第28話 お茶会前のトラブル
「ソフィアちゃん、大丈夫?」
ドレスの裁縫で徹夜続きだった私は、横になった状態で眠い目をこすりながら、エリザベートの問い掛けにコクコクと頷いた。
今回のお茶会は、謁見の間に次ぐ王宮の最も大きな部屋を利用して行われるらしく、王宮付の侍女総出でお茶会の準備をしていた。主催者である私達王族は、全ての貴族令嬢が会場に揃った頃に、裏手から挨拶に出ることになっている。
そのため、私はエリザベートと共に、侍女達から呼ばれるのを控室で待っていた。
なお、フレイアは招待される側の公爵令嬢であるため、最初は普通にお茶会に参加する予定だ。お茶会終盤に控室に来てドレスを着た後、私と一緒に登壇するとのことだった。
それにしても……。
「……あの~、お母様? どうしてお母様と私は、下着姿でベッドの上に横になっているのでしょうか?」
控室に急遽運び込まれたベッドの上で、エリザベートは私を背後から抱き締めている。そして、私の頭をゆっくりと撫でていた。
「え? だって今は、待ち時間じゃない? お茶会のために、お互いの気持ちを高めないとね」
「……すみません。何の気持ちを高めるのか、サッパリ意味が分かりません……」
前回、エリザベートに会ってから感じていたことだが、この人もなかなかの変わり者だ。以前のソフィアはとても分かりやすい変人だったが、エリザベートもそれに匹敵する。私の不品行で、何年も精神を病んでいたことが影響しているのかもしれない。
「今回のお茶会は、私とソフィアちゃんの共同作業よ。以前にも言った通り、ソフィアちゃんがお茶会に失敗したら、私は王妃の地位から退く。アルフォンスにはかなり渋られたけれども、ソフィアちゃんが女王を目指しているという話をしたら、最終的には彼も承諾してくれた。だから、こうして祈りを込めながら、ソフィアちゃんに私の愛を注いでいるの」
母親の愛情が理解できないわけではないが、エリザベートの行為がこの異世界で普通なのかは不明だ。とはいえ、徹夜続きで疲労した身体には、エリザベートの愛撫がとても気持ちいい。
「……お母様。今日は楽しみにしていてください。私はついに、自分の夢を叶えるんです」
私の言葉に、エリザベートは私の身体をギュッと抱き締めた。
「……ソフィアちゃん。それは信じてもいいこと? 変なことじゃない?」
私は頷きながら、背後から私を抱き締めるエリザベートの手の上に、自分の手を重ねた。
「……正直なところ、私の企画したイベントが成功するかどうかは分かりません。ですが、もし失敗しても、私は悔いはありません。お母様には申し訳ありませんが、私は潔く王位継承権を返上し、公爵家に移りたいと思います」
私はエリザベートの手を解くと、エリザベートと向き合うように身体を反対に向ける。すると、そこには、目を涙で潤ませたエリザベートの綺麗な笑みがあった。
私がその美しさに頬を赤くしていると、エリザベートがスッと顔を近付けて、私の頬に自分の頬を軽く当てた。そして、すぐに顔を離すと、キスしてしまいそうな距離で私を見つめる。
「おっ……お母様!?」
「以前とは違って、ソフィアちゃんは凄く凛々しい顔をしてるね。これなら、もしソフィアちゃんが失敗しても、私は堂々と実家に帰れそうな気がする」
エリザベートが私をギュッと抱き締めるのに合わせて、私もエリザベートの背中に手を回す。その様子を傍から見れば、まるで恋人同士のようだ。
ドンッッッ!!!!
「エリザベート様っ!! 大変ですっ!! フレイア様とベアトリス様がっ!!」
アリエッタの叫び声と共に、控室の扉が一気に開いた……。
…………。
…………。。
…………。。。
「もっ……申し訳ありませんっ!! お楽しみ中、失礼しましたっ!!」
アリエッタは顔を真っ赤にしたまま、扉をバシっと閉める。
「いやっ!! 待って、アリエッタさんっ!! 大きな誤解っ!! お楽しみじゃないから、用件を聞かせてください!!」
私がそう叫ぶと、扉が再びゆっくりと開いて、アリエッタが顔を覗かせた。
私はエリザベートから離れてベッドの上に座ると、真っ赤な顔をしたまま、事が済んだ後のように懸命に手櫛で髪を整えた。エリザベートは寂しそうに、指をくわえて私を見ている……。
「……やっぱり、お楽しみだったのでは……」
「ちがうっ!! 絶対に違うっ!! 親子なのに、それはありませんっ!!」
私が釈明する傍らで、いつの間にか上着を羽織ったエリザベートが、キリリとした表情を見せた。
「アリエッタ! 王妃と王女がベッドで気持ち良く交わっている最中に扉を開けるなんて、一体何事ですか!」
「お母様っ!! 表現っ!! しかも真面目な声で言わないでくださいっ!!」
涙目で訴える私を余所に、アリエッタは思い出したようにエリザベートに事情を説明した。
「ベアトリス様がお茶会の部屋に入るなり、他のご令嬢と談笑していたフレイア様に斬りかかったんです。フレイア様は即座に神剣で攻撃をかわしましたが、ベアトリス様は次期王妃の座を賭けて、フレイア様に『決闘』を申し込みました」
その説明に、私が「は?次期王妃?」と言いながら呆然としていると、エリザベートがその意味を噛み砕いて、私に分かるように言い換えてくれた。
「……つまり、私が王妃を退く前提での、フレイアとベアトリスの次期王妃争いということかしら?」
すると、アリエッタは首を横に振る。
「えっと、違います。二人はその話題で争ってはいません。……フレイア様は『私は王妃の地位と陛下に興味はありませんから、お好きにどうぞ』とおっしゃいました」
「…………」
「本来であれば、それで話は終わるはずだったんですが、ベアトリス様が『私が王妃に就いた後、ソフィア元王女をアレンと強制的に結婚させて、邪魔なレーゲンス家ごと辺境に追放してやる』と余計なことを言ったんです。その瞬間、フレイア様がベアトリス様に斬りかかって……」
アリエッタは私達に、フレイアが斬りかかった様子をジェスチャーで示す。
「確かに、自分の兄を追放されるだけではなく、レーゲンス公爵家ごと辺境に追放するなどど言われたら、フレイアさんは怒りますね」
私がアリエッタの言葉に相槌を打つと、アリエッタは再び首を横に振った。
「……いえ、それも違います。『バカで役立たずなお兄様と一緒に、ソフィア様を追放するなんて許さない!!』と、フレイア様はおっしゃいました」
「…………」
「『辺境に追放するなら、お兄様だけにしなさい!! ソフィア様は私が喜んで引き取ります!!』と、例の調子でキレ気味におっしゃいまして……」
「あの、ちょっと待ってください。話の内容が、私の廃嫡が前提のようなのですが……」
私は思わずアリエッタの説明に割り込んだ。すると、アリエッタは困った表情を浮かべた。
「えっと……、その場のほぼ全てのご令嬢が、ソフィア様は本日で廃嫡になると思っているようです」
それまでのアリエッタの話を聞いて、エリザベートは大きな溜息を吐いた。
「……アリエッタ。今も二人は戦っているのですか?」
「はい、おそらく交戦中です。お二人は有力公爵家のご令嬢です。王妃様のお力でしか、お二人を止められないと思い、こうしてお楽しみ最中の現場に突入した次第です」
そう言いながら、アリエッタは深く一礼する。……お楽しみ最中の現場ではない。
「はぁ、仕方ありませんね。私が止めに行きましょう。その際、おそらくお茶会会場は無茶苦茶になってしまいますから、既に準備済のお菓子やテーブル等を引き上げるように、全ての侍女に指示してください」
「承知いたしましたっ!!」
アリエッタはエリザベートの指示を聞いて、踵を返すと、駆け足で部屋を出て行った──。




