわ、改めてよろしくな」
この日が、かつての過去のとある一日となったある日。
渡会は当時の心境をこう述懐している。
新しくメンバーに加わる人が、かつての職場で上司と揉めて辞めた人らしいと言う噂を聞いた渡会は、慈杏に舐めた口利こうものなら、ぶっ飛ばしてやるくらいの気構えでいた。完全に掛かっていた。
ところがその人は意外と穏やかで、肩透かしを食らった気分だったところに、慈杏が妙に百合を褒め、百合も満更でもない雰囲気を出していたものだから、赤ちゃんが産まれて親の愛情を独占できなくなった長子の気持ちになってしまったのだそうだ。