第31話 ホワホワでモワモワなドレスの披露
「ソフィア様、見たこともないドレスを着ておいでですけど、もの凄く綺麗……。頭上のキラキラは何かしら? 輝きがとても素敵……」
「あれが下品で不品行なソフィア様のお姿なのですか? 信じられません……」
「よく見ると、エリザベート様よりもソフィア様の方が綺麗かもしれません。……私もあのドレス、着てみたいです」
会場の貴族令嬢達が頬を赤くして、ホワホワでモワモワなドレスを着る壇上の私を見つめている。
「ソフィア様~っ!! カワイイ~っ!! 最高ですっ!! 大好きです~っ!!」
フレイアも会場の中央で満面の笑みを浮かべて、両手を大きく振っていた。
先程のベアトリスとの戦闘以降、フレイアは私を恋愛的に好きなことを隠しもしないようで、「好き~っ!! 大好き~っ!! 愛してる~っ!!」と何度も大声で叫んでいる。……なんとなく、フレイアのキャラが徐々に壊れてきている気がする。
私はフレイアに上品に手を振って返す。
そもそもフレイアも、私と一緒にドレスを着て壇上に立つ予定だったが、先程のベアトリスの発言を受けて、急遽、私の護衛に回ることになった。私一人がモデルを務めるよりも二人の方が見栄えがしただろうが、安全のためにはやむを得ない。
ちなみに、この異世界には化粧の概念も無かったため、私は色々な小道具を応用して、前世のように化粧もしてみた。
会場に出る前にアリエッタとマリーに見てもらったが、かなり好評だった。マリーなどは、お茶会の後に化粧をして欲しいとねだってくるほどだった。
私は壇上から階段を使って会場に下りると、上品な仕草で会場の真ん中まで歩いていく。そして、会場の中央にいる護衛役のフレイアの隣に立つと、クルリと一回転した。
「皆さん。本日はお母様のお茶会にお集まりいただき、ありがとうございます。今日は決闘の代わりに、古代ニホンの文化を元に作製したドレスを披露いたします。こうして、私がデザインしたドレスをお見せできること、心から嬉しく思います」
貴族令嬢達の反応は予想以上に好評だった。最大派閥のベアトリス派と思われる令嬢達も、私を羨望の眼差しで見ている。一方、中立派らしき令嬢の何人かは、直接私に声を掛けてくれた。
どこの世界の女性も同じようで、戦闘に特化した文化の中にあっても、美しいものを見れば、それに憧れる気持ちが自然と沸き起こってくるらしい。少し前まで失われていた私の自信が、皆の反応で一気に回復した。
遠くで見守ってくれているエリザベートに視線を合わせると、エリザベートは満足そうに笑みを浮かべた。
私は周りを見渡しながら、貴族令嬢達に声を掛ける。
「このドレス、もしご希望でしたら、皆さんの分もお作りいたします。今度、このドレスを着て頂ける方だけで集まって、私のお茶会を開催できればと思っております。強制ではございませんので、ご興味のある方は、従者を通じて私までご連絡ください」
私がそう言うと、ベアトリス派の令嬢達が急にソワソワとし始めた。私に声を掛けようとして口を開くが、すぐに口を噤む。そして、何人もの令嬢がチラッチラッとベアトリスの方に視線を向けた。
首領のベアトリスがいる前では、口が裂けても「ソフィア王女のお茶会に参加したい」などとは言えない。私のお茶会に出るということは、派閥を乗り換えることとイコールだ。
私はそんな令嬢達に助け舟を出すため、離れて立っているベアトリスに近付いた。
「ベアトリスさんもよろしかったら、お友達の皆さんと一緒に、私のお茶会に参加してくださいませんか?」
私がニッコリと微笑んでそう言った瞬間、ベアトリスは眉間に皺を寄せて私を睨んだ。
「はぁ? 私がどうしてソフィア王女のお茶会に出なきゃいけないんですか? そもそも、そんなドレス、戦闘には向きません。あなたはいつも、何を考えているんですか? ……確かにドレスは綺麗かもしれませんが、ソフィア王女は国を守る王族としての意識が低いです。それに、肌色や赤色の小麦粉を顔に付けるなんて、とても見苦しいです」
私は眉尻を下げると、ベアトリスを見て苦笑いする。
「他の皆さんにもお伝えしているのですが、このドレスは戦闘用ではありません。ただ単に着て楽しむためのものです。それと、顔に付けている粉は自分を美しく見せるための特殊な粉末なんです。こうして見た目を変えることを『化粧』と言います。小麦粉ではありません」
私がドレスと化粧を説明すると、ベアトリスは舌打ちした。
「ソフィア王女! あなたは死ぬ気ですか? 私や他の女性貴族がここであなたに襲い掛かったら、どうするおつもりですか? そんな考えなしの軽い気持ちで女王を目指すなんて、心底呆れます!」
ベアトリスの言葉に、フレイアが即座に神剣を抜く構えを取る。エリザベートも、手元を背後に隠しながら、少しずつ私に近付いてきた。ベアトリスを警戒して、神剣を抜く体勢を取っているのだろう。
私はベアトリスからあからさまな敵意を向けられつつも、彼女を見て困ったように微笑んだ。
「……そうですね。ベアトリスさんのおっしゃる通り、ここで皆さんに襲われたら、私は死んでしまうと思います」
私は、この異世界の貴族令嬢全員に、自分が憧れていた文化が受け入れられるとは考えていない。ましてや、以前のソフィアと対立していた人間ならなおさらだ。
しかし、もしそれでも、私が紹介する文化を受け入れてくれる余地があるなら、皆で楽しんで欲しい。喧嘩などしたくない。
私はお腹の前に両手を揃えて、ベアトリスに深く頭を下げる。
「ベアトリスさん。どうか今日だけは、このお茶会を楽しんでください。今までの私の素行がベアトリスさんに猜疑心を植え付けたのは承知していますが、今後はできれば、ベアトリスさんとの関係をやり直したいと考えています」
不品行だった私が頭を下げていることに周りの令嬢達が驚くが、ベアトリスはそんなことは気にせず、私を蔑むように見た。
「……ソフィア王女。今度は一体何を企んでいるのですか? そのウソで、私をどう陥れるおつもりですか?」
その言葉で、私はお辞儀をしたままハッと気付いた。
──そっか……。他の人と一緒で、そんな簡単には私のことを信じてもらえないんだ……。
私が頭を上げ、残念そうにしながらベアトリスに視線を向けると、ベアトリスは手元から神剣を抜いた。フレイアとエリザベートもすぐに神剣を抜く。
私の周りにいた貴族令嬢達が、慌てて部屋の端に移動した。
「……ソフィア王女も魔法が使えるようになったのですから、神剣を出せるのでしょう? さぁ、神剣を抜いて下さい。私と決闘しましょう。先程のエリザベート様の話だと、王族との決闘は禁止されていないようですし」
その言葉に私は俯くと、お腹の前で両手をギュッと握る。
「……悔しいです。ベアトリスさんにも、ドレスや化粧の良さを分かって欲しかった……」
ベアトリスは、そんな私を見て鼻で笑った。
「野蛮なソフィア王女がそんな女っぽい仕草で、何をおっしゃっているのですか? 何かの演劇の練習ですか? ……私は貴女を絶対に信用しません」
私はベアトリスとの話し合いを諦めて深呼吸をすると、神剣を出すための言葉を唱えた。
「戦いを司る軍神マルスよ! 巨悪を滅ぼす正義の剣を我が手にっ! 出いでよ! 我が剣、ローゼヴァインッ!!」
私の手元に、以前と同様に、可愛らしい魔法少女のステッキが現れた。
それを見て、ベアトリスが吹き出すように笑った。
「ぷ~っ! 何ですかそれ。それがソフィア王女の神剣なのですか?」
ベアトリスが神剣を構えたまま、片手で口元を押さえて、顔を真っ赤にしながら失笑する。壁際にいたベアトリス派の貴族令嬢達からも、クスクスと笑う声が聞こえた。
一方、私の神剣を初めて見たエリザベートは、目を丸くして絶句していた。私のステッキ型の神剣では、ベアトリスの攻撃から身を守れないと感じたのだろう。
「これが私の神剣です。バカにしてくださって構いません。この弱そうな神剣が、まさに今の私……今のソフィアなんです」
私は横目でエリザベートとフレイアに視線を向ける。
「……お母様、フレイアさん。今まで、本当にありがとうございました。とても楽しかったです。もし私がここで命を落とすようなことがあったら、アリエッタさんとマリーさんにもお礼をお伝えください」
「ソフィア様っ!! 何をおっしゃっているのですかっ!!」
私はフレイアの叫びを無視して、目の前で神剣を構えるベアトリスに視線を移した。
「ベアトリスさんとの決闘、お受けいたします。私が勝ったら、今度、私のお茶会に出てください」
私の言葉に、ベアトリスがニヤリと笑みを浮かべた。
「ええ、いいでしょう。私の派閥は全員、いくらでもソフィア王女のお茶会に出ます。……ですが、私が決闘に勝利した時は、王位継承権を放棄してください」
私が頷いてベアトリスの要求を呑もうとすると、フレイアが私を隠すように前に立って、神剣を構えた。
「ベアトリスッ!! 王位継承権は、決闘で賭けられるものではありませんっ!! 記憶喪失のソフィア様を騙すなんて、卑怯ですよ!!」
ベアトリスはフレイアの割り込みにチッと舌打ちをする。そして、作り笑いをしながら、フレイアの背後にいる私を見た。
「ソフィア王女。申し訳ありませんでした。フレイアの言う通り、王位継承権は決闘で賭けられないものでした」
ベアトリスはフレイアに再び視線を移して、不敵な笑みを浮かべる。
「……しかし、決闘では『事故』が起きるかもしれません。今までも、たくさんの女性貴族が決闘の時の『事故』で亡くなっています。ですから、私が勝利した時の結果は、王位継承権の放棄と大体同じだと思うのです」
ベアトリスの言葉に、フレイアは神剣の切っ先を彼女に向けた。
「ベアトリスッ!! 貴女は不敬がすぎる!! 貴女がここで『事故』に遭いなさい!!」
フレイアが床を蹴ってベアトリスに突進する。すると、壁際で神剣を抜いたベアトリス派の貴族令嬢が十人ほど、フレイアに襲い掛かった。
「フレイア様!! ベアトリス様の神聖な決闘を邪魔することは許しません!!」
ベアトリス派の貴族令嬢達はフレイアの敵ではないものの、数で押されれば、フレイアが私を助けている余裕はない。フレイアは貴族令嬢達の攻撃で、完全に足止めをくらった。
一方、エリザベートの方を見ると、王妃である彼女にも無数の貴族令嬢達が襲い掛かっていた。剣撃がエリザベートに繰り出される。本来は許されない反逆行為であるが、エリザベートは決闘を認めているため、彼女達は無罪だ。エリザベートも、フレイア同様に足止めをくらっていた。
この異世界の「お茶会」は、本当に戦場だ。弱いものは死んでしまう。
「さ~て、ソフィア王女。これでやっと終わりですね?」
ベアトリスの言葉に、私が魔法少女のステッキを持つ手がブルブルと震えた。
先程まではベアトリスと落ち着いて話をしていたものの、今からベアトリスの神剣で身体を真っ二つに斬られてしまうかと思うと、それだけで失禁しそうになった。
──やっぱり怖い。どうしよう……。でも、この弱そうな魔法少女のステッキで、ベアトリスさんの攻撃を受け止めるしかないし……。
私は、両手で構えている魔法少女のステッキをじっと見つめる。
──あれ? これ、よく見たら、小さい頃にアニメで見た魔法少女のステッキだ。もしかして、この魔法少女のステッキ、神剣みたいに物理的な武器として使うんじゃなくて、魔法を使うためのもの?
私はベアトリスの攻撃を受ける前に、手元に全ての魔力の流れを集中させてみた。
すると、それまで何の変哲もなかった魔法少女のステッキが強く光り始める。そしてすぐに、そのステッキが私の魔力を貪るように吸い始めた。膨大な魔力が、私の身体からステッキに流れ込んでいく。
──なっ……なにっ!? 何が起きてるのっ!?
私のステッキから放たれる光が赤紫色に変わったのを見て、ベアトリスが突然顔を青くした。
「えっ!? その光は破壊魔法!? ソフィア王女が持っている棒は、神剣じゃないのですか!? ……貴女っ!! また私を騙しましたね!! 決闘は無効です!!」
ベアトリスは何かの危険を感じ取ったのか、慌てて神剣を手の平に収めると、私に背中を向けて一目散に逃げだした。全力で私から離れていく。
私は唱える魔法を何も決めていなかったが、なぜか口が勝手に動き出した。
「……火の精霊サラマンダーよ。私は、汝の燃え盛る炎で目の前の巨悪を打ち払い、王家に平穏をもたらそうと思う」
その瞬間、私の周囲に無数の巨大な火の玉が出現した。貴族令嬢達が戦いの手を止め、驚愕の表情をして私に視線を向けた。
私は、自分の意思とは関係なくステッキを持つ手を振り上げさせられると、勝手に動く口から、全く知らない呪文をいくつも詠唱させられた。
それらの呪文を一通り唱えた後、私は何かの力で、強制的にベアトリスの方に視線を固定される。
「……サラマンダーよ。汝の力を以て、王家に逆らうあの身の程知らずな公爵令嬢を焼き払いなさい! ファイア・ボールッ!!」
私の身体は勝手にステッキを振り、必死に逃げるベアトリスの背中に向けて魔法を放った。
「ソフィアちゃん!! ダメっ!! それは神剣でも防げない致死魔法よ!! ベアトリスが本当に死んじゃう!! そこまではしちゃダメっ!!」
エリザベートは貴族令嬢の隙間を縫って一気にベアトリスに近付くと、彼女を横方向に突き飛ばした。ベアトリスは床に倒れると、そのまま壁まで転がっていく。
そして、ベアトリスの代わりに立つエリザベートに、私の放った火の玉が迫った。
「上級魔法、マーガ・デスペルッ!!」
エリザベートが両手を掲げると、前面に巨大な魔法陣が出現した。その魔法陣に、私が放った無数の火の玉が衝突する。そして、火の玉は蜘蛛の巣に捕らえられたように、そこで停止した。
「ちょっと、ソフィアちゃん! なんて強力な魔法を放つのよ! 私の魔力無効化が効かないっ!!」
火の玉は消滅せずに、エリザベートの魔法陣を徐々に押している。
エリザベートは必死の形相で、お茶会会場の窓に視線を向けた。
「窓際にいる女性貴族は、今すぐ全員退避しなさいっ!! 今からそちらにファイア・ボールを逸らします!! 当たったら死ぬから、今から10秒以内に全力で逃げなさい!! それから、ファイア・ボールに掠っただけでも、その部分は蒸発しちゃうから、身をかがめて逃げるのよっ!!」
エリザベートはそう言いながら、少しずつ頭上の魔法陣の方向を変える。しかし、しばらくしてその動きが停止した。
「……っ!! もう限界っ!! このままじゃ、王宮が消えちゃう!! とりあえず、そっちに投げる!! 危ないわよっ!!」
エリザベートは窓方向に視線を向けると、両手を振るようにして火の玉を投げた。
火の玉は完全に窓の方向に進むことなく、一部の壁面を壊しながら外に飛び出した。そして、エリザベートの仕草に合わせて、徐々に高度を上げていく。
「ソフィアちゃんっ!! いい加減に魔力を止めなさいっ!!」
「はっ……はいっ!!」
私は正気に戻って、慌てて魔力を止めた。
「フィア・リリースッ!!」
エリザベートが呪文を唱えながらパンッと両手を合わせると、火の玉が上空で大爆発を起こした。
その爆風で、王宮の窓ガラスが次々と割れていく。貴族令嬢達と侍女達は必死に床に伏せて、爆風と窓ガラスから身を守った。
しばらくして爆風はおさまり、部屋に静寂が戻った。
「……はぁ。……助かった」
いつもは何があっても動じない気丈なエリザベートが、我を失ったように床にペタンと座り込んだ。私も自分が放った魔法でこんな事態になるとは思わず、ホワホワでモワモワのドレスのまま、その場に座り込む。
エリザベートに視線を向けると、エリザベートは困ったような表情をして苦笑いした。
「……ソフィアちゃん。こんなに凄い魔法を使えるなら、全然大丈夫よ。多分、ここにいる貴族令嬢達はソフィアちゃんに絶対にかなわない。私も負けちゃう。……というか、当たったら即死しちゃうかな」
私は自分がしでかしたことに呆然としつつ、顔を青くして俯いた。
「ソフィアちゃん。今の魔法、どういう時に使う魔法なのか知ってる?」
「……いえ、知らないです」
私が首を振ると、エリザベートは眉尻を下げて笑みを浮かべた。
「あれはね、国同士の戦争で、大規模な軍勢を相手に使う魔法なの。別名『セメルスフィアの矢』と言われていてね、魔法障壁の無い街なら、一つを丸ごと壊滅させることができる悪魔の魔法よ。この国で『セメルスフィアの矢』を使えるのは、数人しかいない」
「…………え?」
「ソフィアちゃんの魔法はその小型版だけど、それでもこの魔法をそんなに澄ました顔で放てるなんて、ソフィアちゃんには女王になる資格があると思う。王国と国民を守ることができる。だから、ベアトリスに何を言われても安心してね」
私はその説明を聞いても、青い顔からさらに血の気が引くだけで、全然安心できなかった──。




