第27話 憧れのドレス
「招待状の確認が遅くなって申し訳ございません。招待状によれば、5日後に、エリザベート様主催のお茶会が開かれることになっています」
フレイアが澄ました顔で招待状を確認する横で、マリーが両手を膝頭に当てて屈んだまま、「ぜー、はー、ぜー、はー」と大きく息をしている。
「……あの~、マリーさん。大丈夫ですか?」
マリーは額の汗を拭いながら、私に向かって笑顔でサムズアップした。どういう意味かは分からないが、清々しい笑顔だ。
マリーはフレイアの専属侍女として、屋敷まで「走って」招待状を取りに行かされた。そんなマリーに、アリエッタは憐みの視線を送る。しかし、本人はあまり苦痛を感じていないようだ。もしかすると、マリーは凄い専属侍女になるかもしれない。
私はフレイアに視線を移して問い掛けた。
「フレイアさん。その招待状を見せて頂いてもよろしいでしょうか? 実は私、お母様から招待状を見せてもらっていなくて」
私が苦笑しながらお願いすると、フレイアは少し驚いたように「そうだったのですね」と言って、私に招待状を手渡してくれた。
私が見開きの招待状を確認すると、そこにはエリザベートの綺麗な筆跡で、お茶会の開催日時が書いてある。そして、招待状の下部に、赤字でエリザベートの名前が署名してあった。
「……うーん。お茶会の招待状には開催日時だけが記載されていて、特別なことが書いてあるわけではないんですね。こんな内容で、本当に貴族令嬢達が命を懸けて出席してくるのでしょうか?」
私が招待状を見ながら首を傾げていると、フレイアが招待状にあるエリザベートの署名に手をかざした。そして、「ビリーヴァ」と呪文を唱える。すると、赤い文字で書かれた署名が淡く光った。
「やっぱり……。この招待状の署名は普通のインクではなく、エリザベート様の血で書かれたものです」
「えっ!?」
私が驚いた表情でフレイアを見ると、フレイアは説明を続けた。
「普通、お茶会の招待状に血の署名は行いません。私も血の署名を見たのは初めてですが、ずっと昔、父上や母上から、王族が血の署名を行う時はその地位を賭ける時だと聞きました」
私は再び招待状の署名に視線を落とした。
「……つまり、お母様は、『王妃としての地位を賭けた』ということでしょうか?」
フレイアは神妙な面持ちでコクリと頷いた。
「ただ、この招待状には、どういう条件でエリザベート様が王妃から退くかの記載がありません。常識的には王妃の地位を賭けたと考えるのが妥当ですが、今回に限っては、『緊急招集』という意味合いが強いのかもしれません」
招待する対象の貴族令嬢が何人いるのかは知らないが、全ての貴族令嬢宛の招待状に血で署名したとなると、それなりの量の血液が必要になっただろう。エリザベートには、それだけの覚悟があるということだ。
私が息を呑んで招待状をじっと見つめていると、アリエッタが声を掛けてきた。
「……ソフィア様。本当にイベントを『決闘』にしなくても大丈夫ですか? この流れですと、お茶会に失敗すれば、ソフィア様の廃嫡は決定だと思います。『決闘』なら、ソフィア様がうまくこなせる見込みがありますが、『コスプレ』なるものは決闘よりも見栄えがするのでしょうか?」
アリエッタの忠告に私はしばらく俯くと、再度顔を上げてアリエッタを見た。
「大丈夫です。きっと成功します。……それに、もし、このお茶会が私の王女としての最後の仕事になるのなら、私は好きな事をやりたいと思っています」
私がそう言うと、アリエッタは諦めたように軽く笑みを見せた。
「……そうですか。正直なところ、記憶喪失のソフィア様にどうしてやりたい事があるのか不思議なのですが、ソフィア様の今のお気持ちは分かりました。先程も申し上げました通り、私達は全力でサポートいたします」
アリエッタにしては珍しく、礼儀正しく私に対して一礼をした。それに続くように、走り疲れて髪の毛がグチャグチャのマリーも、慌てて姿勢を正して一礼をする。
「お二人とも、ご理解いただき、ありがとうございます」
私はニコッと笑みを浮かべながら、アリエッタとマリーにお礼を伝えた。
「それでは、今日中に、私の方でラフなデザインを仕上げます。フレイアさんとマリーさんには申し訳ありませんが、明日の午後、またここにお集りいただけますか? デザインしたものについて、皆さんのご意見を伺いたいと思います」
私のお願いに、フレイアとマリーは笑顔で快諾してくれた。
◇ ◇ ◇
「……ソフィア様。この服、布が多すぎませんか? これだと自由に動けずに、敵にすぐに殺されてしまいます。あと、この頭の上にあるトゲトゲは何ですか?」
アリエッタが、私のスケッチを見ながら感想と疑問を述べる。フレイアもスケッチを見ながら、アリエッタの指摘に、時々コクコクと頷いた。
私が描いたスケッチは、前世で憧れていたホワホワでモワモワなドレスだ。アニメや漫画に出てくるような、エセ中世ヨーロッパ世界の貴族令嬢向けドレスである。
大きなリボンの付いたスカートは大きく広がっていて、上半身には可愛いとも華美とも言える装飾が施されている。
一着目の色はフレイアのイメージに合わせて、薄紫色と濃い紫色、そして白色を駆使した。他方、二着目の私のドレスは赤色を基調として、私の金髪が映えるようにピンク色と白色を組み合わせている。
なお、フレイアの頭には少しおとなし目のリボンを付ける予定だが、私はティアラを頭上に載せる予定だ。アリエッタが指摘した「トゲトゲ」とはティアラのことだ。ちなみに、ティアラもこの世界には存在しなかったため、自作予定である。
私は文句を言うアリエッタの横に立ち、腕を組んで、じっと自分のデザインを見つめる。
…………。
…………。
……むふふ。
可愛いっ!! とてつもなく可愛いっ!! これこそ、貴族令嬢のドレスっ!! 我ながら、このデザインは良い仕事をした!!
私は感涙しながらスケッチを手に持つと、フレイアとアリエッタの二人に見せるようにした。
「お二人とも! これからは、その野蛮な考え方を捨ててください!」
「……ですが、野蛮と言われましても、戦闘服としてはちょっと……」
「この服は戦闘服でも勝負服でもありません! この服を着て、敵を殺したりもしません! これは、ただ単に『オシャレ』なドレスなのです!」
私が鼻息を荒く説明するのに対し、フレイアが眉尻を下げて困った表情を浮かべた。
「でも、ソフィア様。これだと手に持つ神剣が下半身の服の布に当たって、ズタボロになってしまいます。それに、敵対する貴族令嬢達に奇襲されますと、とても動きにくく……」
私はフレイアの言葉の途中で、スケッチを持つ手を上下に振った。
「ですから! このドレスを着ている時に、神剣を持ったりはしません! ……っていうか、『貴族令嬢達から奇襲を受ける』って話に驚いたんですけど!? 何ですか、それっ!?」
私が目を見開いてアリエッタに視線を向けると、アリエッタが「奇襲」を説明してくれた。
「通常は、お茶会では『奇襲』はありません。ですが、今度のお茶会には、レーゲンス公爵家に対抗する最大勢力、ナヴァル公爵家のベアトリス様が出席されます。……ベアトリス様はソフィア様に次いで、好戦的なお方なんです」
フレイアはアリエッタの説明に頷くと、補足するように口を開く。
「公爵家のお茶会で、私も何度かベアトリスに襲われました。年上のくせに本当に困ったヤツ……いえ、お方なんです。まあ、私の敵ではありませんでしたけれども」
普段は上品なフレイアから、少々粗野な言葉が漏れた。そして、手刀で首をスパッと斬る仕草をする。……いや、待って。まだ相手を殺してないよね?
私は、異世界の信じられない常識にしばらく呆然としていたが、すぐに正気を取り戻した。
「でっ……ですが、私はこのドレスでいきます! 絶対にこれを着たいです! たとえ奇襲を受けたとしても、このドレスじゃなきゃ、死の間際に『我が生涯に一片の悔いなし!』と言えません!」
私が必死に自分の主張を押し通すと、フレイアが苦笑いしながら私を見た。
「ソフィア様、大丈夫です。ご安心ください」
フレイアはそう言いながら、再び神剣に見立てた手刀を構える。
「もし戦闘が始まってしまったら、ソフィア様がデザインされたドレスはボロボロになってしまうかもしれませんが、ベアトリスごときの小物に私は負けません。ソフィア様をお守りし、今度こそ、ヤツの息の根を止めてやります」
先程からフレイアが、ベアトリスのことを「ヤツ」と呼ぶのが気になる……。
いずれにしても、冗談とは思えないフレイアの言葉に、私は「虫も人も、みんなの命を大切にしましょうね」と言って苦笑するしかなかった──。
駆け足での終わり方になってしまうと思いますが、そろそろ完結に向けて動いていきたいと思います!




