表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/122

転機3

 目の前のアキにいちゃんは、さっきまでの笑顔を隠して、初めて見た時のような事務的な表情をしていた。

 声は荒げてはいないけど、怒りを押し殺したような凄みと、押し殺そうとすらしていない敵意が滲み出ている。


 あんなに楽しそうだったのに!

 なんでわざわざ悲しい道を選ぶのか、全く理解できない。その道しかないわけじゃないのに。



 両親を思い出す。

 比較的裕福な家だったと思う。

 習い事もたくさんやらせてもらった。

 子どもはわたしだけだったから、ふたりの愛情を一身に貰っていた自覚もある。


 三人仲良く、幸せだった。

 それでも、そんな幸せはある日あっけなく幕を閉じる。

 理由は昨今珍しくはない両親の離婚だ。

 不倫や暴力、借金などといったわかりやすい原因があったわけではなかった。

 簡単な言葉で言えば、価値観の相違。これもありふれている。

 不幸を得るに相応しいドラマティックなエピソードもなく、誰もが納得するような強い要因も見えない、なんとなく選ばれた決断で訪れた結論には到底納得がいかなかった。


 両親の間でしかわからない事情があって、考え抜いた結論ではあるのだろうけど、積極的に『失なう』ことをわざわざ選ぶのが理解できなかった。

 同時に、何気ない日常は何気なくあっさりと消失してしまうことを理解した。


 だからこそ、毎日を大事に、できるだけ楽しく笑って過ごそう、可能な限りやりたいこと、楽しいこと、幸せなことを、積極的に選んでいこうと決めた。



 だから、やっぱり信じられないし理解できなかった。どう考えても幸せを構成する要素のいくつかを、手放さざるを得なくなる選択肢をわざわざ選ぼうとしている彼らを。

 得るものと失うものの天秤が明らかにおかしい。

 それを等価とさせているのは拘泥するに値しない意地やプライド、或いは思い込みだと思えた。


「くだらない‼︎」


「なんだと?」


「くだらないって言ったの! 本当に大切なものはなに⁉︎ 絶対今こだわっていることの芯にあるものではないよ! そのさらに根っこにあるものを想って!」


 アキにいちゃんは明らかに怒った顔をしていた。

 怒りや敵意を向けられるのはイヤだ。けど、

「ここで熱くなってわたしにキレたって良いよ!

わたしもそれ以上に泣き喚き散らすからね!

覚悟あんの⁉︎」


 別に計算ではない。

 納得いかないことは納得いかないし、言いたいことは言う。したいことをする人生を生きると決めたのだから。

 でも、結果として、自分よりも感情的になっている人を見て、冷静になれるのだとしたら。


「年下の女子がそんな有様になってるのをみて、少しでも冷静になったら、アキにいの根っこにある本当の気持ちを尋ねてあげて! これはアキにい自身にしかできないことだよ! そこ! 他人事じゃないよっ。ウリちゃんもだからね⁉︎」


 負の感情を向けられるよりも、嫌われるよりも、なによりもイヤなのは、大事な人や、大事になり得る人が、必然ではない要因で不幸になることだ。


「荒れ果てたわたしのことはミカちゃんとランちゃんがどうにかするので! おふたりは今日はご自身のこと、考えてください。大事に想ってあげてください!」


 でも、大事な人、か。まだ何度も会ったわけでもない彼らは、いつの間にわたしの大事な人になったのだろう。

 大事な人にとっての大事な人だから? だったかな?



 果たしてアキにいちゃんは怒気を残しつつも、表情にはバツの悪さの方が色濃く現れ、ウリちゃんは少し困ったような笑顔を見せ、三万円をテーブルに置いて暁さんを促し店を出て行った。お金多くない?


 去り際にもう一度こちらを振り返ったウリちゃんの表情からは、ごめんねと言っているようにも、ありがとうと言っているようにも見えたが、気のせいだろうか。

 もうなにも考えられなくなってきた。

 あとはミカちゃんとランちゃんに任せよう。


 吐かなかったのは偉かったと思う。じあさんに褒めてもらえるかもしれない。


 楽しみだ。ああ、楽しみだ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ