表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽と星のバンデイラ  作者: さくらのはなびら
終章 夜明けにはためく旗
121/122

旗持つ乙女2

 ――ガビ、喜んでくれるかな。



 いつもの練習場で。

 慈杏はポルタの衣装に身を包んでいた。

 隣にはメストリ衣装の美嘉。



 祭りの後しばらくして。ソルエス先代代表にひとつの連絡があった。


 ブラジルに住む親族が営む小さな貿易会社を手伝うためにブラジルに渡っていたガビからだった。


 向こうに渡ってからも先代代表へは定期的に連絡はあったが、ここ十年弱は直接のやり取りは途絶えていた。

 近年発達してきたソーシャルネットワークサービスで、お互い安否がわかるようになっていたのも理由の一つだが、単純にガビの仕事が忙しくなったのが主な要因だった。

 数年ぶりの連絡でも、先代はかつてのようにガビの愛称で彼を呼んだ。


 日本でガビの父親が営んでいた自動車の整備工場は、経営は決して楽ではなく、父親が体調を崩したのを機に、畳むことになった。

 ガビは継ぐ選択も考え悩んでいたが、身体を壊した父親が故郷での養生を望んだのが一押しとなった。

 当時はまだ好景気の名残はあり、数名いた従業員の受け入れ先には当てがあり、ガビ自身のブラジルでの働き口もなんとかなりそうだったのも、廃業のハードルを低くさせた。

 結局その父親は故郷への渡航を待たずに亡くなってしまうのだが、その頃は近隣との関係が悪化の一途を辿っていて、裁判や損害賠償の支払いを抱えるに至り、廃業と渡航の計画を加速させ、同時に工場跡地の処分を行い、賠償などの支払いに充てたのだった。



 ガビは渡航後数回のやり取り時と同じように、今回の連絡も、当時突然日本を離れたことを詫びた。

 エスコーラを放り投げるようになってしまったことについても。

 だから会長は、日本の貿易会社との商談で二十年ぶりに日本を訪れることになったというガビに、その機にみんなに会いたいというガビに、素敵なプレゼントを用意しておくから楽しみにしておけと伝えた。


 会長からその話を聞いて、慈杏はガビと過ごした日々を思い出していた。



 ガビに初めて会った日の帰り道に、背中越しで父親が言った通り、商店街はにわかに活気付き、お店の利益も増えつつあったが、すぐに両親の代わりになれるような従業員が育つわけはなく、忙しさはもう少し続きそうだった。


 慈杏は商店会やエスコーラのメンバー、ガビの前では生来の気質が良く現れていたが、ガビは慈杏の屈託に気づいていたようだった。ある日言われた言葉をよく覚えている。



「メウ・コラソン」



 心のままに在るように。



 好きなものの中に嫌いな部分がある。


 好きなのに嫌いな時がある。


 好きな時と嫌いな時がある。


 好きだからこそ嫌いなこともある。


 心の色は一色でなくても良いのだと。

 マーブル模様だったり斑だったりしていて良いのだと。


 心の在り様は自由で、こうでなければいけないなんて無い。

 矛盾も含めて自分の心、気持ちを大切にして良いのだ。


 慈杏は自分にも羽根が生えたような気持ちになった。

 自分にも、というのはおかしいかと思いながら、優しい目で語るガビを本当に天使のようだと思った。


 父を、母を、お店を、環境を、嫌っても怒っても良いのだ。

 だって本当は大好きなことを自分が一番よく知っているのだから。

 そして、消えてしまいそうに思えたかつての自分を取り戻そうとするあまり、今の自分を嫌わなくても良いのだ。


 活発で行動的な自分も、物語が好きな自分も、好きなままで良い。




 ガビは日本に今日の朝一で着く便に乗っている。


 今日一日は在日時代の知人への挨拶と、夜は明日の商談の準備に使うそうだ。

 着いたらまず商店街に来る予定になっていた。

 ガビの日本での生活のほとんどはこの街だったから、挨拶回りの拠点になるし、明日の商談も新駅から三十分足らずで行ける。ホテルもこの街で取っていた。


 ガビはエスコーラを放って行ったと詫びていたが、メンバーは誰も放っておかれたなどとは思っていなかった。

 工場の廃業手続で忙しいだろうに、渡航前の一週間はほぼ毎日練習場に顔を出してくれた。

 ガビはバテリア、バンド、ダンサーそれぞれに、技術的なことから精神的なことまで、丁寧に教えて回っていた。



 その日ガビは出来上がったばかりのバンデイラを掲げたポルタの手をひきながら、カザウの指導をしていた。

 休憩中くるくると回るポルタとポルタに合わせて回るバンデイラに見とれていた慈杏の隣に指導を終えたガビが腰をかけた。


『ソルエス』は良いエスコーラだよとガビは言った。


 ふたつの商店街がひとつになった。


 あのバンデイラのように、太陽と星が、それぞれの輝きを放ちながらひとつにまとまっている。



 異なる事情も、異なる利害も、異なる価値観も、異なる文化も、異なる思想も、異なる民族も、異なる心の裡だって、それぞれがそれぞれで在りながら、ひとつになれる。


 無理に揃えなくったって良い。


 争って一色にしなくったって良い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ