第12話 花の公爵令嬢
「すごい……。さすが王侯貴族が通う魔法学園……」
私の目の前には、手入れが行き届いた庭園が一面に広がっていた。所々に間隔良く木々が植えられ、馬車が進む大通りの左右に、背の低い垣根で囲まれるようにして綺麗な花が咲き乱れている。
前世で例えると、ベルサイユ宮殿の庭園の中央に、馬車が通るための車道があるイメージだ。
魔法学園の庭園の広さはベルサイユ宮殿よりは狭く見えるが、その華々しさが、私が前世で実際に見たベルサイユ宮殿を上回っているような気がした。
魔法学園は王宮に併設されているため、異世界に転生して初めての外出の移動距離は短かったが、それでも全てのものに私の心は動かされた。
「ソフィア様。あれが魔法学園の本校舎です」
「ほぇぇぇ~~!!」
馬車が横方向に曲がった時、ちょうど車窓の正面に魔法学園の校舎が見えた。その外観はシンメトリー(左右対称)で規模も大きく、学園というよりも宮殿に近かった。
「あっ……あれが、私の王国の魔法学園なのですかっ!? 私の国のっ!? すっご~い!!」
私は馬車の窓に貼り付くようにして本校舎を見る。自然と「ほわぁぁ~」という間抜けな声が漏れた。
「……先日まで『魔法学園に行くのだりぃ』と言っていた人と同一人物とは思えませんね……」
馬車は玄関前にある大きな噴水を時計回りに進むと、立派な軒の付いた玄関の前で停止した。
玄関にいた男性が馬車に近付いてきて、その扉を開ける。すると、アリエッタが先に馬車を降りて、私に右手を差し出した。
「ソフィア様。足元にお気を付けて降車ください」
私はアリエッタの手を持って、ゆっくりと馬車から降りる。なんとなく、この世界に転生してから、私は一番王女らしい対応を受けている気がした。
──もう無駄かもしれないけど、せっかくだから、ちょっと王女様らしく振舞ってみようかな。王女様は私の夢だったし。
私は馬車から降りてアリエッタの手を放すと、アリエッタに笑顔を向けて、なるべく優しい声でお礼を言った。
「アリエッタさん。ありがとうございます。降りる時は足元が不安でしたので、大変助かりました」
そして、扉を開けてくれた男性にも笑顔でお礼を伝える。
「私のために扉を開けていただき、ありがとうございました」
すると、男性が目を丸くして驚いているのが見えた。「あの王女殿下が私にお礼を? しかも、言葉遣いが丁寧……?」と呟いているのが聞こえた。以前のソフィアからすれば、きっと考えられないことなのだろう。
一方のアリエッタは、今の私の振舞いには慣れたようで、驚くこともなく、私の前を先導して歩き始めた。
「ソフィア様。それでは今から、魔法学園の特別学級にご案内します」
魔法学園の玄関を入ると、そこは別世界だった。
高級ホテルのロビーラウンジのように広く、壁も床も大理石のようにピカピカで、とても学校とは思えない。この世界の建築技術は前世以上だと思っていたが、それを魔法学園でも実感することになった。
私はカツカツと靴音を響かせながら、アリエッタを先頭に、たくさんの石柱が立ち並ぶ大きな広間を進んでいく。壁面には人物や風景が描かれた巨大な絵画が多数飾ってあり、王宮と同じような高級感があった。
「……アリエッタさん。学生が全然いませんね。今日は休校か何かなのですか?」
アリエッタは一旦足を止めると、私の方を振り返る。
「そういえば、今のソフィア様はご存じなかったですね。正面玄関を使えるのは、ライゼンハルト王国の王族とその親族である公爵家だけなんです。このロビーも同じです。一般の学生は建物の側面にある通用口から出入りしますから、ここには一般の学生はいませんよ」
……すごい。私、今日初めて、異世界転生らしい身分チートを体験できた。感動……。
私が鼻をすすりながら「ぅぅっ、ぅぅっ」と感動の涙を流していると、アリエッタにギョッとした目で見られた。私は急いでポケットからハンカチを取り出して、涙を拭う。
「……ん?」
私が涙を拭っていると、斜め前方の石柱の陰に、隠れるようにして動く人影が見えた。
「アリエッタさん。……あそこに誰かいますよ?」
アリエッタは私の言葉を聞いて即座に振り返ると、両手を左右に広げる。そして、私を守るようにして魔法を詠唱する構えに入った。こういう時のアリエッタは格好いいし頼もしい。
「……誰かいるのですか?」
アリエッタが声を掛けると、石柱の陰から、儚げな雰囲気の一人の少女がゆっくりと姿を現した。
──わっ、すっごい美少女……。この世界、私を含めてホントに美形ばっかりだね……。
少女の大きな瞳は異世界でしか見られない紫色をしており、私と同様に、角度によって別の色が混じっているように見えた。また、顔や手の肌は透き通るように白く、遠くから見ただけでも、その肌がスベスベなのが分かる。
髪の色は、私の金髪とセットであるかのようなサラサラの銀髪だ。しかし、髪の長さは短く、前世で言うところのおかっぱ頭である。髪の毛に装飾品は付いておらず、とてもシンプルな髪型をしていた。そういえば、私を含めて、髪の毛に装飾品が付いている人をまだ見たことがない。
そして、私と同じ魔法学園の制服を着ているが、やや幼い顔立ちをしていた。背丈は私よりも低いため、おそらく年下だと考えられるが、少女の実際の年齢は不明だ。ただ、その顔立ちにはどことなく知性が感じられた。
その少女は、上目遣いで私のことをじっと見つめていた。
「……フレイア様。どうしてここに? 授業はどうしたんですか?」
アリエッタは攻撃態勢を解くと、ホッとしたようにその少女の名前を呼んだ。そして、私に小声で伝える。
「ソフィア様。このお方は、フレイア・ウィリアム・レーゲンス公爵令嬢です」(小声)
──はて? レーゲンス? どこかで聞いたような名前。……うーん、思い出せない。
私は記憶を辿りながら、とりあえずフレイア嬢に挨拶をすることにした。
「はじめまして、フレイアさん」
「……え?」
「私はソフィア、……えっと、ソフィア・なんとか・ライゼンハルトです。この国の王女やってます」
私の挨拶を聞いて、隣のアリエッタは眉間に皺を寄せて額を指で押さえた。そして、呆れたように首を左右に振る。
一方のフレイアは、信じられないものを見るような表情で、半分口を開けて私のことをじっと見つめていた。その表情は引きつっていて、開いた口が何かを言いたげに僅かに震えている。
──ん? 私の挨拶、もしかして変だったのかな?
私が握手しようとして手を差し出しても、フレイアは涙目で固まったまま、私の手を取ることはなかった。
すると、アリエッタが私に近付いて声を掛ける。
「ソフィア様の挨拶には色々と突っ込みたいところが満載ですが、まず重要なことをお伝えします。……ソフィア様にとって、フレイア様は全く知らない赤の他人ではありません」
「え?」
「フレイア様は、アレン様の妹君ですよ」
私は頭に「?」を浮かべて、アリエッタを見る。
「アレン? アレンさんって誰ですか?」
すると、私とアリエッタのやり取りを聞いていたフレイアが軽くふらつく。そして、顔を青くして、それまで自分が隠れていた石柱に手を当てて身体を支えた。
アリエッタが再び額を押さえて、「アレン」が誰であるかを私に教えてくれた。
「そこからですか……。ソフィア様の『元』婚約者です」
「…………ぁ」
私はアリエッタの説明を聞いて、転生初日に廊下で見た超イケメンを思い出した。
「ですから、『はじめまして』じゃありません。ソフィア様が忘れても、フレイア様は絶対にソフィア様のことを忘れないと思いますよ」
私がアリエッタから視線をフレイアに移すと、フレイアは片手を石柱に当てながら、涙目で俯いていた。
──『元』婚約者の妹だとすると、私がイジメていたっていう公爵令嬢がフレイアなのでは……。
フレイアは私に視線を合わせることなく、俯いたまま唇を噛んでいた。そして、ゆっくりと口を開く。
「……ソフィア様、ひどいです。私のことを、他人のように無視するおつもりなんですね……。私は今日、ソフィア様が学園にいらっしゃると聞いて、こうして慌ててお迎えにきたのに……」
──やばいっ!! 私がまたフレイアさんをイジメてると勘違いされてる!! それに、過去のソフィアが何をしてきたか知らないけど、なんかフレイアさんに恨まれてるっぽい!!
「ごっ、ごめんなさい!! 決してそういうつもりではないです!! 実は私、数日前に記憶が全部無くなっちゃいまして!!」
「……えっ?」
私の言い訳に、フレイアは涙目のまま、怪訝な表情で私を見た。どうやら半信半疑の様子だ。
「あの! その! すみません! 信じられませんよね! でも、私はもうフレイアさんには関わらないようにしますので、どうかこれからは安心してお過ごしください!」
私は気が動転したまま、フレイアに一方的に自分の気持ちを伝えると、アリエッタに視線を移した。
「アリエッタさん! すぐに特別学級に向かいましょう! ここにいては、フレイアさんにご迷惑です! きっと私がいるだけで、気分が悪いと思います!」
私はフレイアに向き直ると、深く頭を下げた。
「それでは、フレイアさん。これで失礼します! 楽しい毎日をお過ごしください!」
そして、私は逃げるようにして、スタスタと出口らしき扉に向かって歩く。アリエッタはフレイアに軽く会釈をすると、私を追い掛けるようにしてついてきた。
「……ソフィア様。いいんですか? フレイア様は言葉が出ないぐらい凄くショックを受けていましたよ」
「だって! 私、フレイアさんに申し訳なくて! イジメなんて人間として最低な行為なんですから、とにかくフレイアさんを安心させるために、厄介者の私が消えるしかないじゃないですか!」
私がロビーラウンジの出口に差し掛かると、アリエッタは私の前に出て、ロビーラウンジから校舎につながる扉を開く。
私は後方を振り返ることもなく、早足でそのまま王族専用ロビーを出た。そして、アリエッタ自身もロビーを出ると、すぐにその扉を閉めた。
私はその場で足を止め、俯いて視線を下げたまま、アリエッタに声を掛ける。
「……アリエッタさん。今度、私がフレイアさんに何をしたかを教えてください。フレイアさんのお家を訪ねて、ちゃんと心からお詫びをしたいと思います」
「……はい。分かりました」
アリエッタはそれ以上の言葉を発することなく、特別学級に向かって歩き出した。私もその後について、魔法学園の廊下を進んでいく。
魔法学園の廊下は天井が高く、とても豪華で煌びやかだった。窓からうまく日光を取り入れる設計がなされており、暗くなりがちな場所には、魔道具と思われるオシャレな照明が光を補っていた。
そこは私が心から夢見た世界。王女様として「特別」になれる場所……。
しかし、私はフレイアへの申し訳ない気持ちで頭がいっぱいになってしまい、その光景を見ても全く心が動かされることはなかった。
私は無言のまま、アリエッタの後についていった──。




