プロローグ 「私はキラキラ転生王女様……じゃないの!?」
はじめまして。白うさぎの子です。
思うままに連載小説を書いてみたいと思います!
宜しくお願いいたします。
この身は老体になろうとも、私の精神はまだ若いままだ。
多くの人生経験を積み、口から出る言葉は徐々に諦めにまみれてしまったものの、私の全てがその呪いに支配された訳ではない。心の中には、常に明るく前向きに考える少女のような自分がいた。
「もし今の人生経験と知識を持ったまま、元気な身体に若返ることができたら、きっと色々な夢を叶えられるんだろうな……」
しかし、私にはもう残された時間はない。これから何かを成すことはない。
「今の人生に不満があるわけじゃないけど、もっと夢に向かって頑張りたかった……」
私は雪が降る窓の外を見ながら、その口から溜息と諦めの声を漏らした。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、ねぇ。おばあちゃんの夢はな~に?」
瞳をキラキラと輝かせながら、幼稚園児になったばかりの孫が私に問い掛けてきた。
私は孫の顔を見てニッコリ微笑むと、息苦しさを隠すように元気な声を作って、その問いに答える。
「そうねぇ。おばあちゃんの夢は、日向が元気に育って、立派な大人になることかな。そして、日向が自分自身の夢を叶えることね」
私はそう言い終えると、足元に掛けられた布団の中で、手を拳にしてギュッと握りしめた。
「……おばあちゃんも、日向が成人した姿を見られると良かったんだけどね……」(小声)
ここは終末期病棟。まもなくあの世に向かう人々の待合所。
21世紀も半ばを過ぎた頃、私も多くの老人と同様にガンに侵され、齢62歳で人生の終わりを迎えようとしていた。
すでにガンは全身に転移しており、21世紀後半の医療技術を以てしても、回復の見込みはない。新型の鎮痛剤によってガンの苦しみは昔よりも薄らいでいるとは聞いているが、私は既に薬が効かないほどの急激な痛みを全身に感じるようになっており、医師からは余命数か月と宣告されていた。
私が身体の痛みを堪えながら、なんとか笑顔を作っていると、孫の日向が目の前でプーっと頬を膨らませた。
「私が聞いた夢はそういうのじゃないよ。おばあちゃんには、なりたいものはないの? 私はね、キュアリーエンジェルになりたい。変身して、悪い奴らをやっつけるの」
日向はそう言いながら、小さな女の子達に人気のアニメ・キュアリーエンジェルの決めポーズを取る。そして、再び私に問い掛けた。
「それで、おばあちゃんの夢はなに? 何になりたいの?」
私は日向からの追及を受けて、病室の天井に視線を移すと、しばらく考え込んだ。
──もう死にゆく身に夢なんて無いけれど……。
すると、なぜか、若い頃にずっと憧れていた存在を思い出す。
異世界転生アニメが流行っていた21世紀前半、若かった私が心から夢見た存在。そして、それは、とてつもなく滑稽な憧れだった。
夜中までアニメを観ながら、「中二病」と言われてもおかしくないほどに興奮しつつ、その「存在」になることを懸命に願った。
──この歳で「あの存在になりたい」なんて言ったら、普通は「頭がおかしい」って言われちゃうと思うけど……。
しかし、今でもあの「存在」を思うと、心が若返って、少女のようにワクワクが止まらない。
私はわざとらしく驚くフリをすると、日向の問いに答えた。
「あっ、そうだ! 昔、おばあちゃんにもなりたいものがあったわ」
「えっ! なになに、教えてー!」
「それはね……」
私は人差し指を立てると、日向を見て微笑む。
「『王女様』! おばあちゃんはね、ずっと魔法の国の王女様になりたかったんだよ。そして、魔法を使って魔物をやっつけて、皆の幸せを守りたかった。もちろん、綺麗なドレスを着てね」
私がそう言うと、日向は再び目をキラキラさせて私を見る。
「へぇー! おばあちゃんなら、きっとなれるよ! 私も王女様になりたいな~!」
私は日向の手を取ると、全身に走る激痛を隠しながら、日向にニッコリと微笑みかける。
「じゃあ、おばあちゃんも日向みたいに、頑張って『王女様』を目指してみるわね」
◇ ◇ ◇
孫と会話した翌週、私は突然激しい咳と高熱にうなされた。医師の診断によると、病名は肺炎だ。若ければ決して重くはない病気なのかもしれないが、老体には、止めの一撃となる。
意識が朦朧とする中、私の周辺が慌ただしく動き出し始めた。私は集中治療室に運び込まれ、その外には親族が集まり始めているのが見えた。
──私、いよいよ死ぬんだなぁ……。身体は老いていても、心はこんなにも若いのに……。心の中の言葉なんて、十代の頃から何も変わってないのに……。
私は多くの医療機器が繋がれた状態で天井を見る。そして、酸素マスクの中で人知れず呟いた。
「日向、ごめんね。おばあちゃんは先に別の世界に行って、ずっと憧れていた王女様になってくるね」
しかし、私はそんな自分の言葉を自嘲するように笑みを浮かべると、続けて、若者のように呟いた。
「……ふふっ、そんなわけないか~。死んだら、全部、終わりだよね……」
私はその夜、重度の肺炎で一生を終えた。享年63歳(行年62歳)だった──。
◇ ◇ ◇
「ソフィア様! 起きてください! いつまで寝てるんですかっ!」
その怒鳴り声に、私がゆっくりと目を開けると、視線の先に天幕のようなものが見えた。私はベッドに仰向けに寝ているようだ。しかし、病院のベッドにしては、枕も布団もフカフカで気持ちが良い。
「ソフィア様っ!」
私は首を曲げて、声がする方に視線を移す。すると、中学生の夏服のようなものを着た若い女性が、私を睨んで立っていた。後ろ手にアップでまとめられた髪の毛は茶色で、目は濃い緑色をしている。肌は日本人のような色をしており、とても綺麗な顔立ちだ。
「…………」
「ソフィア様! 聞いてるんですか!? 早く起きないと、布団をめくりますよ!! 今日は国王陛下に謁見する日ですよ!」
──え? 国王陛下?
私は一瞬、肺炎で死なずに命が助かったのかと思ったが、その女性の格好と話している内容から考えて、少なくとも、ここが病院ではないことは分かった。
「……すみません。あなたは天使様? 私、死んだんですよね? ……『ソフィア』って誰ですか?」
私の言葉に、目の前の綺麗な女性の表情が一気に険しくなる。そして、私に向かって強い口調で叫ぶように返した。
「ソフィア様っ!! 今度は何のイタズラですか!? 記憶喪失ごっこですか!? ……まったく、いつもいつも~っ!! 私、もうイヤっ!! 今度は本気で辞めてやるんだからっ!!」
その剣幕に、私はつい肩をすくめてしまう。目の前の女性が顔を真っ赤にして怒っている状況に、私は布団を引っ張るようにして被ると、少しだけ顔を出して謝罪した。
「ごっ……ごめんなさいっ!!」
「……え? ソフィア様が謝った?」
私が謝罪する言葉を聞いて、目の前の女性が目を点にして驚く。一方、状況が全く把握できない私は、その女性に問い掛けた。
「あの……。天使様、私、どうしたらいいのでしょうか? ここは天国なのでしょうか? ……それとも、あなたは鬼のように随分とお怒りのご様子ですから、地獄なのでしょうか?」
「はっ!? 鬼ですって!?」
私の言葉に女性は再び顔を真っ赤にする。そして、足をドスンドスンと鳴らしながら、私に近付くと、私に掛けられた布団を奪うように一気にめくった。
「きゃぁ~っ!!」
「……何を可愛い声出してるんですか。いい加減にしないと、ソフィア様をベッドから引きずり下ろしますよ!!」
私は女性に手を強引に引かれて、上半身をグイッと起こす。すると、目の前には、漫画やアニメで描かれるヨーロッパ中世の宮殿の部屋のような光景が広がっていた。
「えっ……。ここ、どこ……?」
「ソフィア様っ! ここは貴女様の部屋に決まっているではないですか! ライゼンハルト王国第一王女、ソフィア・アルフォンス・ライゼンハルト様の部屋ですよ! 分かりましたかっ!? 記憶喪失のお姫様っ!!」
「……え? 第一王女?」
私は布団を剥がされて露わになった自分の身体を見る。そして、広げた両手をマジマジと見つめた。
──皺のないスベスベの白い肌、遠くまで見える視力……。身体も痛くないし、吐き気も無い。そして、全身にみなぎるパワー。今すぐにでも走りたい。
「ちょ……ちょっと、すみません! えっ~と、そこのあなた! 鏡はどこにありますかっ?」
「ソフィア様っ!! 私は『あなた』じゃありません! アリエッタです! 侍女の名前も忘れたフリですか!? 私は悲しいですっ!!」
……え? この綺麗な人、侍女だったの?
私が彼女の正体に少し驚いていると、アリエッタは文句を言いながらも、姿見の鏡がある場所を人差し指で指し示してくれた。私はベッドからすぐさま飛び降りると、姿見の鏡の前まで走った。
「ソフィア様っ!! はだしはダメですっ! 靴をお履きください! も~っ! はしたない!」
私は悪いとは思いながらも、その言葉を無視したまま、姿見の鏡の前に移動する。
──今すぐ、自分の姿を見たい!!
そして、鏡の前に立った時、その中に映る自分の姿を見て絶句した。
「えっ、うそっ……」
目の前には、サラサラの金髪をなびかせるパジャマ姿の少女が映っていた。
背はあまり高くはないが、全体的にスラっとしていて、とても綺麗な見た目だ。肌は色白で、目の色は濃いワインレッド。しかし、角度によって、虹彩の一部が薄っすらと黄色く光っていた。外見からして、少女の年齢は15歳から17歳ぐらいだ。
そして、前世の私の若い頃と比較すると、めちゃくちゃ美少女だった。私の理想にドストライクだ。
──もしかして、私、異世界転生したんじゃないの!? しかも、すっごい美人の王女様!! やった~~っ!!
私は夢が叶ったことに興奮しながらも、グッと感情を押さえて、確認のために女性に声を掛ける。
「あなた! ……じゃなくて、『アリエッタ』さんでしたね? 私は本当に王女なんですか? これは天国に入る前の余興か何かですか? 私、死んだから、人生を終えた最初のご褒美ですか?」
すると、アリエッタは「死んだ?」と言いながら首を傾げると、私にゆっくり近付いてくる。そして、右手を振りかぶると、「失礼します」と前置きして、私の頭をスパーンと思い切り叩いた。
「いっ、いったいっ!! ちょっと、急に何するんですかっ!!」
「ほら、現実ですよ? ……というか、ソフィア様、言葉遣いがおかしくないですか? 以前はもっと、バカで頭が悪そうな感じでしたが……」
侍女が王女に平気で「バカ」と言うのは、この世界では普通なの?
「あと、『死んだ』とか『ご褒美』とか、何の話でしょうか?」
私はアリエッタのその質問を受けて、言葉に詰まった。ここで、「私、実は別の世界から転生してきました。えへっ」なんて言っても、きっと信じてもらえないだろう。むしろ、さらにバカにされそうだ。
また、昔読んだネット小説によると、ここでいきなり正体を明かしてしまうと、この後、色々とおいしい思いをできなくなる。まずは、王女のフリをして、王宮の生活を体験してみるのが一番だ。
「え、えーっと……。私、死んでしまう夢を見たんです。どうやら意識も混濁しているようで、昨日までの記憶が全く無くて、アリエッタさんのことも全然思い出せなくて……」
「……は?」
アリエッタは冷めた目で私を見つめると、「いつもの演技よね?」と小声で呟きつつ、再び右手を振りかぶって、私の頭を思い切り引っ叩いた。
「いったいっ!! 何するんですかっ!! 私、普通に話してただけですよね!?」
「……ソフィア様。まもなく、国王陛下との謁見の予定が入っております。お召し物を持ってまいりますので、早くお着替えください」
アリエッタは私から視線を外すと、スタスタとクローゼットの前に移動する。
──えっ!? 私の説明を無視!? 私、王女様だよ!? 失礼すぎない!?
私がアリエッタの態度に頭に血がのぼる思いをしていると、アリエッタがドレス……らしきものを持って、私の下に戻ってきた。
「ソフィア様。本日のお召し物でございます」
「…………ぇ?」
「ソフィア様。本日のお召し物でございます!」
「きっ、聞こえてますよっ!!」
そのドレス……らしきものは、どう見ても可愛くない。
……というか、ドレスではなく、どこかの中学校の制服のように見える。
アリエッタは、手に持った服をベッドの端に掛けるようにして順番に並べていく。
上着は藍色をした小さなジャケットだ。男性向けのように大きくはなく、女性の上半身を隠す程度の大きさである。
その隣には白いブラウスが置かれた。おそらく、ジャケットの中に着るのだろう。
そして、下半身はスカートだが、膝上までの短いズボンと一体化していた。つまり、両足をそれぞれ入れて履くタイプのスカート(スカンツ)である。
このドレス、一言で言うなら……、
「酷いデザインのセーラー服」だ!!
「……あの、アリエッタさん。質問させてもらって良いですか?」
「はい」
「私って本当に『王女』なんですか? 今からどこかで、学生の演劇をするとか?」
「え? 先程、『ライゼンハルト王国第一王女』と申し上げたと思いますが……」
「……このダサ……いえ、この服が、この国の『第一王女』が着るドレス?」
「はい。この国の一番丈夫な生地で作り上げたソフィア様専用のドレスですよ。ソフィア様がどんなに暴れても破れません。軽く防水加工もしてあります。……それが、なにか?」
──ウソでしょ~~~っ!? これが王女のドレスなの!?
「もっ……もう一つ質問があります!」
「……なんですか。あと一つだけですよ? さっさと着替えてください。記憶喪失ごっこに付き合うのは、これで最後ですからね」
アリエッタはそう言うと、面倒くさそうに大きな溜息を吐いた。この侍女、王女が相手であるにも関わらず、かなり態度が悪い。私は懸命に怒りを鎮めながら、アリエッタに問い掛けた。
「この国のドレスは、みんな、こんなデザインなのですか? ヒラヒラとか、モワモワとか、そういうのが何もない、こんな単調な服なのですか?」
アリエッタは大きな溜息を吐きつつ、私の質問に答えた。
「そうですが……、ソフィア様はご存じですよね? ただ、先程も申し上げた通り、ソフィア様のドレスは、他のご令嬢のドレスよりも丈夫に作られています。ソフィア様は戦闘系ですからね」
「……セントウケイ?」
「ちなみに、ヒラヒラとか、モワモワって何でしょうか?」
アリエッタの言葉に、私は強い衝撃を受けた。ヒラヒラやモワモワが付いているドレスを知らないとは……。ドレスに対するあまりの認識の違いに、頭がクラクラした。
前世の「異世界転生知識」(ただしネット小説ベース)を前提に考えると、王女と言えば、豪華なドレスと華やかな舞踏会、そして、学園生活でのイケメン達との恋が醍醐味のはずだ。ウキウキ、ワクワク、ドキドキなはずである!
……しかし、この異世界の文化は、とてつもなくショボい。
──これじゃあ、単なる貧乏王女じゃないの! 元の世界の中学生の制服の方が可愛い!!
「なんてことなの……。私、ショックです……。どうして、こんな世界に……」
私がベッドの端にちょこんと座って項垂れていると、アリエッタが私の肩をガシッと掴んだ。
「あのー、ソフィア様。私には、ソフィア様が記憶喪失ごっこで何を目指していたのか良く分かりませんが、『そんなこと』はどうでもいいので早く着替えてください。国王陛下との謁見の時刻が迫っております。謁見に遅れると、私が叱られます」
「『そんなこと』じゃない! 私には重要なことなのっ!」
「……ソフィア様の『そんなこと』は、いつもどうでもいいことじゃないですか」
「分かったわ! 分かったわよっ! 着替えればいいんでしょ!? 着替えてやるわよっ!!」
私はドレス……いや、もの凄くダサいセーラー服を着ると、国王との謁見のために、アリエッタに案内されるがまま、廊下に出た。私はあまりの恥ずかしさに俯いてしまい、前を向いて廊下を歩けない。
──こんなダサイ服を着て廊下を歩くとか、マジで拷問だよ……。日向、おばあちゃんは王女様になったけど、とんでもない世界の王女様になっちゃった……。
私の「異世界キラキラ王女生活(仮)」は、大きな失望と共に幕開けを迎えた──。
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