六日目
「明日は休み?」
「はい、休みが多くなってすみません。対応よろしくおねがいします」
村田部長へ報告する。
席に戻ると
隣の咲さんに
「初七日、だよね」
と確認される。咲さんは4月から一緒に働き出した子育てからの復帰組。控えめに頷く。
そういえば、咲さんは去年父親を亡くしたんだ。
「…明日、やっておくことは他にない?」
「はい。あとは明日、2件3棟の申請があるんですが、申請までの準備は今日中に整えておきます。あとは、トレースで急ぎの依頼が入ってこなければ、ですね」
「あ〜。月末じゃないし、大丈夫じゃないかな」
法要初七日のために明日は休む。
今日は残業やむ無しで深夜までを覚悟した。先週は急な休みでかなり迷惑をかけてしまった。
黙々と仕事をつづける。職場には洋楽が流れ続けている。
「おつかれさまでした」
「最後、警備のロック忘れずにね」
「はい。おつかれさまでした」
一人になった職場で作業を続ける。
一段落して、明日の準備で付箋を書いて、やり残したことはないかの確認をする。職場のオーディオ関係を全て閉じて、しんとした中、社内の時計のデジタル表示を見上げると、
【22︰47】
思わず深いため息がでた。
脳裏には医者の声。
“22時47分、死亡確認”
帰ろう。明日は初七日。ちょうど一週間か。爪、伸びてる。ケアしなきゃ。
誰の車もない暗い駐車場で、エンジンをかける。
家までのいつもの帰り道。車のラジオは深夜番組に切り替わったのか、いつもと違う、男の人が話している。
『「今は2時間ごとの授乳で、へとへとなんですよ」「しばらく続きますね。では、新米お母さんからのリクエストでGReeeeNのキセキ」』
赤ちゃんが産まれて、旦那さんは単身赴任となった単身育児のお母さんのリクエストだ。彼女はきっと私と同世代。私も好きな曲だ。アパートの駐車場についたけど、聞いてから車を降りようと椅子を後ろにずらす。
聞き慣れたイントロが流れ出すと、私の中にも高校時代の文化祭のエンドロールが流れ出した。思い出の曲でもあるね。懐かしい。
単身赴任なら会えるよね。いいなぁ。
今日は歌にでてくる歌詞がやけに響く。
『――二人歩いたキセキ』
奇跡が起きるなら、生きていてほしかった。
手のひらはもう包んでくれることは、ない。包むことも、ない。自分の手を握りしめる。こつんと当たる。指輪の硬さに気づく。
現実を目の前に突きつけられて、ただ涙が止まらなかった。
『うまくいかない日だって二人でいれば晴れだって』
―――もう、二人でいれない。会えないんじゃない。ここに、いないんだ。
曲は最後まで流れた。
『〜何十年、何百年、何千年、時を越えよう。君を愛してる〜』
バカ。愛してる。
指輪だけ残して死ぬなんて。
指輪をなぞりながら、赤ちゃん、康之との未来を考えてみる。
もしも、あの時、避妊していなかったら、康之の子供を授かっていたかもしれない。
もしも、あの時、夜勤がつらいなら代わってもらえるように強く勧めていたら。
もしも、あの時、レールが切れていなかったら。
もしも、あの時、ちゃんと点検していたら、
もしも、あの時、生きていたら。
もしも、ばかりが浮かんでは消え、車の中で夜が白んだ。
薄いオレンジの空の境界線に、高校の文化祭当日の早朝を思い出す。
高校時代、文化祭の当日、ぎりぎりになったから朝日が上り始める始発で向かった。冷たい空気の中、
最後の準備で衣装の調整。康之の着る予定だったワンピースの肩幅がきつすぎて練習中に破けちゃって、オフショルダーに変更になったんだ。
あの時はまだ付き合ってなかった。康之はバレー部のエースで、恋愛とは無縁グループだったし。
でも、モテていたとは思う。
あの時からかな。少し気になってきたのは。




