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連載候補短編

【連載版始めました!】勇者敗北が私の責任って本気ですか? そう思うなら追放してください! ~ムカついて聖剣を魔剣に変えたら敵国の魔王様にバレて溺愛されるようになりました……なぜ??~

作者: 日之影ソラ

【作者からのお知らせ】


ご好評につき連載版スタートしました!

ページ下部にリンクがございます。

見つからない方は、お手数ですが以下のURLをコピーしてお使いください!


https://ncode.syosetu.com/n3499ik/


よろしくお願いします!!

 私は小さい頃から変わった趣味のある女の子だった。

 別に、私自身が変わっていると思ってはいない。

 周りの女の子を普通と呼ぶなら、私は普通じゃないのだろうと思っただけだ。


 たとえば勇者の物語がある。

 男の子は勇敢な勇者に憧れ、女の子はお姫様に憧れる?

 女の子の中にも、格好いい勇者様に目を惹かれる人だって大勢いる。

 だけど、私が目を惹かれたのは勇者はなく、お姫様でもなく、魔王様でもない。


 剣だ。

 

 勇者が持つ聖剣、魔王が持つ魔剣。

 その強さに、鈍い輝きに、恐ろしい鋭さに。

 あんなにも美しい物が、人の手によって作れるのだろうか。

 刀鍛冶の動画を何度も見返した。

 両親に頼み込んで、実際に作っているところを見学しに行ったこともある。

 刃物が好き。

 あまり大きな声では言えない趣味だったから、私はいつも周りの目を気にしていた。

 男の子は普通だ。

 女の子たちは私の趣味を知ると、怖ーいとかいって馬鹿にしてくる。

 本気でひかれると、私だって悲しい。

 何度も思った。

 ここがゲームや漫画の中の世界なら、私の刃に対する思いも、受け入れてもらえるのだろうか。


  ◇◇◇


「僕が負けたのは君のせいだ!」

「……え?」


 とある日の早朝。

 偉大なる勇者様が突然、鍛冶場にやってきて言い放った一言に驚愕する。

 私は耳を疑った。

 聞き間違いだと思った。

 だから、念のために聞き返すことにした。


「えっと……どういうことでしょう……?」

「聞こえなかったのか? まったくこれだから平民上がりは……目上の人間に同じ説明を二度もさせるなんて」


 やれやれと首を横に振る勇者様。

 若干腹が立ったけどぐっとこらえて、私は表情を作って謝罪する。


「申し訳ありません」

「いいか? よく聞くんだ。僕は先日、魔王の幹部と交戦した」

「はい」


 そこは知っている。

 勇者と魔王の戦いは、身分を問わず大勢の人間が注目している。

 宮廷で鍛冶師として働き、聖剣の調整や管理をしている私が知らないはずがない。

 当然、勝敗についても把握済みだ。


「僕は……敗れた。魔王どころか……その幹部に惨敗したんだ」


 そう、彼は敗北した。

 人類の希望。

 勇者エレイン・フォードは、魔王軍幹部の一人が率いる軍勢と交戦。

 半日に及ぶ戦闘の末、勇者側の人間は壊滅した。

 ギリギリ全滅だけは免れたけど、味方側に甚大な被害をもたらした。

 唯一無傷で生還したのは勇者エレイン一人だけ。

 幹部を倒すことも叶わず、むざむざと逃げ帰る結果となった。

 勇者惨敗の知らせは瞬く間に王都中に広まり、不安や困惑の声があがっている。


「僕は負けるはずがなかったんだ。勇者である僕が、魔王の幹部ごときに敗れるなんてありえない。ならばなぜ負けたのか? 僕に原因がないのであれば、その他に原因はある。そう思わないか?」

「はぁ……」

「共に戦った騎士たちはよく頑張ってくれていたよ。命を賭して戦う姿は、まさに騎士の鑑だった。彼らに原因はない。ならば答えは一つだ」


 そう言いながら、勇者エレインはピシッと指をさす。

 

「宮廷鍛冶師ソフィア! 君が原因だ!」

「……」


 沈黙が流れる。

 もうダメだ。

 今一度確認して、順を追って説明してもらったけど、やっぱり意味がわからない。

 私は困惑しながらエレイン様と視線を合わせる。

 エレイン様はとても怒っていた。


「あの、おっしゃっている意味がわからないのですが……」

「愚かだな君は! 僕の聖剣を作り、管理しているのは誰だ?」

「私です」

「そうだ! 聖剣は勇者の力そのもの! 僕自身に問題がなかったのであれば、おのずと敗北の原因は聖剣にある!」

 

 この人は……本当に何を言っているのだろう。

 情報を追加されても理解できない。

 というより、ただの言いがかりだとしか思えない。


「お言葉ですがエレイン様、聖剣の調整に問題はございません。出発前にエレイン様も確認なさり、問題ないとおっしゃっていたはずです」

「その時はそう感じた! 出発後に不具合が発生した! そうに違いない!」

「耐久性や威力の確認もしてあります」

「それが不十分だったと言っているんだ!」


 エレイン様は私に怒声を浴びせる。

 ひどすぎる言いがかりだ。

 確かに聖剣を打ち直したのは私だし、管理しているのも私だ。

 他にできる人がいないから、私一人でやっている。

 だからこそ、一切の失敗やほころびがないよう入念なチェックを怠っていない。

 エレイン様の剣術は未熟で、センス任せで乱暴な使い方をするから、聖剣が壊れないように耐久性を向上させる強化を施したり。

 長時間の連続使用に耐えられるか確認して、戦いに支障がでないようにしている。

 威力に関してはそもそも、どれだけの力を発揮できるかは使い手の素質に左右される。

 聖剣の力を十全に発揮できるかは、勇者であるエレイン様自身の問題だ。

 と、散々説明してきたはずなんだけど……。


「僕の戦いは完璧だった。それなのに負けた。理由はこの貧弱な聖剣にあるに違いない!」


 エレイン様はバンバンと腰の聖剣を叩く。

 私がいくら説明しても、エレイン様は理解してくれない。

 いや、信じてくれないらしい。

 自信家で自己中心的な彼は、自分自身に問題があったのだと思いたくないんだ。

 子供みたいでわかりやすい。

 失敗の原因を外に押し付けて、自分は悪くないと駄々をこねる。

 これが王国を代表し、国民の未来を背負って立つ勇者の姿?

 真実を知れば、国民はみんな呆れてしまうだろう。

 誰より強く、たくましく、優しくて他人想い。

 巨悪を許さず、人々のためなら自らの命を惜しまない……。

 そんな存在が勇者だ。

 どれも当てはまらない。

 こんなにも勇者らしくない勇者は……歴史上初めてなんじゃないのかな?


「とにかく君が原因だ! まずは謝罪をしてもらおうか!」

「……」


 私は小さくため息をこぼす。

 どう説明しても、この人には通じないだろう。

 私が悪いと思い込んでいる。

 こういう時は必ず、私が悪かったと認めて謝るしかない。

 いつものことだ。


「申し訳ございませんでした」


 頭を下げて謝罪する。

 心なんて籠っていない。

 取り繕った偽りの謝罪も、何度目かわからない。

 謝ることに慣れつつある自分が、ちょっぴり嫌だった。

 自分が悪いわけじゃないのに、謝りたくはない。

 だけど仕方がない。

 ここで時間を無駄にすると、今日の分の仕事が終わらないんだ。


「まったく、これで僕の婚約者なんて情けない限りだ」

「……」


 ああ、そういえばそうだった。

 勇者は特権として、複数の女性と結婚することができる。

 だから婚約者も複数人いて、私もそのうちの一人……だったのを思い出した。

 特に興味もなかったし、婚約者らしいイベントもなくて、冗談だと思っていた。

 ま、そんなこと今はどうでもいい。

 鍛冶場には修繕前の武具が山ほど置かれている。

 目の前にある以外にも、倉庫には同様に直さないといけない武具が残っている。

 加えて騎士団用の新しい剣も打たないといけない。

 今日もサービス残業確定だ。


「では、聖剣をお預かりします」

「次こそ頼んだよ! いつまでも魔王なんかに後れをとるわけにはいかないんだ!」


 魔王どころかその幹部にすら勝てないのに、よく言えるなと正直思う。

 私はエレイン様から聖剣を受け取る。

 乱暴に手渡して、彼はそそくさと鍛冶場を後にする。

 作業に取り掛かる前に、私は聖剣を確認する。


「折れてる……」


 私は大きなため息をこぼす。

 普通、こんなにも高頻度に聖剣をボロボロにする勇者がいるのだろうか?

 私が知っている漫画やゲームでも、ここまで酷い勇者は知らない。

 

「こっちの世界も楽じゃないなー」


 そう、私はこの世界の人間じゃない。

 こことは別の、ごくごく普通の世界に生まれた女の子だった。

 ちょっぴり変わっているのは、刃物が好きだったことだ。

 刃物を作る技術を学び、ようやく高校を卒業して修行を始められる、というところで事故にあった。

 刀剣の展示を見ているときに大地震が起こって、落下してきた刃物に串刺しにされた。

 本望だった。

 とはさすがに思えなかったけど、この世界に生まれ変わったのは幸運だった。


「はずなんだけどなぁ~」


 思えば順風満帆には程遠い人生だ。

 平民の家に生まれ、すぐに両親が病死した。

 両親の顔も朧げなまま、私は祖父母に育てられた。

 唯一の幸運は、祖父が鍛冶師だったことだ。

 運命に感じた。

 私の夢、願いを神様が聞いてくれたのだと。


 祖父のもとで鍛冶の技術を学び、十五歳になる頃には一人前と呼べる程度にはなった。

 ちょうどその頃に祖父が体調を崩し、あれよあれよとこの世を去った。

 落ち込んでばかりもいられず、生活のために働き口を探す。

 そんな時、宮廷鍛冶師募集の話を聞いて、ダメ元で受けることにした。

 宮廷鍛冶師は、世の鍛冶師にとって最高の職場、だと聞いたことがある。

 勇者の聖剣に触れることもできるから、鍛冶師としての技術を向上させるために、ちょうどいい場所だとも思った。

 そうして合格し、宮廷鍛冶師になって二年が経った。


 現在……。


「完全に社畜だ」


 前世では経験できなかった社会を知った。

 知りたくなかった。

 好きなことをしているはずなのに、終わらない仕事に嫌気がさし、このままだと鍛冶の仕事そのものが嫌いになりそうだ。

 もういっそ……。


 私は首を振る。


「仕事しよ」


  ◇◇◇

 

 一週間後――


「どうしてくれるんだ!」

「……」


 エレイン様は折れた聖剣を私に見せつけ、ひどく怒っている。

 また負けてしまったらしい。

 今度は魔王と直接戦って、無残に聖剣を折られて逃げかえってきたようだ。


「君がテキトーな管理をしているから折れるんだぞ!」

「……申し訳ありません」


 反論したところで無意味だと理解している私は、気持ちのこもっていない謝罪をする。

 仕事がたくさん残っているんだ。

 邪魔してほしくないし、すぐに出て行ってほしい。

 負ける度に私の文句を言いに来て、修行とかする気はないのかな?


「修繕するので聖剣をお貸しください」

「――その必要はない」

 

 まだ文句が言い足りないのか。

 そう思った私は、もう一度謝るつもりで頭を下げようとした。

 すると、エレイン様はニヤリと笑みを浮かべて……。


「ソフィア、今すぐ宮廷を出て行ってもらおうか」

「……え?」


 私に追放を宣言した。


 理解が追いつかない。

 訳の分からないことを言う人だけど、今回は特に意味不明だった。

 私は困惑しながら、エレイン様に尋ねる。


「えっと……ここを出たら仕事ができないのですが……」

「その必要がないと言っているんだ。まだ意味が理解できていないのかな?」

「それは……」

「宮廷鍛冶師ソフィア! 本日をもって、宮廷付きの任を解く! つまり、君はクビになったんだ」


 偉そうにエレイン様は私に宣言した。

 

 クビ?

 私が……クビになった?


「ど、どういうことですか?」

「当然だろう? 僕が敗北する原因を作ったんだ。その責任をとってもらわないとね」

「責任って……」


 自分が負けた責任を私に押し付けて、あげく宮廷から追い出そうとしているの?

 何を考えているんだこの人は。

 そんなことをして、この先誰が聖剣の調整をするの?

 山ほどある仕事だって残っているんだよ?


「さぁ、早く出て行ってもらおうか?」

「お、お言葉ですがエレイン様、それはできません」

「なんだと?」

「私は宮廷に所属する鍛冶師です。その任命権はエレイン様ではなく、陛下や王族の方々にあります。いくら勇者とはいえ、エレイン様のご意志で解雇など――」


 できない。

 そう言い切ろうとした時、エレイン様はニヤリと笑みを浮かべた。

 得意げに、嬉しそうに。

 その表情を見て、私は言葉を詰まらせる。


「君はやはり愚かだね。これが僕一人の決定だと本気で思っているのかい?」

「な、何を……」

「そんなわけないじゃないか! これは僕の決定じゃない! 僕たちが二人で決めたことだよ!」

「二人……」


 まさか……。

 私の頭には、とある人物の顔が過る。

 答え合わせはすぐ終わる。

 カランカランと鍛冶場の扉がベルを鳴らし、ゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは、私が思い浮かべた人物。

 ビクトリア王国第一王女――


「エレナ王女殿下……」

「こんにちは、宮廷鍛冶師ソフィアさん。いえ……もう元、宮廷鍛冶師でしたね」


 彼女は笑う。

 第一王女エレナ・リヒト。

 彼女は、勇者であるエレイン様の婚約者だった。

 王族である彼女の意志があれば、宮廷付きの一人や二人を解雇することは容易だろう。

 頭の中で全ての点が繋がる。

 これはエレイン様の一時的な発散ではなくて、正式な決定であると。


 私は……。


「クビ……」

「ようやく理解したようだね」

「ふふっ」

 

 エレナ王女はエレイン様の隣に行き、エレイン様は彼女の肩に腕を回す。

 愛し合う二人は目の前でベタベタとイチャつく。

 これまで何度も見せられた光景だが、今日は特にきつい。

 見ていられない。


「すまないねエレナ、こんな汚い場所に呼びつけて」

「まったくですわ。煤まみれで汚い……私やエレイン様には似合わない場所です」

「そうだね。こんな場所が似合うとしたら……ふっ、ある意味では相応しい場所だったようだ」

「ええ、平民にはピッタリですね」


 二人は私を見ながらあざ笑う。

 仕事に疲れ、全身煤まみれで、汗をぬぐった頬が黒く汚れている。

 壁に立てかけられた鏡には、綺麗な姿の二人と、汚れた私が映っていた。

 わかりやすい対比だ。

 幸せそうな二人と、不幸せな私……。


 ずっと耐えてきた。

 覚えのない失敗を押し付けられ、注意されて、お給料を下げられたこともある。

 必死に頑張って、歯を食いしばって仕事を続けた結果がこれ……?


「は、はは……」


 笑ってしまう。

 悲しさは感じるけど、それ以上に呆れて涙もでない。

 こんなものかと。

 宮廷鍛冶師として相応しい振る舞いをするため、苦手な敬語や礼儀作法も勉強して身に着けた。

 毎日煤まみれになりながら、病気になっても休まず働き続けた。

 それなのに……報われない。

 子供みたいな言い訳しかできない勇者と、平民の私が気に入らないという理由で嫌がらせをする王女様。

 こんな人たちが、この国のトップにいる。

 信じられない。

 呆れを通り越して、ふつふつと怒りがこみ上げる。

 でも、それ以上に……。

 

「……もういいかな」


 不思議と諦めがつく。

 少しだけ、心が軽くなった気がした。

 ようやく解放されるのだと。

 このままじゃ大好きだった剣が、鍛冶まで嫌いになってしまう。

 宮廷が恵まれた環境なんて嘘っぱちだ。

 追放してくれるなら、それはそれで構わない。

 むしろありがたい。

 中々自分から言い出せなかったし。


「ありがとうございました」

「え?」

「ソフィアさん?」


 私の反応にキョトンとする二人。

 もっと落ち込んだり、取り乱すことでも期待したのだろうか。

 生憎そこまで思い入れはない。

 それに、これは二度目の人生だ。

 

「いつ出て行けばよろしいですか?」

「そ、そうだね。今ある仕事はとりあえず全部終わらせてもらおうかな?」

「わかりました」


 この仕事が終わったら解放される。

 最後なんだし、きっちり終わらせて気持ちよく去ろう。

 もちろん、今までだって手を抜いたことはないけど。

 聖剣に触れるのも最後かもしれない。

 念入りに、大事に。


「もしかして、今から挽回できると思っているのかな?」

「え?」

「その反応、図星だね」

「いえ……」


 何の話?


「無駄だよ。君の追放は決定事項なんだ。今からどれだけ頑張っても無意味! せいぜい最後まできちんと働くことだね」

「ソフィアさん、あなたの代わりはすぐに用意します。ご安心ください」

「……」


 前言撤回。

 さすがに腹が立つし、今までの鬱憤もある。

 どうせ最後なんだ。

 これまでのイライラを全部ぶつけよう。

 暴力はしない。

 私は鍛冶師だから、鍛冶師として……未熟な勇者様に試練を与えようと思う。


「今までお世話になりました。新しく鍛冶師さんは、優秀な人だといいですね」


 嫌味いっぱいに言い放つ。

 私一人でも手に負えなかった仕事量だ。

 宮廷鍛冶師の人員は少なく、私を含めて三人しかいない。

 他二人も手いっぱいだろうし、新しく雇わないと回らない。

 もっとも、見合う条件の人材がいて、この劣悪な環境に耐えられたら……だけど。

 残る二人もそのうち辞めるんじゃないかな?


「それでは……最後の仕事がありますので」

「ああ、きっちり頼むよ」

「わかっています」


 残った仕事を終わらせるのに半日、朝までかかってしまった。

 未熟者への試練に力を入れてしまったのが原因だ。

 ほとんど眠れていないから眠い。

 うとうとしながらも荷造りをして、お世話になった鍛冶場にお辞儀をする。


「今までありがとうございました」


 願わくば、次にここを使う人がいい人でありますように。

 そうして私は外へ出る。


「はぁースッキリした」


 外に出る。

 見合えた青空は雲一つなく、とても澄んでいた。

 

  ◇◇◇


 宮廷鍛冶師をクビになった私は、王都を離れることにした。

 もっとも栄えていて王国の中心と言える街。

 平民にとっても憧れの街だけど、私はあまり好きじゃない。

 何より王都には王城があり、宮廷がある。

 せっかく辞められたのに、王城なんて毎日見える場所にいたら、嫌でもきつい日々を思い出してしまう。

 気持ちをリセットするためにも、新天地へ向かうことを決めた。

 特に、私が最後に残した置き土産を知ったら、あの勇者様は激怒するだろう。

 見つかったら大変なことになるかもしれない。

 他国へ避難することも考えよう。


 特に行く当てもない。

 なんとなく王都から北へ進み、ラクストという大きな街にやってきた。

 王都ほどじゃないけど栄えた街だ。

 特にギルドと呼ばれる冒険者の組織がいくつも拠点を構えているとか。

 街中にはギルドが経営するお店も多く並んでいた。

 飲食店に洋服屋さん、アイテムショップなんかもある。

 チラッと見た限り、武器屋さんもあるみたいだ。


「そろそろ仕事見つけないと」


 王都を出てすでに一週間が経過した。

 当てもなく彷徨って、何もすることなく一日を終える。

 休暇としては十分すぎるだろう。

 のんびりな時間も悪くないけど、あたしはどうやら落ち着きがないらしい。

 忙しくしていた頃の癖か、何かしていないと落ち着かない。

 いや、それ以前にお金の問題もある。


「さすがに減ってきたよね……」


 宮廷で働いてた頃の給料はほとんど貯金していた。

 使う暇なんてないほど忙しかったから。

 おかげで相当な金額は持っている。

 ただ、お金は有限だ。

 徐々に減っていくことを実感し、お金は使えばなくなるという当たり前の事実を痛感する。

 まだまだ余裕はあるけど、焦りは感じられてきた。


「新しい仕事場、仕事……」

 

 探さないといけない。

 街に武器屋はあったし、鍛冶師として雇ってもらう?

 現実的だけど、ちょっと不安だ。

 また宮廷みたいな環境だったら、地獄のような日々に逆戻り。

 さすがに勘弁してほしい。

 仕事量は適切、残業代も支払われて、パワハラを受けない環境がいい。

 もしくはいっそ……。


「そこの君、少しいいかな?」

「はい?」


 見知らぬ男の人の声に振り向く。

 後ろに立っていたのは、高身長で黒髪の男性だった。


「鍛冶師のソフィアだね?」

「はい……そうですけど」


 こんな人知らない。

 私の名前を知っているということは、宮廷の同僚?

 もしくは騎士の誰かだろうか。


「面白いことを考えたね?」

「え?」

「聖剣を魔剣に変えてしまうなんて、普通の鍛冶師ができる芸当じゃないよ」

「――!?」


 私は驚愕する。

 どうしてそのことを知っているの?

 私が勇者様に残した試練、というより嫌がらせ。

 聖剣を特殊な効果を持つ魔剣に作り替えたことを。

 まさか、もうバレた?


「王国の人ですか?」


 私は身構える。

 こんなにも早くバレるなんて想定外だ。

 まだ一日しか経過していないのに。

 今すぐ逃げ出そう。

 そう思った私は異変に気付く。


「空が……」


 灰色。

 青くない。

 世界の景色も、どこか色あせている。

 昭和初期のテレビみたいな。

 って、私平成生まれなんですけどね。


「逃げられると困るからね。結界で覆わせてもらった。ここでの会話は誰にも聞こえない。誰にも認識されない」

「……」


 私を追うためにここまでする?

 逃げ場を失った私は、冷や汗を流す。


「あなたは……誰ですか?」

「自己紹介がまだだったな。俺の名はグレン・バスカビル」

「――!?」


 私はその名を知っている。

 いいや、この国に、この世界の人々なら一度は聞いたことがある。


「魔王……?」

「そう呼ばれているらしいな」


 この世界に悪魔はいない。

 大昔は存在したらしいけど、現代には本物の悪魔も、魔王も存在しない。

 聖剣を持つ者を勇者と呼ぶように、優れた魔法使いを魔王と呼ぶ。

 彼はその名に恥じぬ実力と、地位を持っている。


 リヒト王国と並ぶ世界二代国家の一つ。

 ヴァールハイト帝国、第二十七代国王――グレン・ヴァールハイト。

 たった一人で数千の兵士を迎え撃ち、大自然と更地に変える大魔法の使い手。

 天上天下唯我独尊。

 自身の感情にみ従い、他を顧みない性格はまさに魔王。

 そんな恐ろしい人物が、私の前にいる。

 

 私の人生、詰んだ。


「……」

「そう怯えるな。俺はお前に感心している」

「え?」


 感心?


「さっきも言っただろう? 聖剣を魔剣に変える。対極に位置する存在を作り替えるなど、普通の鍛冶師にできることじゃない。少なくとも俺は知らないな、そんな芸当ができる人間」

「それは……なんで知っているんですか?」

「偶然だ。敵情視察、俺は千里眼を持っているからな」

「な、なるほど……」


 さすが魔王様、なんでもありだ。

 こっちの作戦もお見通しなら、勇者に勝ち目なんて最初からなかっただろう。

 よくボロボロでも無事に帰って来られたと感心する。


「千里眼では会話までは聞こえない。なぜお前がここにいるのか。経緯を聞かせてくれないか?」

「聞いてどうするんですか?」

「内容次第だ」

「……」


 まぁいいか。

 どうせ見つかった時点でゲームオーバーなんだ。

 私は半ばあきらめて、事情を話した。


「滑稽だな」

「……わかってますよ」

「お前じゃないぞ? 間抜けな勇者の話だ」

「え……」


 てっきり私のことを笑われているのかと思った。

 魔王様は呆れて続ける。


「これほどの逸材を手放すとはな。これまで辛うじて実力が拮抗していたのは、すべて優れた聖剣と鍛冶師の技術によるものだというのに。それに気づかないとは情けない」

「……」


 この人、私が言いたいことを全部口にしてくれた。

 なんだか気持ちがスカッとする。


「本当ですよね……」

「ソフィア、俺の国に来ないか?」

「え……魔王様の国に?」

「グレンでいい。魔王と呼ばれるのは好きじゃないんだ。まるで悪役だからな」


 確かにこの人は魔王じゃなくて人間だ。

 ただ、領地をかけて戦争を仕掛けたり、勇者と戦っているからピッタリだと思うけど……。


「勘違いしているようだから正しておくが、俺はただ奪われたものを取り返しているだけだ。お前も知っているだろう? この国の歴史を」

「少しは……」


 リヒト王国とヴァールハイト王国。

 二大大国と呼ばれるようになったのは実は最近で、国王が彼になってからだった。

 それまでリヒト王国が世界最大の国家と呼ばれ、ヴァ―ルハイト王国は数度の戦争に負け、領土の七割以上を奪われた。

 侵略戦争と呼ばれているが、実際は元々ヴァールハイト王国の土地だった場所を、グレン陛下が回収している。


「それに、最初に攻めてきたのはリヒト王国だ」

「そうなんですか?」

「そうだぞ。今の国王は随分と欲深い。残る土地まで奪おうとして戦争を仕掛けてきた。返り討ちにしたがな」


 知らなかった。

 私たち国民には真実がわからないように隠蔽されていたのだろう。

 それを知ると、確かに侵略戦争ではない。

 むしろ侵略者はリヒト王国だ。


「俺は国を立て直している途中だ。優秀な人材がほしい。つまりお前だ」

「私に……ヴァールハイト王国で働けということですか?」

「そういうことだ。お前はすでに、我が国に対して素晴らしい恩恵をもたらしている。故にその褒美を先にやろう」

「素晴らしい成果……あ」


 勇者に与えた試練のことか。

 確かに、知らずのうちに私はヴァールハイト王国に貢献している。


「望むものがあるなら叶えよう。金か? 名誉か? それとも……なんでもいい」

「なんでも……」


 ヴァールハイトの国王様がそう言ってくれている。

 行く当てもないし、この国に愛着もない。

 私の望みは何?

 お金?

 名誉?

 それとも……。


「自分の店が開きたいです」

「店?」

「はい。鍛冶屋を! それが私の夢でした!」


 自分の鍛冶場、自分のお店をいつか持ちたい。

 なんて子供の頃の夢を思い出す。

 いいや、何度も思った。

 こんな劣悪な環境捨てて、自分で一から店を出せないかなとか。

 勇気がなくて踏み出せなかったけど、私はもう宮廷鍛冶師じゃない。

 自由になったからこそ、選ぶ権利がある。


「ふっ、くく……なんでもと言っているのに、願うのはそれか?」

「はい! お金とか名誉とか、どうでもいいです。私はただ、好きなことを頑張りたい!」

「――いいな。お前」

「へ、ええ!?」


 パチンと音がした。

 途端、私は空中にいた。

 落下する私を、魔王様は優しく抱きかかえる。


「ようこそ俺の国へ!」


 下はすでに、私が知らない街が広がっていた。

 お城もある。

 ここがヴァールハイト王国?

 魔王と呼ばれた人が暮らす世界?


「お前の望みを叶えよう。その代わり、俺からも一つ要求させてくれ」

「な、なんですか?」

「お前を俺の婚約者にしたい」

「――え?」


 思わぬ要求にキョトンとする。

 婚約者?

 そう言ったの?

 天下の魔王様が?


「私を?」

「お前以外にいない。ずっと探していたんだ。俺に相応しい相手! お前のように、優れた才能を持ち、金や地位に固執しせず、胸の奥に揺るがぬ信念、願いがある人間を! ようやく見つけた」

「そ、そんなすごい人じゃないですよ。私なんてただの鍛冶師で」

「異論は認めん! お前を俺の婚約者に、いずれは妻にする! 決定事項だ」


 魔王様は悪戯な笑顔を見せる。

 

「覚悟しておけよ? 俺の婚約者になるんだ。人生に後悔なんて一つも残させないぞ」

「……それって、覚悟じゃなくて期待することじゃ」

「ははっ、そうかもな。なら期待しておけ」


 突然のことで頭が混乱している。

 理解には時間がかかりそうだ。

 でも、一つだけ予感する。

 私の人生は、ここから新しく始まるのだと。

 この先何が起こるかわからないけど、きっと……今までよりはずっと楽しい。


  ◇◇◇


 一方その頃。

 希望に満ちたスタートを果たすソフィアに対して、絶望する男が一人。


「ど、どういうことなんだ!」


 勇者エレインは顔を真っ赤にしていた。

 怒っているから、ではなく、力を込めているから。


「ぬ、抜けない……」


 聖剣を引き抜こうとして、失敗する。

 どれだけ力を込めても、ピクリとも反応しない。

 

「はぁ……はぁ……どうなっている? なんで急に……」


 彼は知らない。

 ソフィアが残した試練、嫌がらせとは。


 聖剣を限定付きで魔剣に作り替えること。

 その効果は、剣を抜くに値する実力を持つ者しか、鞘から剣を抜くことができない。

 剣を引き抜き初めて、封印されし魔剣は聖剣へと戻る。

 要するに、勇者として未熟者では聖剣も抜けないんだよ、バーカという気持ちが込められていた。

 案の定、エレインは剣を抜けない。

 今までどれだけ、聖剣の性能に頼っていたのかがハッキリわかる。


「まさか、ソフィアの仕業か? 僕に嫌がらせをするなんて……許せない」


 怒り心頭。

 当然のことだが、ソフィアもただ嫌がらせをしたわけじゃない。

 もし彼が剣を抜くことができれば、聖剣はより強靭に、大きな力を発揮するよう進化を果たす。

 言い換えればこれは強化だ。

 エレインが勇者として成長していれば何の問題もなく、世界最高の聖剣となるはずだった。


「ソフィアアアアアアアアアアア!!」


 彼は気づいていない。

 自分の未熟さに。

 ソフィアという鍛冶師の存在が、どれほど自分を、王国を支えていたのかを。

 彼はさらに絶望することになるだろう。


 聖剣の鍛冶師が、魔王の元にいると知れば。


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最後まで読んでいただきありがとうございます!
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