第26話 王女殿下の針仕事
「ソフィア様。『コスプレ』って何ですか?」
フレイアが可愛く首を傾げながら私に尋ねた。
「『コスプレ』というのは、オシャレの究極の形です! 普段とは異なる姿になることで、美的意識を高め、可愛いを極めた姿だと思ってください」
私は指を軽く振りながら、ヲタク時代の偏った知識でフレイアに答える。すると、アリエッタが眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「……ソフィア様は、そういう言葉をどこで学ばれたんですか? 先程の『オシャレ』といい、私は全く聞いたことがない言葉です」
そのアリエッタの指摘に、私は指を立てたままピキッと固まる。
「記憶喪失以前のソフィア様も突拍子もないことを言っていたように思いますが、今のソフィア様は、それとは違います。『千切り』の時もそうでしたが、まるで、『オシャレ』と『コスプレ』というモノを実際に体験したことがあるような言い方で……」
私は慌てて、アリエッタの言葉に被せるように叫んだ。
「たっ……体験したことがあるわけないですよ! 先日魔法を勉強した時に、息抜きで古代ニホンの本をたくさん読んだんですけど、そこに書いてあったんです!」
アリエッタは、そんな私をジト目で見る。
「……古代ニホンの文字が読めないのに?」
アリエッタの指摘に、私は言葉に詰まる。そして、頬を掻きながら視線を上に向けた。
「あ~……、そういえば、翻訳された本だったかな~? 古代ニホンの革命的な文化に感銘を受けたので記憶に残ってるのかも? よく覚えていませんけど」
アリエッタが怪訝な表情で「記憶に残ってるのに覚えてない?」と言うのを尻目に、私は急いで話題を変えた。
「まぁまぁ! その話は置いておいてですね! コスプレ大会では、フレイアさんにメインのモデルになってもらおうと思っているんです」
すると、フレイアは驚いた表情で私を見る。
「えっ? ソフィア様ではなく、私でよろしいのですか?」
私は軽く頷く。
「もちろん、私自身のドレスも用意しますが、私はどちらかと言うとフレイアさんをもっともっと可愛くしたいんです。『私好みのフレイアさんにしたい』と言った方が良いかもしれません」
フレイアは私の言葉を聞いて驚くと、頬をポッと赤くした。
……若干意味を誤解されている気がするが、話を続けるために気にしないことにする。
「古代ニホンの文化を参考に、私がフレイアさんのドレスのデザインを担当します。よろしいでしょうか?」
私の問い掛けに、フレイアは胸の前で両手をグーにして、嬉しそうにしてコクリと頷いた。私はそんな可愛いフレイアを見てニッコリ微笑むと、アリエッタとマリーに視線を移す。
「次に、私がデザインしたドレスの布地の選定や、裁縫を誰かに担当してもらいたいのですが、お二人の知り合いの中に、頼めそうな人はいますでしょうか?」
アリエッタとマリーは顎に手を当てて、天井に視線を向けながら「う~ん」と考える。
しばらくして、アリエッタが私を見て口を開いた。
「侍女は主人の衣服の管理も任されています。ですから、基本的に侍女は裁縫ができます。さすがに布地の調達はできませんが、デザイン次第では、私とマリーで対応できるかもしれません」
アリエッタの言葉に、マリーも軽く頷いた。私は目をキラキラと輝かせる。
「それは好都合です! 機密情報を漏らさないためにも、お二人に対応していただけるのは助かります。『コスプレ』は、見る人を驚かせるのが醍醐味ですからね」
私は満面の笑みでアリエッタとマリーを交互に見ながら、人差し指をピッと立てた。
「ちなみに、私は裁縫も担当しますので、三人で分担してバリバリ縫いましょうね」
すると、私以外の三人が目を丸くした。そして、マリーが目を大きく開いたまま、口を開く。
「ソフィア様が裁縫されるのですか!? 王女殿下なのに!? 針を触ったことがあるんですか!?」
その言葉に、私は自分の立場を思い出した。気持ちがあまりにも高揚していたため、一国の王女であることを忘れ、タダのヲタクと化していた……。
「……え~っと、私は針は触ったことは無いんですが、なんとなく出来そうな気がします」
私は三人に一切目を合わせずに、適当なことを言う。前世では、自分が楽しむためだけにコスプレ衣装を作りまくっていたのは秘密だ……。
アリエッタが、先程にも増して私をジト目で見る。もしかすると、私が普通の記憶喪失ではないことに気付きつつあるのかもしれない。私の背中を冷や汗が伝う。
しかし、これは私が夢に見ていたキラキラ王女になれるチャンスだ。コスプレを通じて、この世界の貴族令嬢のファッションセンスを変えることができれば、私の夢に大きく近付くことができる。
私はそれらしい理由を考えると、三人に説明した。
「わっ……私がデザインするドレスは、きっと裁縫が難しくなると思います! 既にデザインの構想は頭の中にあるのですが、とても複雑なんです。お二人にそのドレスが縫えなくても、私にはきっとそのドレスを縫えます! たぶん!」
「ですが、さすがに王族のソフィア様に裁縫をさせる訳には……」
私が説明するも、アリエッタとマリーは納得しなかった。そのため、私は強権を発動する。
──こうなったら、私の持てる全ての力を駆使するしかない!
私は二人の前に立つと、両足を軽く開く。そして、両膝を絨毯の床に突くと、両手を天頂方向にピンと伸ばした。そして、一気に前方に下げる。
…………。
…………。
…………。
私は必殺技「土下座」を発動した!!
「これは王女命令です!!」
「……あの、ソフィア様。言葉と振る舞いが合っていないようなんですが……」
私は土下座しながら、額を床の絨毯に必死に押し当てる。
「お願いしますっ!! 私は自分が後悔しないように、ドレスの仕立てに深く関わりたいんですっ!! 私の未来が懸かったこのお茶会に、私は全身全霊で挑みます!! ですから、どうか分かってください!!」
私はそう言った後、顔を上げて、チラッとアリエッタとマリーを見る。
「どうしても反対されるのでしたら、お二人を企画委員から外します!!」
私の脅すような言葉に、アリエッタは「はぁっ」と溜息を吐いた。
「……私達が企画委員から外されるのは痛くも痒くもありませんが、稀に見るソフィア様の真剣さは分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、私達が反対する理由はありません。主人のために協力いたします」
「やった!! アリエッタさんっ!! 大好きっ!!」
「……ただし、条件があります」
アリエッタは私の瞳をじっと見つめる。
「ソフィア様が裁縫を行うのは、この部屋の中だけです。絶対に部屋の外で行わないでください。私達にも侍女としての矜持があります。王女殿下たるソフィア様が、自分でドレスの裁縫をしていたなどど噂されたら、私達の立場がありません」
アリエッタの言うことは尤もだ。私はその言葉に、アリエッタを見上げながら頷いた。
「そうですね。分かりました。その約束は必ず守ります」
私がアリエッタの要求を受け入れると、アリエッタとマリーは安堵の表情を浮かべた。
「ただ、その前に……」
私はそう言いつつ、土下座したままフレイアに視線を向けた。
「フレイアさん! 質問があります!」
私の強い口調に、フレイアは胸の前で両手をグーにして、怯えながら私を見た。
「はっ……はい。何でしょうか? 私に答えられることでしょうか?」
…………。
…………。
…………。
「……お茶会って、いつ開催でしたっけ? お母様の招待状って届いてます?」
私の質問に、三人が言葉を失った。
「……ソフィア様。それを確認せずに、この『企画委員会』とやらを開いたんですか?」
私が頬をコリコリと掻きながら、アリエッタを見て苦笑すると、アリエッタは「はぁっ」と何度目か分からない溜息を吐いた──。




