第17話 花の公爵令嬢の正体(2)
私の目の前には、フレイアが視線を下げたまま、テーブルを見つめてションボリと座っている。
フレイアは謁見の間を出て以降、頷いたり首を振ったりはするものの、私が話し掛けても一切口を利かなかった。
アリエッタは、私とフレイアに無言でお茶とお茶菓子を出し終えると、私の背後に控えるように立つ。
私はアリエッタから教えてもらった貴族の慣習に従い、フレイアよりも先に紅茶を飲んだり、お茶菓子を食べて見せたが、フレイアは一切それらに手を付けなかった。
──さて、どうしたものか……。
私は部屋に流れる沈黙に耐えられず、目の前に座るフレイアに話し掛けた。
「フレイアさん。お茶もお茶菓子もおいしいですよ。いかがですか?」
「…………」
私が声を掛けても全く反応がない。私の声は聞こえているとは思うが、答える気が無いようだ。仕方がないため、私は一方的に話を続けることにした。
「私、今日こうして、フレイアさんとお話することができて良かったです。先日フレイアさんにお会いしてから、私はずっと心から謝罪したいと思っていました。今まで、フレイアさんに沢山ご迷惑をお掛けしてきたみたいで、本当に申し訳なく……」
すると、フレイアはハッとした表情を浮かべて顔を上げ、私の言葉を遮るように叫んだ。
「めっ……迷惑なんて掛けられていないです! そんなこと、誰が言ったんですか!? ……まさか、そこのアリエッタが言ったんですか!? 私、ソフィア様に対する不満なんて言ったこと無いですよっ!!」
フレイアはアリエッタを睨んで、責めるように言う。
私がその言葉に驚いて、背後のアリエッタを振り返ると、アリエッタは慌てて釈明を始めた。
「いやっ、あのっ……、私は人伝に聞いただけです。フレイア様がソフィア様に別室に呼び出された後、いつも真っ赤な顔で泣きそうになりながら帰ってくるため、イジメられているという噂が学園中に広がっていると……」
「それは違いますっ!! 泣きそうなんじゃなくて、私は単に涙目になっていただけですっ!! それに、それは事実と違いますっ!!」
フレイアは顔を真っ赤にして叫ぶと、さらに何かを言いたげに、私に視線を向けた。しかし、私には転生前の記憶がないため、フレイアが目で何を訴えようとしているのかが全く分からない。
私はフレイアを見て、軽く苦笑いした。
「まぁまぁ、フレイアさん。アリエッタさんを責めないであげてください。これは、私が一週間以上前の記憶を失っているのが原因なんです」
私の言葉に、フレイアは目を大きく見開いた。
「……そういえば、魔法学園でお会いした時にもそのように話されていましたが、本当なのですか?」
「はい、本当です。私は自分のこと、家族のこと、そして、この国の皆さんのことが全く分かりません。……申し訳ないのですが、フレイアさんのことも全く記憶にありません」
フレイアはショックのあまり言葉を失ったようだったが、私はそのまま話を続けた。
「私は当初、皆さんから嫌われている理由が全く分かりませんでした。ですから、今、アリエッタさんから少しずつ教えてもらっているんです」
私は真剣な表情で、フレイアの瞳をじっと見つめた。
「その中で、私が魔法学園でフレイアさんをイジメていたために、フレイアさんのお兄さんから婚約破棄をされたという話を聞きまして……」
すると、突然フレイアの表情が変わった。そして、気まずそうに私から目を逸らす。私は少し違和感を覚えたものの、そのままフレイアに謝罪を続けた。
「私はフレイアさんに心からお詫びしたいと思っています。本当に申し訳ありませんでした」
私は椅子に座ったまま、テーブルに額を当てんばかりに、可能な限り深く頭を下げた。
すると、フレイアは急にそわそわとし始め、あちこちに視線を向けた後、頭を下げている私に声を掛ける。
「……ソフィア様は、お兄様から、婚約破棄の本当の理由をお聞きになっていないのですか?」
フレイアのその言葉に、私は下げていた頭を上げてフレイアを見た。
「えっ? 『本当の理由』とはどういうことでしょうか?」
私には当時の記憶がないため、私は助けを求めてアリエッタの方を振り返った。すると、アリエッタも私と同様に怪訝な表情を浮かべつつ、当時の説明を始めた。
「……確か、アレン様がこの部屋に怒鳴り込んできた時におっしゃっていた婚約破棄の理由は、ソフィア様の下品さと無礼さに加えて、『よくもフレイアを傷を付けてくれたな!! お前のせいで、レーゲンス家は今、大変なことになっているんだぞ!! フレイアの将来を潰した責任、取ってもらうからな!!』というような事をおっしゃっていたと思います……。魔法学園でのイジメの噂と合わせて考えて、私はてっきり、ソフィア様が大人しいフレイア様に暴力を振るって『傷を付けた』ものと思っておりました」
私はその言葉に、顔面蒼白になってフレイアを見た。
「それが『本当の理由』なのですかっ!? 私はそんなバカ者だったんですか!?」
私の慌てるような態度に、フレイアの様子が明らかにおかしくなる。
「いや、その……、確かに『傷はついた』とは思いますが、暴力ではないです」
フレイアは頬を赤くして俯くと、無言になった。
私は『本当の理由』がフレイアへの暴力ではないことに安堵したが、そうではないとすると、フレイアにどんな「傷」を付けたのだろうか?
「……では、私はフレイアさんに何をしたのでしょうか? 婚約破棄されるぐらいですから、私が毎日のようにフレイアさんを口汚く罵って、フレイアさんが心を病んでしまわれたとか?」
フレイアは何も答えずに、ただ首を左右に振る。そして、頬を赤くしたままチラッと上目遣いで私を見ると、右手でチョンチョンと私を手招きした。
──ん? アリエッタさんに言えないような秘密の話? ……なんだか心配……。
私がテーブルに身を乗り出して、恐る恐る耳を差し出すと、フレイアも椅子から立ち上がって、私の耳元に手を当てて囁いた。
「……えっと、ソフィア様はいつも魔法学園の王族用控室で、私を愛して下さっていました。私、とっても幸せで、いつも涙目になってしまっていたんです。……つまり、嬉し涙ですから、イジメは一切ありませんよ。ご安心くださいね」(小声)
…………。
…………。。
…………。。。
…………。。。。
…………はぁっ!?
私は目を見開いた放心状態のまま、尻もちをつくように、背後の椅子にペタンと座り込んだ。
一方、目の前のフレイアは、椅子に座りながら満面の笑みを浮かべる。
「私、ソフィア様の記憶を取り戻すために、全力で頑張りますね!」
フレイアは今までの胸のつかえが取れたかのように、スッキリとした顔をしていた。私が最近フレイアに素っ気なくしていた原因が、私の記憶喪失だと分かって安心したのかもしれない。
私はテーブルの上に肘をついて両手を絡めるように組むと、某特務機関の総司令のように、その組んだ手を口元に当てて目を閉じる。
──う~ん。転生してから今までで、一番マズイことになった気がする……。
私は顔を上げて、フレイアをチラッと見る。すると、フレイアは頬を赤くして、嬉しそうに微笑んだ。
──超カワイイ! 外見としては本当に申し分ないし、手を出した責任を取って、この子をお嫁にもらっちゃおうかな! ……でも、そうするとライゼンハルト王家が途絶えちゃうから、国王様や王妃様が許してくれないよね……。あっ、良く考えたら、ここは異世界だから、前世とは仕組みが違う可能性も……。
私はフレイアから視線を外すと、壁方向を向いたまま、背後のアリエッタに静かに声を掛ける。
「アリエッタさん、ちょっと……」
「はい、ソフィア様。何でしょうか?」
アリエッタがお辞儀をするようにして、私の耳元に顔を寄せる。
「……今夜、私に赤ちゃんの作り方を詳しく教えてください。至急です」
パッシーンッ!!!!
久々にアリエッタの平手打ちが私の後頭部に炸裂した。私は平手打ちに慣れていると思っていたが、今回のは今までで一番痛い。
「急に何を言い出すんですかっ!? 今の内緒話で、フレイア様に一体何を言われたんですかっ!?」
アワアワするフレイアを目の前に、私は後頭部を押さえながら、背後を振り返ってアリエッタに問い掛ける。
「……この国では、二人で桃の木に祈りを捧げると、実った果実から赤ちゃんが生まれたりしませんか?」
「そんなわけないでしょっ!! どこの国にもそんな木はありませんっ!! ソフィア様はバカなんですかっ!? ……あぁ、そう言えば、バカでしたねっ!!」
目の前では、フレイアが目を丸くして呆気にとられたまま、私達をじっと見ていた。私の言動に驚いたのか、それともアリエッタの平手打ちに驚いたのか、それは分からない。……おそらく両方だとは思う。
フレイアの様子に気付いたアリエッタが、フレイアに向かってお辞儀をした。
「……フレイア様。お恥ずかしいところをお見せしてしまい、大変失礼いたしました」
フレイアは驚いた表情のまま、コクコクと頷く。
フレイアはアリエッタと面識はあるものの、私とアリエッタの遠慮のない掛け合いを見るのは初めてなのかもしれない。
アリエッタは申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、フレイアに向かって話を続けた。
「私には先程の内緒話は聞こえませんでしたが、結局、どうしてアレン様は婚約破棄されたのですか? 侍女の立場でありながら恐縮ですが、もしよろしければ、私の誤解も解いていただけると嬉しいです」
アリエッタがフレイアに説明を求めると、フレイアは正気を取り戻して、諦めたように口を開いた。
「……そうですね。不本意ですが、あなたはまだソフィア様の近くにいるようですし、正しい情報を伝えておきます」
私は後頭部を撫ぜながら、フレイアに視線を向ける。すると、しばらくの沈黙の後、フレイアが口を開いた。
「お兄様が激怒した理由は……、私が隣国リーゼンブルグ王国の王子との婚約を破棄したからです」
…………。
…………。。
…………。。。
…………。。。。
…………マジで? それに私が関係してるの? 今日は衝撃の内容が多すぎて、この場で気を失いそう……。
フレイアは、私とアリエッタに交互に視線を向けながら、話を続けた。
「お兄様が言った『傷がついた』というのは、この婚約破棄のことだと思います。そして、私が自ら婚約破棄をしたことで、私には有望な嫁ぎ先がなくなりました。それが、『将来を潰した』の意味だと思います」
私は再び顔を青くしながら、フレイアに尋ねた。
「……まさか、フレイアさんに婚約破棄をさせたのが、この私なんですか?」
フレイアは、「どうしてそんなことを訊くの?」と言いたげな顔をして私の質問に頷くと、すぐに残念そうな表情を浮かべた。
「……あっ、そういえば、ソフィア様は全てお忘れになっているんでしたね……。それでは、私の過去も含めて、全体の経緯をお話いたします」
フレイアは少し視線を下に向けて、ゆっくりと口を開いた。
「私が10歳の誕生日を迎えた日、私はリーゼンブルグ王国の王子との婚約が成立したことを告げられました」
──えっ!? たったの10歳!?
驚く私を見て、フレイアは軽く笑う。
「ふふっ、今のソフィア様は驚かれるのですね。ソフィア様も同じ年頃に婚約していたはずですよ」
「えっ!? そうなんですか!?」
フレイアは微笑みながら頷くと、話を続けた。
「……でも、私は婚約を受け入れることができませんでした。非常識な行動を繰り返すようになり、私はレーゲンス家の問題児になりました。侍女からも見放され、心は荒みました。……あまり噂にはなっていないので、記憶の無いソフィア様やアリエッタは知らないと思いますが、私は喜怒哀楽の感情の起伏が激しく、屋敷の備品をいくつも壊してるんです」
フレイアはそう言うと、悔しそうな表情を浮かべる。
「そもそも、私は自分の外見に自信がありました。……しかし、皆が私を褒めてくれるのは、そこだけです。私の中身を見てくれる人はいません。それに、外見は両親から引き継いだもので、私の力ではありません……。私って何なんでしょう? 私は、政治の道具として、交渉の道具として、……単なる王子のオモチャとして、行ったこともない他国に売られるなど、まっぴらゴメンです」
フレイアは顔を上げると、私に視線を向けた。
「そんな時でした。婚姻準備のために、私が一年後にリーゼンブルグ王国へ居を移すことが決まった日、魔法学園の王族用控室のソファーで一人で泣いていると、たまにしか魔法学園にいらっしゃらないというソフィア様とお話する機会を得たのです。……それは、まさに天啓でした」
フレイアは手を祈るように組んで、パァっと笑みを浮かべる。
「私とソフィア様は二人だけで何時間もお話をしました。ソフィア様は、泣いている私の肩を引き寄せて励ましてくれたり、色々なお話をしてくれました。ソフィア様のお話や経験談は私の心に響くものばかりで、私はすぐにソフィア様が大好きになりました」
そう言うと、フレイアは頬を赤くする。先程の内緒話の雰囲気も合わせて考えると、フレイアが言う「大好き」は、きっと恋愛感情の「ダイスキ」なのだろうと思った。
「そして、『私もソフィア様のように生きたい!』と思うようになったのです」
私が少し振り向きながら、後方のアリエッタを横目で確認すると、片手で額を押さえて溜息を吐いていた。そして、何も言わないが、あからさまにゲンナリとした表情を浮かべている。きっと、当時のソフィアを思い出して、「あり得ない……」と思っているのだろう。
私が正面に視線を戻すと、フレイアは私の瞳をじっと見つめた。
「そして、定期的にソフィア様とお話しするようになってから数か月が過ぎたある日、私はソフィア様に、自分が望んでない婚約についてどうすべきかを相談しました。すると、ソフィア様は『あ~、それね。私もあんたのお兄さんと婚約してるけど、色んな面倒事に巻き込まれちゃうのかな?』とおっしゃって、『フレイアは、どこの馬の骨かも分からない王子との婚約を解消したい?』と私に問われたのです」
「「……馬の骨?」」
私とアリエッタは言葉を失いながらも、とりあえずフレイアの話を聞く。私は特に、自分が過去にフレイアに何をしでかしているのかを知りたかった。
「私が婚約を解消したい旨を答えると、ソフィア様は『でも、フレイアがリーゼンブルグの王子との婚約破棄をすることは簡単にはできないよ。周りの側近達が全力でそれを阻止してくる。フレイアはこの国のための人質になるんだから』とおっしゃいました……。その言葉に私が涙を流すと、『だから、フレイアは、相手から婚約を破棄させるといいんだよ。私にいい考えがある』と言われたのです」
私はフレイアの話にゴクリと唾を飲み込む。……きっと、とんでもない考えに違いない。
「当時のソフィア様はとても博識で、なぜか、古代ニホンの知識を沢山お持ちでいらっしゃいました。その知識の中から、『確実に一発で婚約破棄する方法』を教えてくださったのです」
──古代ニホンって……。前世の知識なんだろうけど……。
私は恐る恐るフレイアに尋ねる。
「……すごく嫌な予感しかしませんが、その方法って何ですか?」
「ソフィア様から教えて頂いたのは、古代ニホンの書物に伝わる格言です。リーゼンブルグの王子へ婚約破棄の書状を送る際、その格言を一緒に実行すると良い、とのことでした。……そういえば、ソフィア様は誕生日に、それを試しに王妃様に実行されたとおっしゃってました。詳細は不明ですが、効果絶大だったとか」
──え? 誕生日? まさか……。
「ソフィア様から教えて頂いた古代ニホンの格言は……」
…………。
…………。
…………。
「『クソくらえ!』です」
…………。
…………。。
…………。。。
…………。。。。
「私のクソを一緒に送りました」
「…………マジで?」(私)
「…………本物を?」(アリエッタ)
私とアリエッタからの絞り出すような声での質問に、フレイアは頬を赤くして微笑みながら頷く。……いや、そこは微笑むところじゃない。
「そうしたら、『こんな下品で無礼な令嬢とは結婚できない。こちらから願い下げだ!』とリーゼンブルグの王子から返信があり、双方の合意……というか、実態は王子から一方的な婚約破棄をされました。でも、私は本当に嬉しかったです! ソフィア様は凄いお方です!」
フレイアは興奮しながら、私に尊敬の眼差しを向ける。……しかし、私はその眼差しが痛すぎて、すぐに目を逸らした。
フレイアはそれに構わず、その後の話を続ける。
「ある日、私が魔法学園から家に戻ると、お兄様が『お前は隣国と戦争を起こすつもりか!?』と私に激怒してきました。そして、『これはお前一人で考えたことなのか!? それとも、誰か共謀している者がいるのか!?』と問い詰められました」
すると、フレイアは人差し指を可愛くピッと立てる。
「その時、私はひらめいたのです。これは、ソフィア様のお役に立てるチャンスだと!」
「…………」
「私はソフィア様と人生を共に過ごしたかったので、ソフィア様と婚約していたお兄様が心底邪魔でした。ですから、『お兄様、これはソフィア様の仕業なんです! 私は騙されました! 仕返しとして、すぐにバカ王女との婚約を破棄してきてください!』と伝えました」
私とアリエッタが絶句し続ける中、フレイアはニッコリを満面の笑みを浮かべた。
「すると、お兄様はその日のうちに、ソフィア様との婚約を破棄して下さいました。そして、私はソフィア様と生涯添い遂げる覚悟を決めました。……以上が、ソフィア様がお兄様に婚約破棄された経緯です」
──まさか、フレイア自身が私の婚約破棄の原因だったとは……。
背後のアリエッタが声を震わせながら、「あぁぁ、悪夢です……。こんな身近にソフィア様二号がいたなんて……」と嘆いているのが聞こえた。
私も顔を青くしながら、心の中でそれに同意した──。
まだまだ、本作が目指すキラキラ王女物語には程遠いですが、徐々にキラキラしていく予定です。
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