表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/122

観感2

 丘の上はけもの道のようになっていて、土が露な道に申し訳程度に砂利が敷かれていた。

 周囲はいくつかの樹木が規則性なく生えていた。雑草も生えていたが多少は手が入っているのか背の高い雑草が生い茂っているようなことはなかった。

 既に日は落ち、丘の上から見下ろす商店街周辺は、篝火のように淡く光っていた。


「夜景ってほどおしゃれな風景じゃないけどさ」

 この風景が好きだったのだとミカは言った。


 子どものころ、兄に倣って部活には入らなかったミカ。

 兄は辞めてしまったサッカークラブは小学校卒業までは続けていたミカ。

 兄が自主練に付き合ってくれなくなった放課後は、友達との練習に費やした。

 友達との練習が終わった後も、物足りず家までの道を遠回りしてランニングして帰ることもあったらしい。


 その時に見つけたのが、この丘だった。

 坂道からの階段は、体力づくりや足の筋力トレーニングにもってこいだと喜んだそうだ。そんな、わずかに寂しさを残した心の奥底に蓋をするように見出した喜びを抱いて全力で駆け上がり、息を切らしながら、この風景を見たそうだ。


 ミカは懐かしそうに過去の想いを語り続けた。

 秘密基地のような練習場を見つけてはしゃいでいた兄。

 そこを失って変わってしまったように見える兄。

 サッカーを辞めてしまった兄。


 ここのことを教えたらまた喜んでくれるだろうか。またサッカーをやってくれるだろうか。


 きっとそういうことじゃないのだと、兄が失った何かについて、漠然とした想いを抱きながら眼下の街を眺めていたのだそうだ。


 あんなに家から遠いと思った場所が、ここから見ると誤差の範囲だ。


 あんなに広いと思っていた街が、ここから見ると掌に納まるくらいだ。


 ひとつひとつの灯はとても儚げだけど、ひとつひとつが大切でかけがえのないようなものに見えた。そんな風に考えていたのだと。



「当時感じていた寂しさの正体ってなんだったんだろうな。

にいちゃんたちがサッカー辞めたことか、ガビがいなくなったことか。

街の開発がらみで大人たちが騒がしくなってきたこともあったかも。

でも、今思うと、そういう全て、いろんなものが変わってしまうことに寂しさを感じていたのかもしれない」


 わたしは無言で、ミカと同じように、弱いかもしれないけど優しく光る街並みを眺めながらミカの話を聴いていた。


「ここから眺める街は、いつも変わらずに光っていて、それに安心感を覚えたからこの風景が気に入っていたのかも」


 でも、とミカは続けた。


 今も当時と変わらないように見える街の灯り。

 だけど変わったところもある。

 マンションが何件も建っているエリアはひときわ明るく、当時は存在していない明るさだった。

 実際は、変わらなく見えるところだって変わっているはずだ。それは当時もそうだ。日々何かが変わっているのだから。



 いろんな立場があって、立場によって変化を、停滞を、好む好まないも様々だろう。

 これからこの街はもっともっと変わっていくはずだ。

 きっとこの風景はやがて見られなくなる。

 もしかしたらこの場所すらなくなるかもしれない。

 それを寂しいと思うかもしれない。でも、新しい景色を好きになるかもしれない。


 あの日何かを失った兄は、一方で誰かの何かを失わせるかもしれない開発に携わっていた。

 それを復讐だと露悪的に言っていたけど、そもそも良いとか悪いとかのテーブルに載せるような話ではないのだ。


「そう思うと、なにやらドラマティックな感じ出してたけど、正直滑稽だよね。もっといじってやろうかな」


 やめなよとわたしは笑いながら言った。


「無職になったアキにそんなこと言ったら泣いちゃうよきっと」


 などと、既にわたしもいじってしまっていた。

 でも、アキって、なんとなくいじられた方が良いような気がする。その方が本当のアキが顕れているように思えるのだ。


 あ。だから類は初対面時からあんな感じだったのか?

 だとしたらあの子の人を見る目はもはや理屈じゃなく野性の範疇だ。



 アキとのハイタッチでミカにスイッチが入ったようだった。


 次の曲が始まる。

 ミカに手を引かれステージを移動する。ステージの奥から迫力のある音でダンサーを乗せているバテリアを指揮するヂレトールの側まで寄り、挨拶をする。


 ヂレドールから返礼があり、バンデイラに右手を添え、自らの手にキスをする。チームの象徴に敬意を示すベイジョという儀式だ。


 舞台の前まで出て、バンデイラをポルタ・バンデイラとメストリ・サラで広げ、観客に披露し、挨拶をする。


 パフォーマンスに挨拶が含まれているのがカザウの特徴だ。

 旗めき翻るバンデイラと豪奢な衣装が映える魅せるパフォーマンスと、チームの象徴を預かるポジションならではの、厳かな雰囲気を携えた儀式的な動きが混在するカザウのショーは、喝采に混じる溜息がよく似合う。


 華やかさよりも興奮よりも、わたしたちは感嘆で会場を包ませよう!


 激しいステップは踏まず、優雅に移動し、回転するポルタ・バンデイラとメストリ・サラ。


 ふたりの間で太陽と星がデザインされたバンデイラが舞台の上で羽ばたくように翻り、咲くように開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ