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七日目(回想)

七日目の前に持ってきたかった幸せ時間。

朝の光が窓から差し込み、教室の中を柔らかく照らしていた。

文化祭まであと数日。あかりはクラスの出し物で使う看板の色塗りをしていた。


「ここ、もう少し濃くしたほうがいいかな?」


筆を持ったまま、隣で段ボールを切っていた康之に声をかける。バレー部のキャプテンである彼は、いつもは体育館で忙しくしているのに、今日は珍しくクラスの準備に参加していた。


「んー……あ、そうだな。その辺ちょっと薄いかも」


康之は筆を取り、あかりの手の上にそっと重ねる。


「こうやって、少しだけ水を含ませて……ほら、馴染むだろ?」


指先に触れた感触がじんわりと熱を持つ。あかりは慌てて「そ、そうだね」と頷いたが、心臓の音がうるさくて、自分の声がちゃんと出ているか不安になった。


康之は特に気にする様子もなく、満足げに頷いて筆を戻す。


「やっぱり、こういうの上手いんだな」


「そうか?」


「うん。器用だし、細かいところよく見てるし……」


何気なく言ったつもりだった。でも、康之が少し驚いたように目を見開いて、それから照れくさそうに鼻をかいた。


「お前にそんなこと言われるとはな」


「え?」


「だって、お前もなんでもできるだろ。絵もうまいし、しっかりしてるし」


不意にそんなふうに言われて、あかりは一瞬、何も言えなくなった。

康之の顔を見ればよかったのに、それができなくて、ぎこちなく笑って「そんなことないよ」と返した。


そのとき、教室の外から「康之ー!顧問が探してたぞー!」とバレー部の後輩の声が聞こえた。


「あ、やべ……ちょっと行ってくる!」


 康之は立ち上がり、途中まで塗っていた筆を置くと、軽く手を振って走り去った。


 太陽に照らされた背中が、あかりの胸にふわりと切ない気持ちを残して消えていった。


「……なんでもできる、か」


呟いた言葉は、誰にも届かず、静かに教室に溶けていった。


---


私達が付き合うようになったのは社会人になってからの同窓会だった。


「あ、久しぶりー!!あかりが参加って、めずらしいじゃん。仕事、落ち着いてきたんだ?」


社会人になって初めての同窓会。

久しぶりに訪れた居酒屋の個室は、懐かしい顔ぶれで賑わっていた。


あかりは仕事帰りに駆けつけ、入口でコートを脱ぎながら室内を見回した。


「……あ」


視線の先に、ひときわ背の高い男性がいた。

黒のジャケットに白シャツ。高校時代のジャージ姿とは違う、すっかり大人びた姿の康之。


彼も気づいたようで、少し驚いた顔をしてから、ふっと懐かしそうに微笑んだ。


「久しぶり。元気してた?」


「うん。こそ、相変わらず?」


「まあな。でも、俺ももう会社員だから、昔ほど動いてないけど」


笑う康之の表情に、あの頃の面影が残っていて、あかりは思わず胸がざわつくのを感じた。


席に着くと、周囲の友人たちと昔話に花が咲いた。高校時代の話、部活の話、文化祭の話――。

そして、ふとした拍子に康之があかりの方を見た。


「あのさ……文化祭のときのこと、覚えてる?」


「え?」


意外な言葉に、あかりは一瞬戸惑った。文化祭といえば、準備のとき、康之と一緒に看板を作ったことを思い出す。


「うん……覚えてるよ」


「あのとき、お前に褒められてさ、ちょっと嬉しかったんだよな」


「え……」


思いがけない言葉に、胸がどきっとする。


「それでさ。今さらだけど……ずっと言えなかったことがある」


康之が少しだけ真剣な目をする。


「あの頃、お前のこと好きだった。でも、部活ばっかりで、ちゃんと向き合えなかった」


静かに告げられた言葉が、心の奥深くに染み渡る。


「今なら、ちゃんと向き合えると思う。……だから、もう一度会ってくれないか?」


あかりは驚きながらも、康之の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。


心の奥で、ずっと閉じ込めていた気持ちが、ふわりとほどけていく。


「……うん」


小さく頷いた瞬間、康之が少しだけ安堵したように微笑んだ。


あの頃は届かなかった想いが、ようやく繋がった夜だった。



作品を見つけてくれて、読んでくれて、感謝します!

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