第29話 エリザベートの真の力
私は、お茶会会場の正面にある壇上の袖から、カーテンに隠れるようにして部屋の様子を見ていた。
二人の女性が、部屋の中央で剣を持って向かい合うように立っている。向かって右側に見える女性は、背の高さや神剣の邪悪度からフレイアだと分かったが、左側に立つ女性は、魔法披露の場でも見たことがない女性貴族だった。
──あの二十代半ばぐらいの綺麗な人がベアトリスさんかな?
フレイアは神剣を一度真横に大きく振ると、邪悪なオーラを纏うその切っ先を、ベアトリスらしき女性に向けた。
「ベアトリスッ!! 今日という今日は絶対に許しません!! ここで決着を付けます! 次期王妃の地位ではなく、貴女のナヴァル公爵家の嫡女としての地位を賭けなさい!! 明日から、ただの平民女性にして差し上げます!!」
ベアトリスは軽く溜息を吐くと、赤色の瘴気を放つ神剣を構えたまま、蔑むようにフレイアを見た。
「あら、フレイア。年上の私に向かって、随分な言い方ね? レーゲンス公爵家では、女性貴族にマナーも教えないのかしら?」
フレイアは眉根を寄せて、フレイアを睨む。
「いきなり斬りかかってきた貴女がそれを言うのですか? 無礼な貴女にマナーは不要です」
「……そういえば、フレイアは、リーゼンブルグの王子から婚約破棄を突き付けられた出来損ないの令嬢でしたわね? 見た目だけは麗しくて大人しそうですけれど、中身は短気で無礼で下品な人間なのでしょう? すっかり忘れていました」
しかし、ベアトリスの挑発にフレイアは顔色一つ変えない。
そもそも王子との婚約破棄は、本人が裏で工作を行ったものだ。王子からの正式な通告と同時に、レーゲンス家の中で緘口令が敷かれたため、ベアトリスはフレイアが婚約破棄された真の理由を知らないようだ。
フレイアは、ベアトリスに向けた神剣の切っ先を軽く振った。
「それで? 私がそんな言葉で動揺するとでも思いましたか?」
「……ふ~ん。婚約破棄は、フレイアにとってどうでも良いことだったのかしら?」
ベアトリスはそう言いながら、フレイアに関係している何人かの名前を口にする。フレイアの両親、兄弟姉妹、上級貴族の令息達、魔法学園で人気がある男子生徒、教師、さらには動物のような可愛い名前……。
「……貴女、一体何を企んでいるのですか?」
フレイアが眉間に皺を寄せて、名前を呟くベアトリスをじっと見つめる。
「……ソフィア王女」
私の名前が出た瞬間、フレイアの神剣を持つ手がピクリと震えた。
ベアトリスは目を大きく見開くと、再度私の名前を口にする。
「ソフィア王女」
ベアトリスはフレイアが剣を震わせながら息を呑むのを見て、口元に手を当てて、驚くような声を上げた。
「えっ? ウソでしょ? まさかのソフィア王女なの?」
フレイアは無言のまま動かない。ベアトリスはフレイアの様子を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ふふっ、これは凄く面白くなりそうね。……フレイア。私はナヴァル公爵家の嫡女としての地位を賭けてもいいわよ。だけど、貴女はソフィア王女を賭けなさい」
フレイアは目を丸くして驚くと、明らかに動揺したのが分かった。しかし、すぐにそれを隠すように表情を元に戻して、眉間に皺を寄せてベアトリスをキッと睨む。
「何を言っているのですか!? そんなこと、できるわけがないでしょう!! ソフィア様は格上のお方ですよ!? ご本人の承諾もありません!! 貴女、そんな無礼なことを大勢の前で言って、不敬罪で処刑されたいのですか?」
しかし、フレイアの言葉を聞いても、ベアトリスはまったく怯まなかった。
「おかしなことを言っているのは貴女でしょ? ソフィア王女は今日で廃嫡なのよ? そのために、王妃様はお茶会を開催するというのに」
「そのようなことは決まっていません!! ソフィア様は、いまだライゼンハルト王国の第一王女であらせられます!!」
多くの貴族令嬢が集まるお茶会会場で、二人は睨み合いを続ける。
すると、しばらくして、ベアトリスが人差し指をピッと上げた。
「あっ、いいことを思い付きましたわ。私があなたに決闘で勝ったら、フレイアがソフィア王女に近付くことを禁止します。貴女は負けても貴族籍を剥奪されませんし、私に比べて、圧倒的に良い条件でしょ?」
ベアトリスの言葉に、フレイアは再び目を大きく見開いた。
「……何を言っているのですか? そんな条件で決闘をするなんて、貴女に一体何の利益が……。そもそもソフィア様を巻き込むのはおかしいですし……」
神剣を構えたまま、目を泳がせながら落ち着きなく話すフレイアに、ベアトリスは言葉を被せる。
「フレイア。貴女、いい加減に白状したらどうなの?」
「……何をですか?」
「貴女は、ソフィア王女が大好きなんでしょ? 他の誰よりも」
ベアトリスの指摘に、フレイアは周りの女性貴族の視線を気にしながら、ギュッと唇を噛む。
「へぇ~、当たりなの? あんなバカ王女の一体どこがいいわけ? クズはバカを好きになるのかしらね?」
ベアトリスが私を貶した瞬間、フレイアが床を蹴ってベアトリスに襲い掛かった。
ベアトリスは自身の神剣で、フレイアの禍々しい剣を受け止める。神剣が交わった瞬間、その衝撃波が部屋中に広がった。
「ベアトリスッ!! 公爵令嬢の分際で、ソフィア様の悪口を言うなっ!!」
初めてフレイアの粗暴な言葉遣いを聞いた。その顔は真っ赤で、怒りに燃えている。
「ふふっ。こうして斬りかかってきたということは、決闘の条件を呑んだのよね? ……貴女のその短気さ、将来、仇になるわよ?」
「うるさいっ!! 私が勝てば、何の問題もないっ!!」
フレイアが感情を暴走させて、神剣を何度も振り下ろす。それに合わせて、ベアトリスがその攻撃を受けて弾いた。それを見た周りの貴族令嬢が大きな歓声を上げる。
──会場の雰囲気がお茶会じゃなくて、貴族令嬢の天下一武闘会なんですけど……。
私がビクビクしながらカーテンに隠れるようにして二人の様子を見ていると、私の隣にいたエリザベートが「はぁ、仕方がないわね」と溜息を吐きながら、壇上から階段を下りていく。そして、二人に近付いていった。
「お二人とも、いい加減にしなさい! 私のお茶会を汚した罪、その理由の如何によっては許しませんよ」
エリザベートが手の平から神剣を抜くと、神剣が顕現した時の衝撃波が部屋中に広がった。
その衝撃波で、お茶会会場にいた貴族令嬢達が尻もちをついて倒れる。十分に距離のある私ですら、衝撃波を受けて、後方に尻もちをついた。
……すごい。お母様の神剣、フレイアさんの神剣の何倍も邪悪……。もしかして、この国の王妃は、邪悪な神剣使いじゃないとなれないのかな?
フレイアとベアトリスは、エリザベートの登場に目を丸くして互いに距離を取ると、すぐに神剣を収めた。そして、エリザベートに深々と頭を下げる。
「……御前にも関わらず、申し訳ございませんでした。フレイアが突然、私に斬りかかってきまして……」
ベアトリスのあからさまな虚偽の釈明に対し、フレイアがお辞儀の姿勢を保ったまま慌てて割込む。
「はぁっ!? 何を言っているのですか!! 喧嘩を売ってきたのは、ベアトリスでしょう!!」
二人は頭を下げたまま睨み合う。
「二人とも!! いい加減にしなさいっ!!」
エリザベートが、その見た目には似合わない気迫で二人を叱ると、二人は睨み合うのをやめて、正面を向いて頭を下げ直した。
エリザベートは神剣を手に持ったまま、二人に声を掛ける。
「……二人とも、決闘をしましょう」
その言葉に、二人は下げていた頭をバッと上げて、驚いた表情を浮かべた。
エリザベートは初めにベアトリスに視線を向けた。
「ベアトリス、今さら取り繕っても無駄です。貴女は次期王妃になりたいのでしょう? だったら、私が王妃の座を退くのを待つ必要はありません。私に決闘で勝って見せなさい。今日はもともと、私の地位を賭けた血の署名付きのお茶会なのですから、遠慮は要りません」
次にフレイアに視線を向ける。
「フレイア。貴女も同じです。ソフィアが欲しいのなら、私に勝ちなさい。貴女が勝てば、私は貴女を次期女王に推しましょう。そして、ソフィアを、貴女の望むがままにしても文句を言いません。生涯のパートナーにしたければ、それも良いでしょう。私が陛下を説得してみせます」
ベアトリスとフレイアは互いに目を見合わせると、再びエリザベートを見る。そして、手の平から、ゆっくりと神剣を引き抜いた。
「……エリザベート様。女性貴族に二言は無しですよ? 私、本気ですから」
意外なことに、最初に口を開いたのはフレイアだった。そして、目をスーッと細める。殺気が凄い。
「もちろん、二言はありませんよ。……まぁ、お二人が私に勝てるとは思えませんけれども。時間がもったいないので、二人同時に襲い掛かってきてもいいですよ?」
エリザベートが二人を挑発する。
──この世界なんなの!? コレ、どう考えても少年漫画の展開だよね!?
私がいまだ壇上のカーテンの袖から覗くようにして様子を見ていると、二人が同時にエリザベートに襲い掛かった。
「「はあぁぁぁ!!」」
大きな叫び声と共に二人の剣が振り下ろされる。
しかし、エリザベートは、涼しい顔をして二人の神剣を同時に弾いた。二人はその反動で、後方に吹き飛ぶ。ベアトリスは部屋の壁面に勢いよく衝突し、フレイアは床の上を物凄い勢いで滑っていった。
フレイアは床に手をつくと、神剣を杖にしながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ソフィア様を、私のモノにするっ!! 誰にも渡さないっ!!」
フレイアは再び、エリザベートに迫って何度も剣を振り下ろす。
「あらあら。フレイアって結構怖い子だったのね。意外だけど、その気迫はソフィアを守るために不可欠ですし、ちょっと見直しました」
エリザベートは、相変わらず余裕でフレイアの剣を弾く。そして数度の攻撃を受けた後、フレイアを薙ぎ払うように神剣を振った。その瞬間、フレイアは再び後方に吹き飛ばされた。
「そういえば、私が勝った時の条件を提示していませんでしたね」
エリザベートは、神剣を持っていない方の人差し指を唇に当てながら、可愛く満面の笑みを浮かべる。
「私が勝ったら、ソフィアが女王になっても文句を言わないでください。お二人のご家族の説得もお願いしますね」
その言葉にフレイアが安堵する一方、ベアトリスは顔を青くした。
「そっ……そんなこと、私はイヤですっ!! お父様の説得は絶対に無理です!!」
「じゃあ、私に勝ってください。私だって、王妃の地位を賭けているんですから」
ベアトリスが必死の形相でエリザベートに襲い掛かる。しかし、エリザベートはその場を一歩も動くことなく物凄い速さで神剣を振って、ベアトリスの全ての攻撃を防いだ。
しばらくベアトリスやフレイアと剣を交えた後、エリザベートは口を開く。
「そろそろ、お茶会の準備を再開しないと、開始時刻に間に合いませんね。お遊びは終わりにしましょう」
エリザベートは右手に持った神剣を、大きく後ろに振りかぶる。
「会場の皆さ~ん! 伏せて~! ベアトリスとフレイアは、神剣をちゃんと構えていないと、たぶん死にますよ~!」
次の瞬間、エリザベートは神剣を大きく一振りした。すると、エリザベートの神剣から、鎌の形をした無数の光の刃が飛んでいく。
「なにこれっ!! こんな化け物に、私達が勝てるわけないっ!!」
ベアトリスは神剣を使って必死に光の鎌を防ぐものの、その攻撃の圧力で、再び背後の壁に叩きつけられた。フレイアも同様に壁に叩きつけられる。そして、二人はそのまま気を失った。
──お母様、凄すぎ……。国王陛下がこの強さを知っているかは分からないけど、伊達に王妃をやってるわけじゃないんだね……。
私はこの異世界のとんでもない常識に、カーテンの袖で、床にペタンと座り込んだ。
「……さて、お二人が動かなくなりましたので、決闘は終わりですね。侍女の皆さ~ん、お茶会の準備を再開してくださ~い」
侍女達が、部屋の扉から続々と部屋の中に入ってくる。ベアトリスとフレイアが担架で運ばれていく一方、再びお茶会用のテーブルが運び込まれ、部屋が綺麗に整えられていった──。




