第11話 魔法学園へのいざない
「……はぁ、はぁ……。ダメぇ、ダメですぅ……。アリエッタさん、今日はもう許して下さい。こんなにたくさん出来ないですぅ……。私、もう耐えられませんよぉ……」
私はアリエッタの攻めに耐えかね、ベッドにうつ伏せになるように上半身から倒れこんだ。
「……ソフィア様。いい加減にその変な話し方を直さないと、本気で殴りますよ? グーでいきますよ?」
アリエッタは拳をギュッと握りしめる。私は背後にその気配を感じて、急いでベッドの上で仰向けに寝転がった。
「でっ、でも! 朝食後に魔法の練習を始めて、もう100回はやってるじゃないですか! 私、休みも無く、ずっといきんで魔法をイメージしてばかりで、頭がおかしくなりそうです! 少しぐらい弱音を吐いたっていいじゃないですか! アリエッタさんは厳しすぎますよ!」
「……あの、私はソフィア様のエロい言動を咎めているだけで、ソフィア様が弱音を吐くことを責めてはいませんけど……?」
「いや、厳しすぎるんです!」
私は仰向けのまま、アリエッタを誘うように、片手でベッドをパンパンと叩いた。
「だ・か・ら! 少しだけ一緒に寝転びましょうよ~。私の隣、空いてますよ。アリエッタさんも昨日、侍女長に叱られて落ち込んでますよね? 私が、よしよしって慰めてあげますから!」
私は両手を広げて、アリエッタを迎え入れるようにする。すると、アリエッタは私に近寄って、私の左の太腿に拳を叩きこんだ。
「うげぇっ!! いたいっ!!」
「……本当に、この人は……」
「なんで足に鉄拳を落とすんですかぁ!!」
「え~っと、なんだかソフィア様に触れていたいなーーって。ソフィア様のこと、好きだなーーって」
「……全く抑揚が無くて、気持ちのこもっていない言い方ですね」
「あっ、そうだ! 私を慰めてくれるなら、もっと殴っていいですか? ソフィア様と拳で触れ合いたいんです」
「私は拳で心を通わせるどこかの覇王ではありませんよっ!!」
国王へ魔法を披露するための謁見まで、あと4日……。
私がこの世界に転生してから3日目を迎えたが、いくら練習を重ねても、いまだに初級魔法「ライト」すら使えない状態が続いていた。
◇ ◇ ◇
時を遡ること、半日前──。
私は昨夜も、アリエッタに「魔法補助」を頼み込んだ。やはりアリエッタは性根が優しいようで、こんな私のお願いを「快く」受け入れてくれた。
「分かりました。私は侍女です。ソフィア様のお願いを叶えるのが仕事です」
「わぁ~っ! さすが、アリエッタさん! 素敵です!」
「バカでクズなソフィア様が、廊下で恥じらいもなく私に『提案』した方法で、『魔法補助』をいたしましょうね。私は今、ソフィア様のご希望を全面的に聞き入れたい気分なんです」
アリエッタはそう言いながら、私を見て満面の笑みを見せた。
「へ? ……提案?」
私が頭に「?」を浮かべていると、アリエッタは私に近付いて、勢いよく私をベッドの上に押し倒した。
「ひゃぁあっ!? ちょっと、何をするんですか!? わっ、私にはまだそういう趣味は無いですよ!? 今のところ、健全な女の子ですよ!?」
アリエッタは私の言葉を無視すると、私にお尻を向けて、お腹の上に馬乗りになる。そして、もの凄い腕力で私の両足を押さえ込み、持っていた紐でギュッと縛った。
「待って! せめて心の準備をさせてください! アリエッタさんの気持ちは嬉しいですが、いきなりはダメです! 5分だけください、5分だけ! 歯磨きとか急いでしてきますので!!」
アリエッタは私の言葉を無視したまま、今度は私の顔の方を向くと、暴れる私の両手を頭の上にまとめて縛った。抵抗しようとしても、アリエッタの体重で体幹を押さえられているため、全く動けない。
私は諦めて、全身の力を抜いた。
「……アリエッタさん。……初めては優しくしてくださいね?」
「……何を勘違いしてるんですか? ソフィア様が廊下でおっしゃった望み通りにしてるだけですよ?」
「え?」
「ソフィア様が泣き叫ぶまで、強くシテあげますね」
「あ~っ! あの件ですか!? あれは言葉の綾で言っただけで! 私の心意気を示そうとしただけなんです! ……むぐっ」
私は最後に「猿ぐつわ」を噛まされる。
……私、王女様よね? 今から拷問される気がするんだけど……。
アリエッタのこの手際の良さは、きっと転生前のソフィアを捕縛する時に習得したものなのだろう。
アリエッタは、私のお腹の上で両手を打ち合わせてパンパンと払うようにすると、ミイラのようになった私をゴロゴロとベッドの上で転がす。最後に、お姫様抱っこをして、私をベッドの定位置に寝かせた。
「んーっ!! んーっ!!」
そして、なぜかベッドのヘッドボードに設置されているフックを使って、私のまとめられた両手が固定された。このフック、以前の破天荒なソフィアを縛り付ける時に使ったものかもしれない。
アリエッタは私の隣に添い寝をすると、涙目の私を優しく抱きかかえるようにする。
「は~い、ソフィア様。一緒に寝ましょうね~。今日は私の最大限の力で、魔力を出し入れしてあげます。心ゆくまで快感を味わってくださいね。『猿ぐつわ』があるので、今日は好きなだけ喘いでもいいですよ」
アリエッタがそう言った瞬間、私の身体中に大波のような魔力が流れ始めた。
「んーっ!! んんんんっ!! んんんーっ!!」(ぎゃぁ~! 気持ち悪い! 許して~っ!)
「そんなに気持ちいいんですね~。じゃあ、もっと行きますよ! 一気に魔力を入れた方が『魔法補助』は効果が高いらしいので」
「んんっ!! んんんっ!!」(鬼っ! 悪魔っ!)
「喜んでいただけて、私はとても嬉しいです。ソフィア様、魔法が使えるように、一緒にがんばりましょうね。……ソフィア様を全力でイカせてあげます!」
私は転生2日目にして、この世の地獄を見た……。
……っていうか、私、この異世界に来てから、まだまともに寝ていないのでは?
そして、私は魔力酔いを起こして、殆ど寝られないまま一晩を過ごす。一方のアリエッタは、私への拷問に満足して、ぐっすり眠れたらしい。
……やっぱりアリエッタさんは性格が悪いのでは?
私の体内が膨大な魔力で掃除された結果、私は指先へエーテルを流す操作がバッチリできるようになったが、冒頭の話の通り、結局、初級魔法「ライト」を使うことはできなかった……。
◇ ◇ ◇
そして、転生4日目──。
「……アリエッタさん。私、やっぱり魔法の才能が無いんでしょうか……」
「これだけの拷問……いえ、『魔法補助』を行ってもダメとなると、私にはソフィア様が魔法を使えない理由が分かりません」
私が目の下にクマを作ったまま、アリエッタをジト目で見ると、アリエッタはすかさず目を逸らす。
「オホン! ……でも、きっとソフィア様には何かが足らないのだと思います」
「……う~ん、何が足りないのでしょう」
私はベッドに突っ伏した後、転がるように仰向けになると、ベッドの天蓋を見ながらじっと考える。しかし、この世界に来たばかりの私には全く何も思いつかない。
すると、アリエッタが、意気消沈してボーっと天蓋を眺める私に、ある提案をしてきた。
「ソフィア様。魔法学園に行ってみますか?」
「え? 魔法学園? そういえば、陛下やアリエッタさんの話には出ていましたけど、全然行っていませんね。私、通学していなくても大丈夫だったんですか?」
私の問い掛けに、アリエッタはコクリと頷いた。
「はい。ソフィア様は特別学級ですから、いつ学園に行っても良いことになっています」
──つまり、サボリ癖のある王女は、特別「幼稚園」学級に属してるってことだね……。
「今までのソフィア様は、勉強に対するやる気がありませんでしたから、ソフィア様の機嫌が良い時だけ、魔法学園に行くように促していました。ですが、今のソフィア様はいかがですか? 魔法学園に行ってみたいですか?」
私はアリエッタの言葉を聞いて、ベッドで勢いよく上半身を起こす。
──行きたい!! 異世界と言えば、貴族学園!! そして、恋愛とラブコメ!! ……まあ、男性が誰も相手をしてくれない私には、もう恋愛は無さそうだけど……。でも、せっかくだから行ってみたい!!
「はい! 行きたいです! 何かヒントが得られるかもしれませんし!!」
「では、早速支度をいたしますね。少々お待ちください」
アリエッタはそう言うと、クローゼットに向かう。そして、着衣の上下を持ってくると、転生初日と同様に、それらをベッドの上に並べた。加えて、隠し部屋から、それに合う靴も取り出してきた。
「今から魔法学園の制服に着替えていただきます。魔法学園では、着衣に王族と貴族といった身分の区別はありません。男女の違いはありますが、皆、同一の制服を着ることになっています。……もし、お気に召さない制服でしたら、申し訳ございません」
私は目の前の制服を見て、目を大きく見開いた。次第に頬が熱くなってくる。
「……なっ、なにこれ……」
「……丈夫な生地ではないので、やはりお気に召しませんか?」
私はアリエッタに近付いて両肩と持つと、その瞳をじっと見つめる。
「……ソフィア様?」
私の目から涙が溢れ出し、その涙が頬をツーっと伝っていった。
「えぇっ!? ソフィア様! 大丈夫ですか?」
私は涙を流したまま笑顔を浮かべると、今の自分の気持ちをアリエッタに素直に伝えた。
「……いい」
「え?」
「……いい!」
「……えっと?」
「超格好いい! そして、カワイイ~っ!! どうして、これを最初に見せてくれなかったんですかぁ~!!」
「……は?」
私の目の前にある魔法学園の制服は、と~っても素敵だった!(ただし、オタク目線)
制服の上下のベース色はワインレッドだ。その色合いがとても美しい。前世以上である。
上半身はブレザータイプの制服で、胸元にはいくつかの刺繍がしてある。それらは金色や色とりどりの糸で縁取られ、ハートマークに似た形をしたピンク色の刺繍もあった。ハートマークはこの世界では別の意味を持つのかもしれないが、前世でも通用するぐらい可愛くて気品がある。
また、スカートにあたる部分は、前世のラップキュロットに近い形状だった。スカンツと同様に、めくれても中が見えない構造は同じだが、こちらの方が丈が長めでゆったりしている。
しかも、どういう技術なのかは分からないが、外見がひらひらスカートに近かった。また、キュロットは全体の色がワインレッドを濃くしたような暗めの色に設定されていて、アニメで主人公クラスが着ている制服のように格好良かった。
一方、靴はお嬢様仕様だ。前世のロリータパンプスといったところか。もちろん厚底ではない。
「あっ! これ!」
上着の中に着る白いブラウスには、なんとボウタイ用の藍色のリボンが付いていた。
「わぁ~! 感動~っ! 憧れの可愛いリボンが付いてる! こちらの世界……いえ、この国にもリボンの文化があるんですね!」
「……リボン?」
私の言葉にアリエッタが首を傾げた。
「これですよ、これ!」
私がボウタイ用の藍色のリボンを指差すと、アリエッタが手を顎に当てて、さらに首を傾げる。
「何を言っているんですか? これは敵の首を絞めるための紐ですよ」
「……は?」
「魔力が尽きて魔法を使えない時、肉弾戦になりますよね? 決着がついた後、最後にこれで敵の首を絞めて、止めを刺すんです」
「…………ほぉ」
「この紐には特殊な加工がしてあって、100kgの重量でも耐えられる作りなんですよ。一気に引けば、イチコロです」
「……それは丈夫ですね。……っていうか、どうして敵の首を絞める紐が、自分の首元に!?」
感動した私がバカでした……。
いずれにしても、この制服は私の好みだ。私は心を高鳴らせながら、フンフン♪と鼻歌を歌いつつ、制服に着替える。そして、全てを着終わると、姿見の鏡の前に立った。
「ん~っ!! 私、可愛い~っ!!」
私は前世のアイドルのように、鏡の前で、小指と薬指だけを折った手でポーズを取りながら、舌をチョロッと出したりしてみたりする。
──いや、ホント、可愛い。この王女、外見だけは素晴らしい。前世の私とは違いすぎる。
「ねぇ、ねぇ、アリエッタさん! 私、可愛いですか?」
「今まで何度も見てきたソフィア様の姿ですが……」
「アリエッタさんっ! そんな感想じゃつまらないですよ! 女の子はもっと違う言葉を待ってるんです!」
私がアイドル風のポーズをアリエッタに見せると、アリエッタは少し驚いたように目を大きく開いた。そして、すぐに目を逸らして、頬を赤く染める。
「……あの、その……。ソフィア様のそのポーズは良く分かりませんが、なぜか今日は、とても可愛く見えます」
「やったぁ~!!」
私がガッツポーズをして喜ぶと、アリエッタは、私を愛おしいものを見るような目で見て、軽く微笑んだ。
「……今のソフィア様は、とてもキラキラしてますね」
アリエッタはそこまで言うと、俯いて黙ってしまった。私がアリエッタの顔を覗き込むようにすると、アリエッタは顔を真っ赤にしているのが分かった。
「アリエッタさん? どうしました?」
すると、アリエッタは私の問いには何も答えず、私に背を向けて部屋の出入口に向かって歩いていく。
「……ソフィア様。魔法学園にご案内します。私について来て下さい」
その言葉に、私も慌てて、アリエッタの後に付いて部屋の出入口に向かった──。




