慈杏の決意12
弧峰チーム発足の日、三人の日々が始まった。
初日は散々だった。
キックオフミーティング時、慈杏はそれぞれに自己紹介シートをつくらせ、全員分をコピーしてそれぞれに配った。
チームビルディングの基礎はお互いを理解し合うところからだ。
時短を図ると言うより、自己紹介に三十分しっかり使うが、目と耳による情報収集でその時間をより濃く効率の良いものにしたいと言う狙いだ。
慈杏と渡会は教育係の関係からしばらくバディとして一緒に仕事をしていたし、その流れで食事や飲みなどを共にすることもあったので、ふたりが百合を知り、百合がふたりを知ることを目的とした場だった。
「ゆりらん?」
渡会は百合の資料を眺め、不思議そうな声を出した。
「あ、まだ見ちゃダメ」
資料を配布するデメリットは、資料に見入ってしまいプレゼンを聞かなくなってしまうこと。
慈杏の思惑としては、言葉で伝えることを主とし、資料は補足として言葉を補強する目的で、用意してもらっていた。なので、内容は話すつもりである情報の補足にとどめられていて、資料単体では説明不足なものとなっていた。
手抜かりは、そのことを事前に伝えそびれていたことだ。
百合と書いてひゃくあと読む苗字は珍しい。慈杏としては、苗字に絡んでひと話題できるかもしれないという可能性も考慮し、紹介シートのフォーマットに振り仮名の記載は抜いておいたのだ。
慈杏は、仕切り直しがてらこのまま進めてしまおうと思った。
資料ではなく話を聞くことという前提条件を伝えながら、百合に話を振った。
「渡会さん不思議そうな顔してるから、解消してあげて?」
「え? あー、はい。それじゃ、トップバッター務めさせてもらいます」
その資料に記載されている名前のところの、百合までが苗字でひゃくあと読み、藍司はそのままあいじと読みますと、まずはベーシックに名前の読み方を紹介した。
「百合くんとは前に一回コピー担当してもらったことあったよね。一緒に仕事するのはそれ以来かな? でも最近立て続けに大きい案件のコピー任されてて、同じチームになれて心強いです!」
慈杏が嬉しそうに言うと、百合は照れくさそうに「っす」と言っている。
「へー、ほー、ふーん、大層なもんですなー! ひゃくらんちゃんだっけ? わたしのハイパーなデザインが死なんようなコピーたのんまっさぁ」
「ちょっと、類⁉︎」
急によくわからないモードに入っている渡会に、慈杏は思わず業務外での呼び方で渡会を呼んでいた。
百合の表情も、「なんじゃこいつ⁉︎」とでも言わんばかりに鋭くなっている。
「名前、名乗ったよなぁ? 聞こえんかったんか? そんならーめん屋みたいな名前名乗った覚えないぞ」
「百合くん、ごめんね? 渡会さんの入社初日覚えてるでしょ? あの子あんな感じだから」
必死にフォローする慈杏。しかし、慈杏には違和感があった。距離感の掴み方詰め方、空気の読み方、人間関係の築き方の絶妙さは既に認めていた。こんな乱暴なぶっ込み方をする子ではなかったはずなのだが。