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第2話 「良い子のみんなで学ぼう!楽しい魔法(1)」

 私は国王への謁見を終えて広間を出ると、王女の部屋へ戻るアリエッタの後について、トボトボと歩く。


 正直な話、私に対する皆の反応は、かなりショックだった。前世で鈍感力が高かった私でも、自分が誰からも好かれていないことを知って、心がひどく傷ついた。


 ──私って、何も望まれていない王女様なんだ……。


 それを象徴するかのように私を置いて先を歩くアリエッタに、私は元気のない声で話し掛けた。


「……私って、皆さんから凄く嫌われているんですね……」


「…………」


「アリエッタさん。今まで色々と申し訳ありませんでした。……私がアリエッタさんに何をしたのか全く記憶が無いのですけれども、私には、こうして嫌われてしまうだけの沢山の原因があったのだと思います」


 アリエッタからの返事はない。ちゃんと聞いてもらえているのかすら分からなかったが、私はそれでも話を続けた。


「どうか許してください……とは言いません。せめて、アリエッタさんは、早く私の侍女をお辞めになってください。もっと環境の良い職場に移ってください。……私と一緒にいると損をします」


 私は歩くのをやめて、その場に立ち止まる。すると、前を歩くアリエッタが、私が後方にいないことに気付いて、慌てて振返(ふりかえ)った。私はそんなアリエッタに視線を向ける。


「……ただ、お辞めになる前に、一つだけ教えてください。この王宮には、書籍が揃っていて勉強ができる図書室のような場所はありますでしょうか? 私、そこに行って魔法の勉強をしたいんです。私をそこに案内して頂いたら、すぐに侍女を辞める手続きに向かって頂いて構いませんので……」


 私は国王との約束を果たさなくてはならない。こんな変な異世界だけれども、私が夢にまで見た王女の地位を、そう易々(やすやす)と手放す気はない。


 そのため、私はアリエッタから好意を受けることを(あきら)め、自分一人だけで魔法の勉強を始めることを決意した。


 私は下唇をギュッと噛んで、侍女であるアリエッタに頭を下げる。


「……どうか、お願いします。教えてください」


「ソフィア様……」


 アリエッタが目を大きく見開いて、驚きの表情を浮かべる。


「……本当に記憶が無いのですか? それとも、これも私を(だま)すための演技なのですか?」


 私は視線を下げて(うつむ)きながら、軽く首を振る。


「信じてもらえないかもしれませんが……、いえ、信じてもらわなくても構わないのですが、私は本当に何も分からないんです……。私にとって、全てが初めてのことなんです」


 私が元気なくそう答えると、アリエッタはしばらく考え込んだ。そして、大きく溜息を()く。


「……ほんの少しだけですが、ソフィア様を信じることにします。今のソフィア様は、昨日までのソフィア様とは違う感じがします。言葉も丁寧ですし……」


 私はアリエッタの言葉を聞いて、ハッと驚くように顔を上げた。


「アリエッタさん! ありがとうございます! その言葉だけで、私は救われます!」


 私が両手を祈るように組みながら、涙目の笑みでアリエッタにお礼を伝えると、アリエッタはなぜか顔を真っ赤にした。「こっ……こんな可愛いソフィア様、初めて見た……」という小声が聞こえる。


 しかし、アリエッタはすぐに首をブンブンと振って、正気を取り戻すような仕草をした。そして、先程の言葉に付け加える。


「でっ……でも、本当に、本当にちょっぴりだけですよ? 大部分はまだ、ソフィア様を信じていませんからね!」


 私は口元に手を当てて、「ふふっ、もちろんいいですよ」と軽く笑いながら(うなず)いた。すると、アリエッタは背を向けて顔を隠してしまう。こちらからは、何かに(もだ)えているように見えた。


 しばらくして、アリエッタは頬を赤くしたまま振り向き、横目で私を見る。


「……では、私についてきてください」


 アリエッタはそう言うと、今までとは逆方向に歩き始めた。私は慌てて、その後ろについていく。


 来た時とは別の通路を通り、階段を上って二階の廊下をしばらく進んでいくと、ホールのような場所に到着した。そのホールの中央には噴水があり、噴水の上には女神のような彫像が鎮座していて、前世の高級ホテルのような華やかさがあった。


 ──やっぱり、この世界は建築関係が凄い。ここって二階だと思うけど、どうやって水道を引いてるんだろう? 魔法を使ってるのかな?


 アリエッタはそのホールを通り過ぎて、片側に多数の同じ形の扉が等間隔に立ち並ぶ、真っすぐな廊下を進んでいった。その廊下は今までの廊下よりも天井が高く、床にもフカフカな絨毯(じゅうたん)が敷かれている。とても壮観な光景だ。


 程無くして、一つだけ華麗な装飾が施された扉が見えてきた。その印象を前世の建物で例えると、キリスト教会の正面にある立派な扉だ。縦長の扉で、上部が円いデザインになっている。


 アリエッタは、その扉の前で立ち止まった。


「ソフィア様。ここが王族専用の図書室です。ここでしたら、集中して魔法の勉強をすることができると思います」


 アリエッタはスカートのポケットから鍵を取り出すと、その扉の鍵穴に差し込む。そして、鍵を回して扉を解錠した。


 その瞬間、廊下に面している図書室の壁面がパァっと幻想的な光を放った。まるで、何かの防衛システムが解除されたような印象だ。


 ──うわぁ、凄い! アンティークな鍵で解錠してるけど、図書室全体に侵入者を防ぐための強力な結界が張られていたのかな?


 アリエッタが取っ手を持って、図書室の扉を開ける。すると、そこには、前世の大都市の図書館に匹敵する程の無数の本が収められていた。


 ──ひゃぁ~、図書室の中も凄い! これが王族専用なの!? 王族って、両親と私、あとは親族だけだよね!?


 そもそも部屋の広さが尋常ではない。先ほど廊下で見た等間隔の扉は、全てこの図書室につながるものだ。おそらく、何かのイベントでは全ての扉が開放されるのだろうが、一体いくつの扉があるのだろう。


 私が図書室の入口を入って中を進んでいくと、中央の台座の上に、鎖付きの立派な本が置いてあった。その表紙は、宝石のようなもので綺麗に装飾が施されている。前世なら、これだけで数億円の価値があるだろう。


 私は感動しながら、その本の重い表紙を両手でめくった。


 …………。


 …………。


 …………。


 …………ぇ? 全く読めないんだけど。


 私が「あ゛ーっ! 終わった! 何も読めないっ! せっかく王女様になったのに、一週間後、私は辺境へ追放されちゃうんだ!」と一人で叫んでいると、アリエッタが私に近付いてきた。


「……ソフィア様。何やってるんですか……。これ、古代ニホン語ですよ。ソフィア様が読めるわけないじゃないですか」


 アリエッタのその言葉に、私は目を点にした。


「え? このグニャグニャの文字が日本語なんですか? 『古代』って?」


「ここにある文字は、『ヒラガーナ文字』『カタカーナ文字』『カーン文字』ですよ。専門に研究している学者しか読めません。この本は、それら三種類の文字で複雑に書かれているそうで、王国建国時に神から授けられた貴重な本の一つとされています。最重要書物は、代々の国王しか入れない禁書庫に保管されていますが、この本は王権を示すための飾りです」


 私は再び本の文字を見ながら、(あご)に手を当てる。


 ──うーん、これが日本語? ひらがな? カタカナ? それから漢字? 全然読めない……。


 私が「うーん、うーん」と(うな)っていると、アリエッタが「時間の無駄です」と言いながら、近くの本棚から本を取り出して私に見せる。


「これが一般的な書物ですよ」


 私はその本を手に持って表紙を開いた。数ページめくると、私に読める文字が書かれたページが現れた。


「おおっ、読める! 読めるぞっ!」


 私は、昔観た名作アニメに出てきたセリフを叫びながら、そのアニメのキャラクターがしていたように、指で文字をなぞる。


 目の前にある記号のような文字は明らかに見たことがないものだが、前世の日本語のように普通に理解できた。とても不思議な感覚だ。


 ──なになに、『神は始めに天と地とを創造された。そして、”魔法あれ”と言われた』とな。……なんだか、前世の旧約聖書に似てるね。


 私が「ふむふむ」と頷きながらその本を読んでいると、どこかに行っていたアリエッタが一冊の本を持って戻って来た。


「ソフィア様。そんな難しい本を読んだフリしなくて良いですよ。ソフィア様は、この教科書で勉強してください」


 アリエッタは、近くにあるテーブルにその本を置いた。私は手に持っていた旧約聖書のような本を本棚に戻すと、テーブルに近寄って、アリエッタが持ってきた本を確認した。


「えーっと……、『良い子のみんなで学ぼう!楽しい魔法(1)』?」


「はい。ソフィア様は、この教科書の内容をまだ学び終えられていません。まずは、ここから始めるのが良いと思います」


「……あの~」


「はい? 何でしょう」


「これって、何歳向けの教科書ですか?」


「6歳から7歳児向けです」


 ……ん? 私って何歳だっけ?


「たびたび申し訳ありませんが、私は何歳でしょうか?」


「…………」


 私の質問に、アリエッタは怪訝(けげん)な表情を浮かべる。しかし、今は、私の「記憶喪失」という言葉を信じてくれているため、多少面倒くさがりつつも私の年齢を教えてくれた。


「ソフィア様は、先月17歳の誕生日を迎えられました。現在、魔法学園高等部の2年生であらせられます。……とはいっても、ソフィア様は、生徒が一人しかいない『特別学級』の所属ですけどね。普通のクラスにソフィア様が通うと、他の学生に迷惑なので」


 ……え? 本気(マジ)で? ……っていうか、このセリフ、今日何度目?


 私の目の前にある教科書は、前世で言うと、明らかに小学校一年生向けだ。


「……なるほど、そうですか。国王陛下のおっしゃった『十年』の意味が分かりました。私には低学年の知識すら無いのですね。……まあ、私は魔法を全く知らないので、ちょうど良いです」


 私は勉強を始めるために、テーブルに備え付けられた椅子を引いた。すると、アリエッタが慌てて、私から椅子を取り上げるようにする。


「ソフィア様! 王族がご自分で椅子を引いてはなりません! 私に言い付けてください!」


「あ、ごめんなさい……。不慣れなもので……」


 私が恐縮しながらアリエッタに謝ると、アリエッタは何度目か分からない驚きの表情を浮かべる。


「ソフィア様。本当に変わられましたね……。言葉遣いや振舞いが、まるで本物の王女殿下みたいじゃないですか。……私、ちょっと信じられないです」


 私はその言葉に苦笑いしながら、アリエッタが椅子を引く動作に合わせて、その椅子に腰かけた。


「アリエッタさん、お疲れ様でした。侍女を辞める手続きに向かって頂いて良いですよ。私、この教科書を使って、しばらくここで勉強していますので。帰りは王城を探検しながら、適当に部屋に戻ります」


「……そういう訳にはまいりません。そんなことをしたら、侍女を辞める前に解雇されてしまいます。私は図書室の出入口付近で待機しておりますので、御用がある際はお呼び付けください」


 アリエッタはそう言うと、スタスタと図書室の入口に向かって歩いて行った。


 ──アリエッタさんって、普段は凄く冷たい態度だけど、仕事を真面目にする人なんだなぁ。


 私は軽く微笑みながら、アリエッタの後ろ姿を見送る。そして、テーブルの上の、小学校……いや、魔法学園一年生向けの教科書を開いた。


 ──異世界転生してから驚くことばっかりだったけど、魔法の勉強はとっても興味がある。面白そうだし、嫌なことも忘れられそうだし……。一生懸命頑張るぞ~! まずは魔法の概要の勉強から!


 私は、前世の漫画のような可愛い絵がたくさん(えが)かれた「第一章 『まほう』ってな~に?」から読み始めた。

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