第16話 花の公爵令嬢の正体(1)
フレイアは私の脇の下に手を通すと、私をギュッと抱きしめた。
──へっ!? なんで私、恨まれてるはずのフレイアさんに抱きしめられてるの!?
私よりも少し背の低いフレイアは、私の肩に額を当てて、小声で私に訴えかける。
「……どうして一週間ぐらい前から、私に会いに来てくれなくなっちゃったんですか? 魔法学園でお会いした時も、どうして私を置き去りにするように行ってしまわれたのですか?」
「ちょ……ちょっと、フレイアさん! みんなが見てますっ!」
謁見の間を出ようとしていた貴族達の何人かが、フレイアによる私の抱擁に気付いて、こちらを振り向いた。私は慌ててフレイアの両肩を押して、フレイアから離れる。
すると、フレイアはショックを受けたように、目を大きく見開いて私を見た。
「……どうして、私を突き放すんですか?」
「いやいや、それはこっちのセリフですよ! どうして急に私を抱きしめるんですか!?」
私の言葉に、フレイアが口元を震わせながら答える。
「……ソフィア様、嘘ですよね? ……これって、きっと、全部夢ですよね? バカなソフィア様が魔法を使えるようになるわけがないし、丁寧な言葉を話すなんておかしいし、ソフィア様が私を拒むことだって信じられない……」
フレイアの顔が歪み、綺麗な紫色の瞳から涙が零れ落ちる。
その涙が途切れることはなく、フレイアは流れる涙を隠すように、両手で顔を覆った。しばらくして、小声で嗚咽する声がその両手の指の隙間から漏れ出てくる。
私は後ずさりしてフレイアから少し距離を取ると、カニ歩きでアリエッタに近付いて、小声で話し掛けた。
「……あの、アリエッタさん。フレイアさんは私を『バカ』とか失礼なことを言っていますけど、私はフレイアさんをイジメていたんですよね? ……恨まれてますよね?」(小声)
「はい、そのはずです……。私は以前、魔法学園の中には入りませんでしたので、人伝にそのように聞いていただけですけど……」(小声)
「これじゃ、完全に恋のもつれじゃないですか……。まるで、私がフレイアさんを捨てたみたいになってますよ」(小声)
私とアリエッタは、声を押さえて泣きじゃくるフレイアに視線を向けた。
「他の人から見ると、確かにそう見えますね……」(小声)
アリエッタは先ほど怒鳴られたこともあって、警戒しながらフレイアに近付いていく。そして、恐る恐るフレイアに話し掛けた。
「あの……、フレイア様? ここでは目立ちすぎますので、一度、ソフィア様のお部屋に来ていただけませんか? もう少し落ち着いて、事情を聞かせていただけませんか?」
アリエッタの言葉に、フレイアは袖で涙を拭いながら、無言でコクリと頷いた。先程までの刺々しい雰囲気はなくなり、その場でションボリと俯いている。
「それで、フレイア様の専属侍女はどちらにいらっしゃるのでしょうか? 私達と一緒に来てもらわないといけないのに。主人を一人にしておくなんて……」
アリエッタが侍女を探しながらフレイアに問いかけると、フレイアは小声でアリエッタの質問に答えた。
「……いません」
「え?」
「私の専属侍女は、もういません」
「…………」
アリエッタはその答えに言葉を失ったが、正気を取り戻すようにしてフレイアに再度確認する。
「……えっと、申し訳ございません。おそらく私の聞き間違いだと思うのですが、フレイア様の専属侍女はどちらに?」
「だから、私に専属侍女はいません。数日前に辞めてもらいました」
私達の間に沈黙が流れる。しばらくして、その沈黙を破るように、フレイアが口を開いた。
「……私は今日、レーゲンス公爵家を出るつもりでしたから」
──公爵家を出る? どういうこと?
私とアリエッタがフレイアの言うことを理解できずにいると、フレイアがアリエッタに近付いて、鼻をすすりながら攻撃的な視線を向けた。
「……私は今日から、あなたの代わりにソフィア様の専属侍女になるつもりだったんです」
「えっ? フレイア様が?」
「あなたはソフィア様のために辺境に付いていく覚悟なんて無かったでしょ? どうせ、何かの野望にソフィア様を利用しようとしていただけでしょ? ……その後、ソフィア様を捨てるつもりだったんでしょ?」
アリエッタは一瞬言葉に詰まったが、すぐにフレイアの言葉を否定した。
「そっ、そんなことはありません!」
アリエッタは叫ぶようにしてフレイアに反論するが、フレイアは動じない。
「それはウソです。私が、あなたの今までの態度を何も知らないと思っているのですか? ……私はあなたと違って、ソフィア様のためなら、公爵令嬢という地位を捨てられます。私は常にソフィア様の味方なんです」
「…………」
アリエッタは悔しそうな顔をして俯くと、一言も発しなくなった。アリエッタとフレイアの間に不穏な空気が流れる。
一方、私はフレイアの言葉に違和感を覚えた。
──どういうこと? 私を敵視しているはずのフレイアさんが、どうして「常にソフィア様の味方」なんて言うの?
私は頭が混乱したが、まずはこの不穏な事態を収めようと、慌てて二人の間に入った。
「まぁまぁ、お二人とも! ここではなんですから、私の部屋に行きましょう! お茶菓子でも食べて、仲良くお話しましょう! 美味しいものを食べると、話がはずみますよ! ねっ?」
私が二人に交互に愛想を振りまいていると、しばらくしてアリエッタが悔しそうな表情のまま、謁見の間の出口に向かって足早に歩き始めた。フレイアも不機嫌な顔をして、無言でアリエッタの後について歩き出す。
私はその場に置き去りにされた……。
「……あの~、せめて、王女の私に何か言ってから移動してくれませんか?」(小声)
私は二人が歩く姿を見て苦笑すると、フレイアの背を追い掛けるようにして、謁見の間を後にした──。
長文のため、今回はお話を分割しています。すぐに後半を投稿予定です。




