合奏
るいぷるがハイーニャのビオラと楽しそうにおしゃべりしている。メイクのコツなどを聞いているようだ。
さっきまではクリアンサスの子どもたちとノペ合戦なるものを開催していた。土曜日のエンサイオは日中に実施されるため、子どもの参加率が高い。
平日の夜だと参加しにくい子どもたちも数人いて、そういう子はるいぷるとはあまり関りを持ったことが無かったはずなのに、るいぷると子どもたちはまるでドッグランに連れてこられた仔犬の群れのような騒ぎようだった。なんならるいぷるが一番騒いでいた気がする。
精神年齢が一桁なのだろうか。それにしても、るいぷるって呼ばせるの恥ずかしくないのかな。正直呼ぶ方は恥ずかしいんだけど。
わたしと同じ名前の年上の新人は、何年も前からメンバーであるかのように誰とでも距離を詰めてくる。
一見個性は強いがその距離感は絶妙で、『空気が読めない』『押しが強い』などの評価は全く聞こえてこない。実際良い人だと思う。付き合いやすい人だとも。
だからこの感情は、わたしの未熟さ故なんだと思う。
仕方ないよね、思春期は複雑なものなのだから。仕方がない。仕方がないのだが――。
率直に言えば、気に食わなかった。
つい最近知り合った相手にだってあの感じなんだから、仕事仲間で妹分を自認しているジアンに対しての距離感と言ったら到底受け入れられるものではなかった。
創立メンバーの子どもや孫世代のメンバーのほとんどは幼い頃からチームに所属している生え抜きの戦友である。
子どもや学生は数年で環境も興味も変わるから、部活や受験や進学、バイトや新しい趣味などで辞める者も多かった。大人になって戻ってくる者も居ないではなかったが。
もちろん、そんなことにこだわる意味なんてない。みんな同じエスコーラの仲間なのだから。
創設メンバーの孫で、先代ハイーニャの娘で、幼少の頃からクリアンサスとして舞台に立ち続けてきたことへの誇りなんてつまらないものだ。わかっている。頭の中では。
でも、思ってしまうのは仕方ない。
ママの次のハイーニャはジアンが良かった。
その次のハイーニャはわたしがなる。
生粋で生え抜きのメンバーで引き継いでいくことが美しいと思っていた。
現ハイーニャのビオラは技術も人格も申し分なく、バテリアの信任も厚い。わたしも色々と教えてもらっているし好きだ。
ジアンはハイーニャにならなかったけど素敵なポルタで、今では他に適任はいないと思える。
ステージなどでは同じ場に立つことが減って、練習も分かれることも多く寂しいけど、相変わらず仲良くしてくれている。
るいぷるは明るくて可愛い。いろんなジャンルの経験があるからか、ダンスも上手だ。すぐに華やかなパシスタになるだろう。ジアンにも可愛がられている。
あー、もう。正直に言う。
はっきり言って嫉妬している。
ジアンが取られそうで。
将来のハイーニャのライバルになりそうで。
屈託のないるいぷると、つまらないことばかり考えてしまう自分との人格差にもへこむ。
はぁ、いやになる。
昔は素直で天使のようだと言われていたのに。チヤホヤされ過ぎたのだろうか。
るいぷるがにこにこと話しかけてきた。
いつの間にかわたしは「るいぴっぴ」になったらしい。なんだそれは。
練習を終えて着替えも済んだこのタイミングに話しかけてきたと言うことは、自ずと一緒に帰ることになるのだろう。
「で、好きな人いるの?」
は? なにその質問⁉︎
「で、」ってなに?
そんな話してないじゃない。距離の詰め方が尋常じゃない。
わたしくらいの年代の女子には恋バナでもしとけ的な大人のスタンスでもない。
うまく説明できないけど、これはかなり仲の良い同級生のそれと同じだ。それを大して仲良くなってないのに繰り出してくるのだから、やはり異常性がある。
大して仲良くない、か……。
きっと、わたしがるいぷるに苦手意識を持っていることを、気づいているんだろうな。
その垣根をあっさり超えて来て、こちら側から垣根を壊しにかかるのだ。まるで一緒に壊しているように。
自分を苦手だと思っている相手と一緒に?
ほんと、敵わないな。
これが、きっと近いうちに始まるハイーニャを巡る物語のライバルになるのだ。きっといつの間にかポケモンみたいな呼ばれ方にもすっかり慣れてしまうのだ。
あーあ、るいぷるがもっと嫌な人だったら良かったのに。なんて、思ってもいないことを無理やり思い込もうと、無駄な抵抗をしてみるのだった。
なぜかカフェで向かい合って、フルーツとクリーム盛り盛りのフラペチーノの甘さにふたりで頬を緩めながら。