四日目
結婚指輪は来月に出来上がると言われていた。刻印はまだ入れていなかったことでキャンセル可能だったらしい。
店内は前に来たときと同じ、華やかでありながら落ち着いた雰囲気。初めて入るには緊張するところだったことを思い出す。
幸せそうに指輪を選ぶカップル、あの人達も結婚予定だろうか。壮年の男性はプレゼントを選んでいるのだろうか。奥さんへのプレゼントかな。あんなふうに年を取りたいねって、話していたのを思い出す。
前に来た時は入って左側。あの、ショーケースを見ながら二人で話した。婚約指輪は節約って言ってたのに、買ってるなんて。
店につくとすぐに個室へ案内された。
「実は既製品をいくつかおすすめしたところ、購入いただいておりました。サプライズがこのような形で受け取りとなるとは…この度はお悔やみ申し上げます。」
サプライズで用意されたのは
シンプルな白の指輪ケース。指輪ケースの内側に、刺繍で文字が書かれていた。
「――!」
そのメッセージが、あまりにも不似合いで。
でも、とても暖かくて、切なくて。
声を出して泣きそうになるのを堪えた。
ケースを握りしめて、思いを受け取る。
結婚しようって恥ずかしそうに言ってくれた日。
喧嘩して仲直りしようって後ろから抱きついてきた日。
これから、の話をいっぱいしてた、式の準備の日々。
これから、どうすればいいのかな。やすくん。
震える手で指輪を手に取ると、店員さんが
「お手伝いします」と私の手に指輪をはめてくれた。
店員さんの目も赤い。
【あかりこれからもよろしく やす】
刺繍のサービス。文字数とか、漢字にするとオプションとか気にしたのかな。文字数を数えている彼を想像して、愛しさが増す。今はただ、この想いを受け止めていたい。これからもよろしくのメッセージ。
結婚式のキャンセルは昨日した。もう、全てキャンセル。
これからもよろしくのメッセージ、受け取りたいよ、やすくん。
指輪は細いリングにイミテーションを組み合わせた花の形をした飾りがついている。重ね付けも考えてくれたのか。私が喜びながら金額を気にするかもしれないって、考えながら選ぶ彼の姿を想像した。
もう枯れてしまえばいいとさえ思うのに、目からまだ涙が溢れてくる。目を閉じるとにこやかに笑うやすくんが指輪のケースを眺めている様子が勝手に想像される。どんなに泣いても、もう会えないのに。涙を止められない。もう出なくなってもいいのに。
テーブルにはいつの間にかティーセットが用意されていた。お礼と長時間の来店になってしまったことを詫び、店を出た。
私の指にはサプライズで受け取った婚約指輪が光る。
指輪を見るたびに、切なくて、泣きたくなるけれど、やすくんの想いを感じる仄暗い幸せの家路。
書くのか泣くのかどっちかにしたい。




