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太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
1章 計画と策動
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慈杏の決意4

 業績を順調に伸ばしていた『リアライズ』は、業界中の地位や知名度も順調に伸ばしていて、大手の中で埋もれたくない学生、早く実績を出したい学生、大手では通らないような攻めた企画を立てたい学生、独創的な提案でコンペをもぎ取りジャイアントキリングを果たしたい学生、大手から若くして独立した社長に憧れた学生といった、野心的な学生や異端児を自任する学生に人気で、クリエイターを志す学生にはそのような気質の持ち主が少なからず居たため、隠れた狭き門の就職先として、ある種憧れの的になっていた。


 美大の生徒たちが立ち上げた展示会イベントの出展者の中に渡会は居た。

 作品を見た新町が自ら声を掛け、うちの採用試験を受けるようにと説得し、それでも特別扱いはせず、他の就活生を押しのけ数少ない『リアライズ』の貴重な新卒枠(その年の採用は三名だった)の席を獲得した期待の新人だった。そんな新人を任せてもらえた期待に応えたい、始めて任された新人を早く戦力に育て上げよう、あの時先輩が自分にしてくれたように大事にしてあげよう、できれば、あの時の先輩のように格好良く。そんな決意は後輩の着任日早々に崩された。


「おはようございます!」と元気良くオフィスに入ってきた彼女に、真っ先に声を上げたのは社長の新町だった。


「ちょっと! なんで髪の色ピンクになってるの⁉︎」


「良いですよね! これ!

あの美容師カラーリングの腕上がったなー! 紹介しましょうか?

誰か紹介したら割引券貰えるんだよねあそこ。よっしゃ! ラッキー!」緩くウェーブが掛かったサーモンピンク色に染まったセミロングの毛先をつまみ、嬉しそうに言う。


「面接のときはちゃんとしていたじゃない!」渡会の言葉には答えず、新町は声を上げた。


 ひとつしかないフロアで繰り広げられているその様子は自ずと出社していた社員の注目の的になっていた。


「はい! 社会通念上相応しい髪形にしてました!」


「なんで今、社会通念上相応しくない髪形になってんのよ!」


「受かりましたので!

これからはクリエイターっぽくとんがってこうかと!」なぜか自信満々だ。


「言ったよね? うちはクリエイティブも営業するって!」普段は冷静な姿しか社員に見せない新町は、慈杏と飲む時はたまに先輩後輩の関係に戻ることがあった。

 その際は若干砕けた印象になるのだが、それでも大きな声を張ることは滅多にない。

 珍しい光景に呆気に取られていた慈杏は、はっとした。


 驚くのが当然の権利であるかのようにキョトンとしていた後輩は、「今日はもう良いけど、すぐ戻すのよ!」と言われた途端に、「えー」だの、「気に入ってたのに!」だの、「頻繁に色変えたら髪傷む」だの、「あの美容室高いし予約取りにくい」だの言いだし、しまいには「美容院代って経費で」などと言い出したものだから、慈杏は慌てて、

「あの、社長! 新人の教育係はわたしですよね? わたしがちゃんと言っておきます!」と、宣言し、共有のスケジュールシステムの自分と、つくられたばかりの新人の予定に「オリエン」と入れ、空いている会議室を押さえると有無を言わさず新人を引っ張って会議室に向かい、「使用中」の表示に換えて中に閉じこもった。



『リアライズ』では僅かな採用数のため入社式は行わず、日常の始業時でも特段朝礼を行うといった風習は無かった。

 それでも新卒中途問わず、新人が入った際には初日の朝に上席や教育係が新人を連れて一通り挨拶して回るのが通例だったが、さっきのパフォーマンスでフロア中に充分紹介は為されたはずだ。



 一息つく。慈杏は努めて冷静であろうとした。


 こういう時は頭ごなしに怒ってはいけない。

 まずはお互い自己紹介して、ひとつひとつ丁寧に教えていこう。

 この会社のこと、仕事のこと、社会人としての常識も。そう思った慈杏は、まず自ら名乗った。


「え⁉︎ 先輩の名前めちゃくちゃ格好良くないっすか⁉︎

先輩かどうか知りませんけどジアンって呼んで良い⁉︎ アメリカナイズ! ふぅー!」


「だめ‼︎」


 決意して早々に怒鳴るはめになってしまったが、その後の教育は良好な関係を築きながら進められた感覚を慈杏は得ていた。

 渡会を見つけたときに新町が興奮しながら話していた、「感じは軽いけど素直で良い子」「元気が良く人当たりも良い」「頭は悪くないし向上心もある」「そしてデザインセンスは抜群に良い」と言う言葉は、おおよそ評価通りで、呑み込みは早く言うことも素直に聞いてくれた。

 朝は弱いらしく、「クリエイターは好きな時間に出社できると思ってたのに」なんて誤解交じりの愚痴を言いつつも、遅刻などはしたことが無い。むろん髪の色はすぐに戻し、比較的TPOをわきまえた服装で出社するようになった。

 普段は独特な言葉遣いも、客先で問題視されるようなことはなかった。慈杏のことも、「弧峰先輩」または「先輩」と呼んでいた。

 この当時は。

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