第19話 そうだ!王妃様に会いに行こう!
私、榊原沙織の前世は幸せだった──。
私は全てが普通で、秀でたりも劣ったりもせず、また、不幸にも面倒事にも見舞われず、とても幸せな人生を過ごした。
学生時代の成績は平凡で中ほど。地元の普通科高校に進学し、現役のまま三流大学に合格した。そして、苦労もせずに四年で大学を卒業すると、地元の中堅IT企業に就職し、営業職を支えるバックエンドサポート役として数年間働いた。
また、私は容姿も平凡だった。モテた記憶は一度もない。社交性は低く、人との関わりは最小限にとどめていた。当然、好きな男性と結ばれることなどあり得ない。私は二次元の漫画やアニメにハマっている間に、リアルの異性関係に興味がなくなった。
「沙織ちゃんは、そろそろ結婚しないの?」
「普通」に生きていると、様々な場面で(特にお盆と正月)、結婚適齢期の女性はプレッシャーを受けるようになる。
社会的な問題もあるのだろうが、生物の最終目標は「生存」と「繁殖」だ。人々は無意識に、種の繁殖が可能な年齢を意識しているのかもしれない。
──面倒くさいな……。
私はそう思いつつも、親族の強い勧めで、信頼できる結婚相談所に入会してお見合いを重ねた。最初は親族の顔を立てるためだけにお見合いをしていたが、十数度目のお見合いで可もなく不可もない相手に出会い、私は結婚を決めた。
相手は、私の好みの男性とは大きくかけ離れた人物だったが、とても人が良さそうで、嫌な感情は一切湧かなかった。相手も、美人ではない私に似たような感情を抱いていたかもしれない。お互いに「納得できるレベル」の諦めの選択だったが、普通に生きていく上で後悔はなかった。
そして、その後は、時々パートをしながら主婦として生きていった。子供や孫ができれば、自然と家族全員に対して情が生まれた。
私の全ては普通。
何も努力も苦労もしていない。
また、悲劇に見舞われることも無い平和な人生──。
世の中の人々は私に言った。
「平凡が一番だよ! 平凡に生きられることが、人にとって最高の幸せなんだから。沙織さんは本当に良い人生を歩んでるね。すごく羨ましい!」
そうだよね! 私はなんて幸せなんだろう!!
…………。
…………。
…………。
あれ? おかしいな。なぜか虚しい……。
…………。
…………。
…………。
そういえば、私、何も夢を叶えてないじゃん……。
「もし今の人生経験と知識を持ったまま、元気な身体に若返ることができたら、きっと色々な夢を叶えられるんだろうな」
前世で死を迎える間際、私は不遜にもそう思っていた。
しかし、良く考えてみれば、単に若返っただけで、人生を変えられるわけがない。平凡な私は、何度やり直しても、平凡を繰り返すだけだろう。
私は前世と同じ平凡な選択をし、平凡ゆえに挑戦はできず、平凡ゆえに誰からも目を留められる事は無い。そう、どこかで特別なものを持たなければ、「平凡」の呪いからは逃れられないのだ。
「平凡じゃない私になりたい。『次回』があるなら、夢を叶えられる力を持った人物になりたい!」
私は、神に愛された最高の人生を終える時、贅沢にも「異世界の王女」への転生を願った。
そして、新たな命としてではないけれども、異世界の王女に転生した。
「私は今度こそ、夢を叶えるんだ! キラキラ王女様になって、いろんなことに挑戦して世界を変えたい! 転生先はトンデモ王女だったけど、なんとかする! 私、異世界来たから本気出す!!」
私はどこかフワフワとした世界で、無意識に、夢を叶えるために自分を変える決意をしていた──。
◇ ◇ ◇
「ソフィア様。おはようございます」
目を開けば、そこには異世界があった。
──う~ん……。なんだか変な夢を見た気がする。前世に関係する夢だったような……。
目を壁掛け時計に向ければ、時刻は朝7時。一日の概念が前世と同じ24時間であるため、異世界であっても生活リズムが狂うことは無かった。
「アリエッタさん。おはようございます」
私が挨拶を返すも、アリエッタは忙しなく侍女業務を始めている。
私の着衣やトイレの手拭き、その他の洗濯物をカゴに入れると、足早に部屋を出て行った。早朝だというのに、本当に働き者だ。
──アリエッタさんは、前世の私よりも働き者かも。
昨日は、アリエッタがフレイアを眠らせた後、レーゲンス家の侍女達にフレイアを迎えに来てもらった。フレイアの専属侍女は解雇されて既にいなかったが、無愛想な侍女達が眉間に皺を寄せながら、フレイアを担架のようなものに乗せて運んでいった。
あの様子だと、フレイアは侍女達に相当嫌われているに違いない。その原因はフレイア自身の性格によるところが大きいとしても、ある程度は過去のソフィアの影響が考えられる。そのため、フレイアにも、フレイアの侍女達に対しても、私は自然と申し訳なさを感じた。
私は誰もいなくなった自室を見回すと、姿見の鏡に目を止める。
──異世界に来てから一週間。昨日、やっとみんなに王女として認められた気がする。……まあ、国王の側近達は不満そうだったけど。
私は部屋用のスリッパを履いてベッドから下りると、姿見の鏡の前に移動した。そして、パジャマ姿の全身を映す。
そこには、前世の自分の姿と比べて、何十倍……いや、何百倍も可愛い美少女が映っていた。
…………。
…………。
…………ふっ。
「何度見ても、私って本当にカワイイ~っ! この美少女、私なんだよね!? 私、この見た目、大好き~っ! ん~っ、ちゅっ♡ ちゅっ♡」
私は鏡に投げキッスを何度かした後、両手で自分自身を抱き締めながら、身体をクネクネと動かす。
「……うわ、気持ち悪い。ソフィア様が自分ファーストなのは知っていましたが、今度は自己陶酔ですか?」
「ひゃぁああぁぁ~っ!!」
私が驚いて後ろを振り返ると、アリエッタが無愛想な顔で立っていた。私は慌てて釈明する。
「いやっ、そのぉ……、一国の王女としてですね……」
「…………」
「身だしなみを整えようかな?と思ってですね、念のために、姿見の鏡で確認を……と思ったら、鏡の中に美少女が現れて!……な~んて……」
私が俯いて両手の人差し指同士をツンツンと当てつつ、ジョークを交えながら誤魔化そうとしていると、アリエッタが急に無愛想な表情を崩して、吹き出すように笑いだした。
「ふふふっ、今のソフィア様は可愛いですね。それに、そういう誤魔化し方とか、なんだか全てが可愛いです。以前のソフィア様からの変わりようが、本当に信じられないです」
アリエッタは口元を押さえて、頬を赤くしながら、我慢できない様子で笑い続けた。
私は子供扱いされたような気がして、恥ずかしさのあまり、俯いたままさらに顔を赤くする。すると、アリエッタが私に、ある提案を持ちかけた。
「ソフィア様。魔法の披露を無事に終えたことですし、王妃様に会いに行きませんか?」
「えっ?」
「面会予約をする必要がありますので、すぐには行けませんが、今のソフィア様の姿を見せたら、きっと王妃様はお喜びになると思いますよ」
そう言えば、国王も同じことを言っていた。私の記憶が正しければ、王妃は私のバカ行為の数々で気を病んで、ずっと寝込んでいるはずだ。
私は少しでも王妃の回復の役に立てるのならと、王妃との面会に同意した。
「そうですね。王妃様の具合も気になりますし、一度、お会いしたいです」
「承知いたしました。それでは、王妃様との面会を予約してまいります」
すると、アリエッタは私に問い掛ける。
「……ところで、ソフィア様は以前、王妃様のことを『母上』とお呼びになっていましたが、今はまるで他人のようにお呼びになるのですね。その辺りの記憶も無いのですか?」
私はアリエッタの質問に、苦笑いしながらコクリと頷く。
「お恥ずかしながら、王妃様のお顔は全く記憶にありません。ですが、昨日の国王陛下のお話では、王妃様のお名前は『エリザベート』様だったと思います。……正しいでしょうか?」
すると、アリエッタは、王妃のことを簡単に説明してくれた。
「おっしゃる通り、王妃様のお名前は、エリザベート様です。王家の傍流、リーヴァイ公爵家の第一令嬢としてお生まれになり、現在の国王陛下に嫁がれました。エリザベート様は、全ての貴族令嬢の憧れであり、その頂点におられる方です」
「へぇ~」
「ちなみに、国王陛下とエリザベート様の結婚は、エリザベート様を見初めた陛下が、リーヴァイ公爵家に何度も通って実現したものだそうですよ。元々、エリザベート様は他国の王子と婚姻を結ぶご予定でしたが、国王陛下の強いアプローチにエリザベート様が折れ、外交交渉も行って、その予定を変更したそうです」
「わぁ~♡ いい話ですね~♡」
「ですから、国王陛下と王妃様は、貴族には珍しい恋愛結婚なんです。国王陛下は心から王妃様を愛していらっしゃいますので、陛下に第二王妃はいません。そのため、ソフィア様の他に嫡子がいないのですよ」
──やるな! あのイケオジ工場長! ……って、そういえば!
私は国王の顔を思い出しながら、以前からアリエッタに訊きたかったことを思い出した。
「しつもーん!」
「はい、何でしょう?」
「今更ですが、国王陛下のお名前を教えてください! みんな、『陛下』とか『国王陛下』しか言わないので、陛下の名前が分からなくて」
「…………」
私の質問を受けて、アリエッタが絶句したのが手に取るように分かった。
「……あの、ソフィア様。ソフィア様のお名前に、国王陛下のお名前が入っていますよ?」
「え?」
「アルフォンス国王陛下です」
「……私の名前に、国王陛下の名前なんて入ってましたっけ?」
アリエッタはいつものように大きく溜息を吐く。
「ソフィア様は、『ソフィア・アルフォンス・ライゼンハルト第一王女殿下』ですよ」
「あぁ! ソレだったんですか! 印象が薄かったので、最初と最後の部分だけ覚えていました!」
「『印象が薄かった』って……」
アリエッタは再び大きく溜息を吐くと、腰に手を当てながら、呆れたように苦笑する。
「この一週間、ソフィア様は驚くようなことをお話になる時があるのに、一方で、皆が当たり前に知っていることを覚えていらっしゃらないのですね」
「うっ……。え~っと、まぁ、基本的には全部忘れてます」
私は異世界転生を隠して誤魔化すように答えると、アリエッタから視線を外す。すると、アリエッタはこの世界の貴族の名前について、一から教えてくれた。
「王侯貴族の名前は、両親から与えられた名前、当主の名前、叙爵時に王家から頂いた貴族の家名の三つで構成されています。例えば、私は『アリエッタ・リュカ・メレンドルフ』ですが、『アリエッタ』が両親から頂いた名前、『リュカ』が我が家の当主である父の名前、『メレンドルフ』が子爵家の名前です」
「うわっ! アリエッタさんの名前、凄くカッコいいですね!!」
私がアリエッタのフルネームを褒めると、アリエッタは少し赤面して咳払いした。
「おほん! ……ソフィア様の場合は、女王陛下になるにせよ、辺境公爵になるにせよ、次期当主になることは確定していますから、ソフィア様のお世継ぎのミドルネームは、必ず『ソフィア』になります」
私はその説明を聞きながら、フムフムと頷く。
「なるほど。その名付け方だと、誰の子供なのかも分かりやすいですね。簡単に言うと、私は『ライゼンハルトさん家の、アルフォンス父さんの娘、ソフィアちゃん』ってことですね」
「……まぁ、その表現は間違ってはいませんけど、王家の場合は平民の家とは違いますから、ソフィア様はもう少し威厳を持ってください」
アリエッタの小言に、私が「は~い」と口を尖らせながら答えると、アリエッタは話を終えて部屋の出口に移動し、扉の取っ手に手を掛けた。
「それでは、王妃様との面会の予約を取りに行ってきます。王妃様やソフィア様の支度する時間を考えると、おそらく面会の予定は、本日夕方か明日の朝になると思います。すぐに戻ってまいりますので、少々お待ちください」
アリエッタはそう言うと、部屋を出て行った。
──王妃様ってどんな人なんだろう。ソフィアがこんな美少女だから美人なのは確定だろうけど、優しい人なのかな? 以前、アリエッタさんは、「王妃様はお淑やかで全令嬢の見本」って言ってたから、凄く物静かな人なのかも……。私のキラキラ王女生活の参考になるかもしれない。
私は心を弾ませつつ、パジャマのまま窓際に移動すると、外に見える異世界の庭園に目をやった──。
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