第30話 失われた自信
ここから先は、完結に向けて、少々シリアス展開になっていきます。
「お母様……。私、自信が無くなりました。今日、お母様が戦う姿を見て、貴族令嬢の頂点に立つ者の凄さを知りました。私は本当に浅はかでした……」
私は控室のベッドで横になりながら、この異世界に来て初めて、精神的な支えを求めて誰かにギュッと抱き付いた。
「……今日のお茶会を無事に乗り越えられたとしても、私はこの先、王女としてうまくやっていけるでしょうか?」
私はそう言って、自分の顔を隠すように、額をエリザベートの胸に押し当てる。
「あら? どうしたの? ソフィアちゃんは、あの二人よりも強いでしょ?」
どうやら以前のソフィアは、かなり戦闘力が高かったようだ。アリエッタやフレイアが話している内容から考えて、ソフィアがかなりの戦闘好きだったことは理解していたが、魔法を使えない彼女が、フレイアやベアトリスを超える力を持っていたのは意外だった。
しかし、今の私には、そんな戦闘スキルがあるとは思えない。
「……今の私は全然強くありません。お母様の神剣で攻撃を受けたら、きっと避けることもできずに、身体を切り刻まれて死んでしまいます」
エリザベートは、弱音を吐く私の頭を優しく撫でる。
「もしかして、ソフィアちゃんは戦い方も忘れてしまったの?」
私はエリザベートの胸に額を当てたまま、目に涙を溜めてコクリと頷く。
「そっか……。じゃあ、ソフィアちゃんは、もう誰も傷つけられないんだね」
エリザベートは私の頭を撫でるのをやめると、身体をギュッと抱き締めた。
「……良かった」
その言葉に私は驚いて、エリザベートから身体を少し離しつつ、見上げるようにその顔を見た。
「お母様、いいんですか? 私、暴走する貴族令嬢達を押さえることができません。ベアトリスさんと戦ったら、すぐに殺されてしまいます。……こんな人間が、この国の女王を目指しても大丈夫なのでしょうか?」
私の弱々しい声での問い掛けに、エリザベートは笑みを浮かべる。
「ふふっ、そうね。ソフィアちゃんは女王になれないかもね」
「えっ?」
目を丸くして驚く私に、エリザベートは優しく声を掛けた。
「私ね、以前のソフィアちゃんを娘としては愛していたけれど、全然好きじゃなかったの。以前のソフィアちゃんは、平気で他の貴族令嬢達を傷付けてた。もちろん私のことも。……精神も肉体も傷つけるソフィアちゃんは、誰からも忌み嫌われる存在だった」
私は思わずエリザベートから目を逸らす。
「だけど、ソフィアちゃんはもう誰も傷つけられない。心もずっと綺麗になったように感じる。だからね……」
エリザベートは私の頬に手を当てる。私は上目遣いで、エリザベートに視線を向けた。
「強くなくたっていい。私は、今のソフィアちゃんが好き」
「お母様……。でも……」
「もし暴走する貴族令嬢達を止められなかったら、王位継承権なんか捨てて、私と一緒に実家に帰ろ? ソフィアちゃんは誰とも婚姻を結べなくなるけど、私が絶対にソフィアちゃんを幸せにする。私がソフィアちゃんを守って見せる」
異世界に来てから、エリザベートと深く交流していたわけでもないのに、私の目からは止めどなく涙が溢れた。
──お母様は変わった人だけど、とっても優しい人。この人の娘に転生できて良かった……。
私は目を伏せるようにして、エリザベートから視線を外す。そして、その身体をギュッと抱き締めた。
「ありがとうございます……。それから、ごめんなさい……」
エリザベートは私の頭を何度も撫でる。私はしばらくの間、エリザベートの胸の中で泣いていたが、気持ちを落ち着かせると、見上げるようにしてエリザベートを見た。
「……私、今日のお茶会では、ちょっと変わったことをするんです。もしかすると、戦闘が好きな貴族令嬢の皆さんには退屈な内容かもしれません。でも、楽しみにしていてください」
私の言葉に、エリザベートは少し不安そうな表情を浮かべた。私は慌てて、エリザベートを安心させるように言う。
「あっ、お母様。安心してください。先程も言いましたが、決して下品でも無礼でもありません。古代ニホンの文化の紹介です。お母様には喜んでもらえるといいな、と思っています」
私がニコッと笑うと、エリザベートも愛らしい満面の笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「お集りの皆さん。今日は私のお茶会に参加してくださり、ありがとうございます。薄々感じているかもしれませんが、ここで私から重要な発表をいたします」
エリザベートの言葉に、会場にいた全ての貴族令嬢が、視線を壇上の彼女に向けた。治癒魔法で回復を済ませたベアトリスとフレイアも、会場で飲み物を片手にエリザベートを見る。
「私は今回のお茶会の招待状に、血の署名を行いました。これはつまり、私の王妃の地位を賭けたということを意味します」
エリザベートはそこまで言うと、カーテンの袖に隠れている私に視線を向けた。
私は、なるべく堂々とした態度に見えるように、かつ、貴族令嬢のような上品さを纏いながら、ゆっくりとエリザベートの傍らに移動した。そして、壇上で正面を向いて会場を見下ろす。
私の姿を微笑んで見ていたエリザベートが、会場に視線を戻して口を開く。
「先日のソフィアの魔法披露の成功を以て、国王陛下はソフィアの王位継承権をお認めになりました。しかし、今までのソフィアの素行もあって、皆さんの間では、私がソフィアを次期女王として認めないという噂があったことは存じております。ですから、今日、皆さんに向けて宣言いたします」
エリザベートは、隣に立つ私の手を取った。そして、下からすくい上げるようにして前方に差し出す。
「私、エリザベート・ミヒャエル・リーヴァイは、ソフィア・アルフォンス・ライゼンハルトを次期女王として推すことを正式に表明いたします」
エリザベートは私に視線を合わせると、優しく微笑む。一方の私は、あまりの緊張で、一切笑うことができなかった。魔法披露の時は平気だったが、今日はなぜか貴族令嬢達からの視線が痛い。
エリザベートは正面に視線を戻すと、前方に掲げていた手を下ろした。
「皆さん。もし異議がある場合は、先程のフレイアやベアトリスと同様、私に決闘を申し込んでください。王妃の地位を賭けて、いつでもお受けいたしましょう。これが血の署名をした理由です。もし私が決闘で負けたら、王妃の地位を下りるだけではなく、ソフィアから王位継承権を剥奪し、廃嫡にすることをお約束します」
事実上のエリザベート・ソフィア派の創設宣言だ。会場の貴族令嬢達は他派閥の動向を知るべく、次期王位に最も近い公爵家のベアトリスとフレイアに視線を向けた。
すると、ベアトリスがエリザベートに向かって口を開く。
「……エリザベート様、ご冗談が過ぎます。先程の私達の戦闘を見た皆が思っておりますよ。『エリザベート様に勝てる者などいない』と」
「そうかしら? 私も無敵というわけではありませんよ?」
「……まぁ、いいです」
ベアトリスは不満そうにしながら、持っていたグラスをテーブルの上に置く。そして、腕を組んで考え込んだ後、何か思い付いたようにエリザベートを見た。
「……ちなみに、ソフィア王女が急逝された場合はどうなるのですか?」
ベアトリスのその言葉に、フレイアが目を丸くしてベアトリスを見た。そして、眉間に皺を寄せてベアトリスを睨んだ後、グラスをテーブルに置いて、手元から神剣を抜く体勢を取る。フレイアの手元から邪悪なオーラがほとばしった。
「フレイア! お待ちなさい!」
エリザベートが片手を差し出してフレイアを止める。フレイアはエリザベートの制止を受けて、寸前のところで神剣を抜くのをやめた。
エリザベートがベアトリスを見て、軽く溜息を吐く。
「……驚きました。あなたは私との決闘に負けたにも関わらず、いまだにそんなことを考えているのですか? 決闘以外での王族への反逆は、公爵家の人間であっても死刑ですよ?」
「反逆? 私は一言も、ソフィア王女に『反逆』するとは申し上げておりません。ソフィア王女が事故に遭わないことを祈り、その身を案じているだけです。ソフィア王女がご存命なら、私は決闘の結果に従って、ソフィア王女を女王に推します」
ベアトリスがそう言って不敵な笑みを浮かべると、エリザベートは無言のまま、ベアトリスを睨んだ。
「……王家直系の最後の王位継承権者が死去した場合は、王室法典に従います。元老院が規定する廃嫡とは異なり、国王が後継者を指名できません。王位継承権をめぐって、レーゲンス・ナヴァル・リーヴァイの三大公爵家の当主に対して全貴族による選挙を行い、次期王位継承者を決めることになるでしょう」
それを聞いて、ベアトリスはニコッと笑う。
「エリザベート様。皆様の前でご回答をいただき、誠にありがとうございます。ソフィア王女に『ご不幸』があった場合、派閥の勢力によっては我が公爵家にも王位の座が巡ってくる可能性があるのですね。お父様に伝えておきます」
そして、ベアトリスは私に視線を向ける。
「決闘の結果を別にして、私はソフィア王女を認めません。今まで散々王家の尊厳を汚しておきながら、今更、次期女王になるですって? ……ソフィア王女。今までの行いを心から反省し、くれぐれも『事故』に遭わないようにお気を付けくださいませ」
私の背筋に悪寒が走る。どう考えても、これは殺害予告だ。お腹の前で重ねている私の手が、小刻みにブルブルと震えた。私は震えを抑えようとして、懸命に手を握る。
私が顔を青くしていると、隣のエリザベートが私の背中をさすってくれた。そして、小声で囁く。
「大丈夫よ。私が必ずソフィアちゃんを守るから安心して。ソフィアちゃんは、お茶会のことだけを考えて。今日ソフィアちゃんが披露する夢を、私も見てみたいから」
私がエリザベートの顔を見ると、エリザベートは私を励ますように満面の笑みを浮かべる。
エリザベートは視線を会場に移すと、大声で貴族令嬢に話し掛けた。
「さぁ、皆さん。暗~い話はこれぐらいにして、引き続き、お茶会を楽しんでください。ベアトリスは決闘にボロ負けしているんですから、あまり場を壊す発言をするんじゃありませんよ」
エリザベートはそう言うと、私の背中を押しながら、出入口のある壇上のカーテンの袖に向かって歩いていく。
そして、カーテンの袖に完全に隠れた瞬間、エリザベートは私をギュッと抱き締めた。何度も何度も「大丈夫」と言って、私を慰める。小さな身体で私を包み込むエリザベートを、私も抱き締めた。
「……お母様。ありがとうございます。私、今日はお母様の名に恥じぬように頑張ります」
私はエリザベートの愛を十分に感じて気を取り直すと、ドレスに着替えるために控室に向かった──。




