第20話 王妃様との面会……に至る道
王妃との面会は、予約当日の夕方に行われることになった。
私は魔法学園の制服姿で王妃の部屋の前に立つと、深呼吸をする。
本当は貴族の正装(ダサダサ・リボン無しセーラー服)で王妃に会うべきなのだろうが、あの正装はどうにも慣れない。そのため、アリエッタとも相談……いや、私が一方的に土下座をして、私自身が「カワイイ~♡」と思うことができる魔法学園の制服で、王妃に面会することにした。
私は王妃の部屋の扉を軽く二回ノックした後、謁見の間に入る時よりも緊張しながら、その扉のノブに手を掛けた。王族の部屋を訪問する場合、侍女や兵士ではなく、面会予約者本人が扉を開けるのが礼儀らしい。
「しっ……失礼いたしますっ!」
私は覚悟を決めると、扉のノブを回しながら、一気にその扉を押し開ける。
うぅっ……。
…………。
…………。
……んっ?
扉を開けると、魔道具の明かりで照らされた小さな部屋の奥に、もう一枚、扉が見えた。
──二重扉……。前世でも、ビルの自動ドアは大抵二重扉だったし、この世界も断熱用に緩衝エリアを設けてるのかな? ……まぁ、今の私の部屋には無いけどね。
私は二枚目の扉の前に進む。
「失礼いたしますっ!」
私は大きな声と共に、再び緊張しながら扉を開けた。
「…………」
目の前には、今開けたものと同じデザインの扉がある。三枚目だ。後から付いてきたアリエッタを見ると、特に驚いた様子もなく、澄ました表情で背後に立っていた。
「あはは、まさか……ですよね?」
私は背後のアリエッタを振り返って、苦笑いしながら三枚目の扉のノブを持つと、今度は挨拶せずに扉を開けた。
「…………」
四枚目の同じデザインの扉が現れたのを確認した後、私は部屋に入るのをやめ、今開けたばかりの扉を静かに閉める。
「……私、この世界の無限ループにハマったのかな? 実はここは乙女ゲーの世界で、特定の条件下で離脱できなくなるバグに遭遇してしまったとか……」(小声)
私が顔を青くしながら「う~ん」と悩んでいると、アリエッタが背後から声を掛けてきた。
「ソフィア様、何をしているんですか? 早く残りの三枚の扉を開けないと、王妃様には会えませんよ」
「無限ループじゃなくて良かった!! ……っていうか、どうしてこんなに扉が!?」
私がアリエッタに向かって叫ぶように尋ねると、「あぁ、記憶がないソフィア様にとっては、これは驚くべきことなんですね」と言って、状況を説明してくれた。
「これらの扉は魔法障壁なんです。侵入者から陛下と王妃様を守るため、国王夫妻の部屋にはそれぞれ、六枚の魔法障壁が設置されています」
「……魔法障壁?」
「はい。物理攻撃と魔法攻撃を弾く強力な壁です。六属性『地・水・火・風・闇・光』の魔法障壁があって、どの属性の攻撃を受けても、いずれかの障壁がその攻撃を弾くようにできています。王宮の他の重要な場所、例えば、図書室にも魔法障壁が設置されていますよ」
──あぁ、あれか~!
私は、解錠の際に幻想的な光を放った図書室の壁面を思い出した。
「陛下と王妃様の部屋の魔法障壁は、面会予約者しか解除できません。ですから、私が代わりにこれらの扉を開けることはできませんので、ソフィア様自身で扉を開けていってください」
私は「なるほど」と手をポンと打った。この仕組みがあるため、侍女や兵士ではなく、私自身で扉を開ける必要があるのだ。
──でも、そうだとすると、ソフィアの誕生日事件の際、ソフィアはどうやってここに入ったんだろう? アリエッタさんの話だと、王妃様が不在の部屋に忍び込んだみたいだし……。
「……それって、ここに忍び込む方法は無いってことですか?」
すると、私の疑問に気付いたアリエッタが、苦笑いしながら答えた。
「以前は、もう少しセキュリティが甘かったんです。それが、ソフィア様のクソ……いえ、バカ行為で露呈しました。ですので、この先の魔法障壁が改良されていますよ」
「……お役に立てたようで光栄です」
私は気を取り直して三枚目の扉を開くと、部屋に入って四枚目の扉を開く。すると、五枚目の扉が現れた。しかし、五枚目の扉にはドアノブが無く、代わりに扉の横に小窓が開いているのが見えた。
「ん?」
私がそこを覗き込もうとすると、小窓の奥から「合言葉をお願いします」という女性の声が聞こえた。
「え? 合言葉?」
私が首を傾げていると、アリエッタが前に進み出て、私の代わりに合言葉を伝えた。
「トウキョウ・トッキョ・キョカキョク!」
「まさかの早口言葉っ!!」
私がアリエッタに突っ込みを入れるも、アリエッタはきょとんとした表情を浮かべた。
「え? 『早口言葉』って何でしょうか? この言葉は古代ニホン語ですよ」
「……日本語?」
「高名な学者によって解読された、古代ニホンの書物に書かれている言葉です。古代ニホン語は普通の人には読めないですし、発音が難しいですから、セキュリティを重視する王宮の各所で、侍女間の合言葉として使われているんです」
──ふむ……。まぁ、それは、意図的に発音を難しくしてる言葉遊びなんだけどね。
私は顎に手を当てると、アリエッタを上目遣いで見つめながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……アリエッタさん」
「はい」
「にゃまむぎ……」
「…………」
「なまむぎ、にゃまごめ……」
「…………」
「なまみゅぎ、にゃまごめ、にゃまっ……!!」
「……もしかして、生麦生米生卵って言いたいんですか?」
「そう、それっ!! アリエッタさん、早口言葉うまい!!」
「……というか、ソフィア様はどうして、侍女しか知らない最難関の合言葉を知っているんですか?」
──あ、しまった。調子に乗ってしまった……。
「……え~っと、魔法の勉強をしてる時に図書室の本で見たような見ないような……。あそこには、古代ニホンの書物がいっぱいありますしね!」
「そうですか。でも、ソフィア様には古代ニホン語は読めないと思うんですが……」
私の背中を冷や汗が流れる。
「いや、その……、フレイアさんの話だと、昔の私は古代ニホンの知識が豊富だったみたいですし! もしかしたら、本じゃなくて断片的に思い出した言葉なのかも!」
すると、小窓から侍女が顔を覗かせて、呆れた様子で声を掛けてきた。
「あの~、盛り上がってるところ恐縮ですが、中に入らないんですか? もう魔法障壁は解除してありますので、扉を押してもらえば開くようになっています。お入りにならないなら、再度障壁を設置しますが……」
「「……あっ、ごめんなさい」」
私とアリエッタは赤面して俯きながら、トボトボと五枚目の扉を押して部屋の中に入った。
「……え?」
部屋の中では、二人の侍女が防御魔法らしきものを前面に展開していた。そして、その後方にいる一人の中年侍女が、私に向かって光の弓を引いている。
「……あの、何をされているんですか?」
「私達がエリザベート様を守ります!! ソフィア様の悪事はもう許しません!! これ以上、エリザベート様を悲しませないでください!!」
「いやいや、私、王妃様に何かするつもりはありませんよ!?」
私が変なことをする意思が無いことを説明するも、侍女達は納得しなかった。
「今すぐ手を上げて下さい!! そして、その上げた両手を、十秒以内に近くの壁に置いて!! こちらには絶対に近寄らないで!!」
「……私の話、聞いてます?」
「十、九、八……」
私が慌ててアリエッタの方を振り返ると、アリエッタは侍女の言葉に従って壁を向き、両手を上げて壁に当てていた。そして、私に向かって叫ぶ。
「ソフィア様も早く!! 彼女達に従わないと撃たれますよ!!」
私が侍女達を見ると、弓矢担当の侍女が矢をさらに引いて、弓をしならせた。本気で私を狙っている。
「はぁっ!? うそでしょ!? 私、この国の王女ですよ!?」
私も慌てて両手を上げてアリエッタの隣に移動すると、同じように壁に手を置いた。すると、隣のアリエッタが私を責めるような目を向ける。
「これは、今までソフィア様がしてきたことが原因なんですから、文句を言わずに我慢して下さい」
防御魔法を解いた侍女二人が、私とアリエッタに近付いてボディ・チェックを始めた。女性相手であるため特に恥ずかしさはないが、両手を上げてボディ・チェックされる様は、まるでハリウッド映画に出てくる犯罪者のような扱いだ。
「ちょっと、セクハラじゃないの?」と思われるぐらいのボディ・チェックを受けた後、私とアリエッタは解放される。弓矢を構えていた侍女も、その手を下ろして、光の弓矢を散開させた。
「……驚きました。王女でも、随分念入りにボディ・チェックされるんですね」
私の言葉に、リーダー格の侍女と思われる女性が怪訝な表情を浮かべた。
「……あの、大変失礼ですが、ソフィア王女殿下ですよね? 話し方がいつもと違うようですが……」
侍女達の様子を見て、アリエッタがリーダー格の侍女に近付き、私が過去の記憶を全て失っていることを伝えた。すると、その話を聞いていた侍女達が全員、目を丸くして私を見つめた。
「確かに以前よりもバカっぽくない……、いや、バカっぽさは変わらないかも?」
「ちょっと、そこ! なんか失礼なこと言ってますね!?」
私が侍女達を指差しながら喚くも、リーダー格の侍女がポツリと呟く。
「なるほど……。これは大きなチャンスかもしれません」
……ん? チャンス?
「これを機に、ソフィア様を教育し直しましょう! マナーを一から叩き込んで、王宮での勉強には家庭教師を付け、この国のために、二度と変な真似をすることが無いようにいたしましょう! 早速明日から、一日中休みなく、ソフィア様の再教育を……」
…………。
……ぐすん。
……そう言われるのは仕方ないと思ってるけど……。
…………。
……でも、少しぐらい遊ばせて。
……昨日、魔法披露を終えたばかりだし、王宮探検とか、庭園の散歩とかしたいんです!
私が手を祈るように組んで、ウルウルした目でアリエッタを見ると、アリエッタは大きな溜息を吐きながら私をフォローしてくれた。
「……それらの申し出は大変有難いのですが、ソフィア様の教育プランは私が考えますので、私にお任せください」
「しかし、いつものソフィア様に戻られては困るので……」
リーダー格の侍女が渋る様子を見せると、アリエッタはその言葉を遮るように話す。
「私がソフィア様の専属侍女ですので、教育プラン作成は私の専権事項ですよね?」
アリエッタがバシッと言い切ると、リーダー格の侍女は何も言えなくなった。
──アリエッタさん、カッコいい!! 大好きっ!!
私が頬を赤くしてアリエッタの毅然とした態度に感激していると、アリエッタも頬を赤くして、「オホン!」と軽く咳払いする。そして、アリエッタは上品に部屋の奥の扉を指し示した。
「それでは、ソフィア様。そろそろ行きましょう。これが最後の扉です」
最後の扉だけはデザインが豪華だ。私は緊張しつつ、扉を二回ノックする。
「……はい。どうぞ」
部屋の中から、とてもか弱くて可愛い声が聞こえた。その声は子供のように繊細で、もしかすると、声音はソフィアよりも若く聞こえるかもしれない。
私がドアノブに手を当てると、部屋の壁面が虹色に光って、魔法障壁が解除される。
いよいよだ!
「ソフィア、ただいま参りました! 失礼いたしますっ!」
私はドアノブを回すと、一気に押し開けて部屋の中に入った──。
盛り上がる場面がなくて申し訳ありません!
でも、本作はこういう作風ですので、ご容赦ください!




