二日目
葬儀
日付が変わる頃には来訪もなくなり、急に静かになった。ガランとした葬儀場。
両親には一旦帰ってもらった。私の着替えを持ってきてくれるそうだ。ありがたい。
通夜が始まる前に棺に入った彼は誰が見ても“死んでる人“という認識になった。
さっきまで布団に寝てた時と違って、もう私の知ってるやすくんじゃないみたい。花に囲まれて安らかな眠りについたやすくん?ありえない。私をびっくりさせようとして寝てるふりしてるのならいいのに。
眠る姿を何度も横から見た。これからも一緒にずっと横顔を眺めていこうって思ったのに。今は横顔を見ることはできない。近くにいるのに。箱が邪魔して見えない。ねぇ、なんで?
涙でまた滲んで見えてくる。
「あかりちゃん、ちょっとだけいい?」
携帯の写真で康之が写ってるのがあったら、葬儀で使いたいと、康之のお姉さんから呼ばれた。
家からアルバムを持ってきたらしく、机にはたくさんの写真が散らばっていた。小さな頃のやすくんだ。お姉さんと写ってる。いやそうな顔しているのもある。あ、泣いてる。目元が今と変わらない。家族写真のお父さん、若いなぁ。やすくんに似てる。
あ、これ成人式のだ。高校の写真はあるのかな?
やすくんとは高校で会った。私はこの時やすくんとはあまり親しくなかったから一緒に写ってないね。
上白石とやすくんだ。バスケのあとの写真かな。懐かしい。
携帯の写真も見せて葬儀の担当者へ送る。
彼だけが写ってる写真は少なかった。最近は試着したタキシード、どれがいい?ってふざけて撮ったのが3枚あった。その中の1枚が式で着るもので決まってた。楽しそうに笑ってる。非常口ドアマークの走る人のような体勢で撮った1枚。
もちろん彼の携帯には私の試着のドレス写真が残っていた。
二人で撮ってるのは去年の遊園地デート。最近は2週間前に花火大会で二人で撮った。これで今年の花火も見納めだねーって言ってた。二人で結婚式で使うからこれからいっぱい撮ろうねなんて言ってたのに。
思い出話をしたり、やすくんのそばでうとうとしてたら少し寝なさいと親族控室で休ませてもらったりして、日が昇った。着替えて葬儀場の外に出る。朝日が眩しい。葬儀の時間までしばらくあるけれど、県外にいる親戚を迎えに行くと空港へ出発したり、近くの施設にいるやすくんのお祖父ちゃんを迎えにいったり朝から慌ただしく準備が進められた。私は仕事前に寄ると連絡のあった、彼の友人や同僚、知人、会社の関係者の対応を彼の両親としていく。
ほとんど寝ていないのに身体が緊張しているのか。
「来てくださりありがとうございます」
と挨拶しながら受付へ通す。
高校時代の友人で葬式には出れない人達が朝来てくれた。
「久しぶりー」
と軽やかに話される中にもここに集まった理由を考えると気持ちは沈むのか、騒然としたなかに静かになる瞬間がくる。
「…くやしいな。なんで康之なんだよ」
上白石は葬儀に参列する。さらに、友人代表として挨拶をしてくれると通夜で決まった。
「結婚式で読むはずだったのに」
って泣きそうな顔を無理に笑おうとした変な顔で私に言う。
「私もそうだったよ。何でこんなことになっちゃったんだろうね」
私も無理に笑おうとして変な顔になってる。喪主は康之のお父さん。私に電話をかけてくれて、最期の時を過ごしてからまともに話せてない。喪主として昨日から打ち合わせに親族の応対、会社とのやり取りとまさに葬儀の中心者だ。
「あかりちゃんの席はここね」
お母さんがお姉さん家族の横の席を用意してくれた。籍を入れてないから私はやすくんの婚約者でしかない。それでも親族の席に座らせてもらえて嬉しかった。
読経、念仏を唱えて厳かな空気の中、しめやかに行われた葬儀。上白石が泣きながら挨拶する中、現実感がない。
悪い夢を見ているような気持ちになってくる。写真はお姉さんの結婚式の時に撮った写真だ。スーツでかっこよく髪型もおしゃれして微笑んでいる。…付き合い始めた頃だ。
ーやすくん?起きて?ねぇ、笑わせてよ。夢なら覚めてよ。
棺と写真と花飾りが否応にもここが葬儀場だということを認識させる。
「はぁ」
呟いて見ても目を閉じても開けても変わらない。
これが現実だ。
「お別れの献花を」
やすくんに花。ふふ。似合わないなぁ。首元にたくさん飾ろう。ねえ、起きてよ。
頬に触れる。ドライアイスで冷たくなった身体は生気を一切感じない。本当に死んじゃったのかな。
―康之の頬に触れた手が、離せない。
すすり泣く音が響く中、
「それではこれから親族との最後のお別れの時間となります。ご来場の皆様、しばらくお席にお戻りになりお待ち下さい」
私は籍を入れていないからここでお別れ。どうして式の前に入れておかなかったのかな。辛いよ。やすくん。もっと一緒にいたかったよ。くしゃくしゃの顔で無理に笑おうとする。「だ、大好きだよ」嗚咽で話せない。ちゃんと伝えなきゃ。「なんでいっちゃうの?ねえ?」
さよならだ。本当の本当に康之がいなくなる。
「行こう。ここからは親族の時間だ」
康之の親友、上白石が泣きながら私の肩にに触れ冷たい棺から離した。
わかってる。わかってるけど、動けない。
いやだ。
「あかりちゃんも一緒に」
康之のお父さんが声をかけてくれて、家族のお別れに居させてもらえることになった。
「あ、ありがとうございます」
泣きながらお礼を伝える。お父さんには本当に感謝しかない。
「康之、お前の葬式にいっぱい人が来たよ。よかったなぁ。良かったなぁ」
そう言いながら、お母さんを支えて泣きながら声をかける。
康之の頭を優しく撫でる康之のお母さん。
「や、やすゆ、き、お母さんだよ。ゆっっゆっくり休みね」
泣くのをこらえて別れの声をかけた。
いやだいやだ。さよならなんて。なんで!どうして。
でも、これが最期って体が叫んでる。
声を出さなきゃ。
私はやすくんに顔を近づけた。眠っている彼を前も見たことがある。こんなふうに白くなかった。ひげが少し生えてて、あ、でもホクロがここにあるのは同じ。
私の涙が彼の頬に落ちた。傷を隠すように化粧をしてるんだった。私は頬に触れながら冷たくなった唇に自分の唇を合わせた。
冷たい唇、冷たい頬にもう彼が目を開けることはないと頭で理解してしまう。ただ、心が叫んでる。いやだ!離すな!って。
でも、別れが迫っているのもわかる自分がいる。
私は彼の耳元で小さく囁いた。
「やすくん、大好きだよ。いっぱいありがとう。大好き」
それぞれ声掛けをしている中、司会者が声をかける。
「それでは出棺のお時間となりました」
もう涙も出ないと思うほど泣いたはずなのに涙はとまらない。いやだ。涙で見えない。やすくん!!
出棺のために蓋をしめられて運び出される時にはもう立っていられなかった。
いなくなった。私の大好きな人。
作品を見つけてくれて、読んでくれて、感謝します!




