転機2
カクテルはカラフルで甘くて美味しい。
たまに苦いのとかあるのも良い。
名前の由来を訊くのも好き。
このお店はカクテルが豊富だ。上から順番に頼んでみる。できれば全制覇したいところ。
注文しようとホールスタッフをランちゃんが呼んだ時、店にミカちゃんとウリちゃんが入ってきた。ちょうど入り口で出会ったらしい。
さすがタイミング良い!
「ミカちゃん、ウリちゃん、何飲む?」
「はは、続けて言われるとお笑いコンビみたいだね」
「お疲れ様。アキももうすぐ着くって」
ミカちゃんは今日は終日社内作業だったのか、ラフな格好だ。
レイニーチャンプのブラックのジップアップフーディをざっくりと開け、カットソーのルセット色が胸元にのぞいていた。
ウリちゃんは今日もおしゃれで、トムブラウンの細い金縁の丸眼鏡にはやや琥珀色がかったレンズがはまっている。
サックスブルーのホライゾンカラーシャツの上には体型にぴったり合ったアイボリーのジレ、ダークネイビーのクロップドパンツの足元はホワイトのスエードモカシンを、くるぶしを見せるスタイルで履きこなしていた。
ふたりがお笑いコンビだったらシュール系センスおしゃれコントが持ち味で、ワーキャー人気で一時売れて、事務所の迷走に巻き込まれて解散し、数年後片方はピンで本格お笑いを目指し、もう片方は実業家をやってそうだなと思った。
「シュールも良いけどさあ……声は張らないとダメなんだからね⁉︎」
「急に何言うとんねん。ふたりとも止まってもーとるやんけ。
史上稀に見るきっれーなキョトンやわ。いつものたわごとなんで気にせんでください。美嘉さん、ウリさん、何飲まはります?」
このツッコミ気取り関西ライターが。
わたしをボケ扱いするなら、もっとキレと独創性のあるなんかこう、いい感じの、ねえ? できないもんかねえ?
「みんなビール?」
「そうでもないよ。仕事の飲みじゃないから合わせなくて良いからね」
ミカちゃんは協調性の鬼だね。
いつも場の全員を見ている気がする。そんなミカちゃんの、ともすれば気にしすぎな部分をさり気なくフラットに調整してくれるじあさんはさすがだな。できた女だよ、あんたは。
「そっか、まあでも最初はビールにするよ」
「あ、ビールもうひとつね」
ミカちゃんのチョイスにウリちゃんも乗った。いよいよコンビじみてきたぁ。ふぅーっ!
おっと、いけないいけない。
油断してドリンキングオーダームーブメントタイムに乗り遅れるところだった。……よし、次はこれにするか。
「わたしマッカラン‼︎」
「ええと、マッカランと梅酒のロック、あとは中生みっつお願いします」
じあさんはドリンクのオーダーでさえ格好良い。なんかすっとした感じで、スマートだ。
ん? オーダーは後輩の仕事なんて誰が決めた? 今を生きるわたしは旧い慣習には囚われないのだ。
「マッカランて甘くないよ? 大丈夫?」
「わたし子ども舌じゃないし! 苦味も楽しめます! コーヒーとか飲んでるでしょう⁉︎」
配慮もさすが! でも、子ども扱いしすぎだ。わたしとてレディである。セクシーレイデーである。
洒落たカクテルのひとつやふたつ、飲みこなすなど造作もない。
「いつも飲んでるのってがぶ飲みミルクコーヒーじゃない。いや、今まで甘くないカクテル飲んでるイメージ無かったから」
「上から順番に行こうとしたら、ミカちゃんのカットソーの色見て急に飲みたくなった」
「そう言う真っ赤ちゃうぞ」
「そもそもこの服、真っ赤ってほど赤強くないよね?」
「連想するの! クリエイターは頭柔らかくないと! もー! みんなすぐいろいろ言うー! なに? 夢中? わたしに? こまるー‼︎」
「すんません」ランちゃん、謝ってばっか。謝罪大臣か。
「たわごとでしょ?」
え? なに? ランちゃんミカちゃんもうツーカー?
「はい、聞き流しといてください」
よし、あの関西ライターヤロウ、マッカチンみたいな顔しよってからに。後で髪ぃ、毟りほかしてやる。ミカちゃんも同罪だな。
と、あれは。
あー! アキにいちゃん!
ウリちゃんが立ち上がって手を振っていたので、その先に目をやるとアキにいちゃんが店の入り口にいた。
こちらに気づき歩いてくる。ミッドナイトブルーの上下にブラックのシャツ、シルバーのネクタイはバーの雰囲気に合っている。
かーっ、相変わらず大人っぽいねぇ。いなせだねぇ。いなせってなんだろね。いなご?
席についたアキにいちゃんは、メニューも見ないでなんかそれっぽいの頼んでる。
アキにいちゃんは、格好だけでなくスタンスもクールだけど、ミカちゃんと話している時にたまに子どもみたいな笑顔を見せることがある。ギャップ萌えか!
きっと、こっちの顔が本当のアキにいちゃんなんだと思った。
だって、そんなふたりのやりとりを、ウリちゃんも本当に幸せそうににこにこと眺めていたから。
なのになんで、こんな悲しいことを言い出すんだろう。