Hero VS Villain
昼夜問わず多くの声が響き渡る島、ストランド。〈ノヴァ〉と呼ばれる特異能力を持つ超能力者〈ノヴァリスト〉が人口の半分を占めるこの島は、ヴィランと呼ばれるノヴァリストとヒーローと呼ばれるノヴァリストによって、今日も騒がしい夜を迎えた。
ストランド北東部にあるブルアアーク市。高級ブティックが立ち並ぶイリーゼ通りは、二十時を過ぎた今でも明るく照らされている。夏に入って既に一カ月たつ今日も、夜になっても冷えることのない熱気が漂っていた。
「――最近できた駅前のカフェさ、パンケーキが超ふわっふわだったよ」
「マジで! ちょ、明日の昼行こう!」
「いーよー」
「あとさ、今日のディナーなんだけど――」
「っ、危ない!」
交差点から入ってすぐの場所にある〈Le Plume Noire〉から紙袋片手に出てきた女性二人の横を、冷気とともに高速の何かが通りすぎていった。店側に立っていた背の低い女性がブリュネットの女性を引いたことで間一髪衝突は免れたが、腰まである髪の一部が凍り付いてしまった。何かが通った場所には氷のレールらしきものが敷かれており、彼女らが何かが向かった方向を見てみると、地面の上だけでなく空中にもそのレールがつなげて車や街路樹などをうまくよけながら速度を変えることなく進んでいるのが見えた。
「ちょ、あれヴィラン⁉」
「……ぽいよ。HVV準備中だって」
背の低い女性が持つ端末の動画配信アプリでは『【HVV】ついにロビンフッズ捕獲か⁈ 本日三度目の出動です!【Live】』というライブ動画が表示されており、動画内ではComing Soonの文字がぐるぐる回っている。チャット欄もすでに盛り上がっており、最初のチャットの送信時間から、ヴィランが現れてから既に十分ほど経っていることがわかる。
そんな彼女らの上空には、この街の住人にとっては慣れ親しんだ、機体に大きくHVVの文字がある報道ヘリが飛んでいる。中ではカメラマンのアレックスが操作卓を弄りながら街の様子を撮影していた。
『おい、犯人見つけたか!』
「今射程圏内に入ってとこなんで、ちょっと待ってくださいね。秒で合わせますから」
ディレクターのドリューから催促の連絡が止まらない中、アレックスは下で繰り広げられる逃亡劇の犯人を探し出し照準を合わせる。犯人たちはノヴァを使って逃走しているおかげで車よりよっぽど速く移動できるため普通のカメラマンなら追いかけるのも一苦労だが、十年以上この番組のカメラマンを務めてきたアレックスにとっては遅すぎるぐらいだ。しっかり画面の真ん中に犯人が収まるようにカメラを調節し、準備完了の合図を出す。
「カメラオーケー。いつでもいけるぜ」
『よし。二人も準備できてるな』
「いつでもいけます!」
「右に同じく」
アレックスと同じヘリ乗っているリポーターのジャックとミランダも音量調節まで全て完了しており、ミランダの持つハンディカムの通信確認も終えている。これで中継の準備は整った。
『よし。気合い入れろよ、お前ら。中継開始だ!』
ドリューの合図から数秒後、アレックス達が身に着けているヘッドセットから彼らにとっては親の声より聞いたといっても過言ではないほど聞きなじんだテーマ曲が流れ、ついに中継が始まった。
「さあ、今夜も突然始まりました〈Hero VS Villain〉! リポーターは、毎度おなじみ、僕ことジャックと」
「画面外のミランダでーす。今日は撮影担当なので、よろしく」
ミランダの持つハンディカムには、ヘッドセットに手を添えているアレックスと画面の横から出ているミランダの手が降られている様子が映っている。
「本日の放送はこれで三度目ですね」
「そうですね。さて、本日三人目のヴィランは連続強盗犯。風と氷を操るノヴァの二人組、ロビンフッズです! 午前にもお届けしたので、今見てくれている人のほとんどは知っていると思います」
「そんな二人が建てた六つの氷の塔。中には、今回盗んだものを含む約六十点の盗品が入っています」
ミランダが操作卓で放送画面を確認すると、別のヘリが氷の塔を撮っている映像に切り替わっていた。氷の塔は、近くにある高さ一〇六メートルの高層ビル、マリナ・ビルディングとほぼ同じ高さで、映像がズームアップしていくとビルの中で氷の塔を眺める人や、柱の中の宝石や装飾品がくっきりと映し出された。
「高いですね。マリナビルとおなじくらいですよ!」
「そうですね。でも、あのぐらいの氷ならスカーレットの炎で溶かされるんじゃ――」
ミランダがそう言った次の瞬間、画面外でヘリとほぼ同じ高さまで大きな炎があがった。ジャック達がそちらに向くと同時に放送画面の映像も別のカメラに切り替わる。画面中央では背中と両足首に推進用のターボファンエンジンを取り付けた赤い装甲のヒーロー、スカーレットが飛んでいた。左手をヘッドギアの耳のあたりに添えたまま動かないので、オペレーターと連絡を取り合っているようだ。
「テレビの前のSCATの皆さん、〈紅装甲姫〉スカーレットが現れました! しかも、新しい武器を持っています! これは新しい技がみられるのでは⁉」
「午前に持っていなかったということは、最終調節が終わってすぐということでしょうか。いやはや、何が起こるのか楽しみですね」
ジャック達が実況している間にスカーレットは連絡を取り終えたらしく、額に上げていたゴーグルを装着して腰に着けていた一丁の銃型ノヴァトリガーを取り出した。腰に着けた状態で腰から膝ほどまであるので、全長は約四十センチ。両手で構え、旋回しながら全ての氷の柱に向けて次々と撃っていく。しかし、弾は一切出ず発砲音も鳴らない。どうやら普通の銃ではないようだ。
全ての柱に向けて撃ち終わったのか、スカーレットは銃を腰に戻してゴーグルを再び額に上げると、右手をまっすぐ上に上げ、ヘリの中にいるジャック達にも聞こえるほど大きな音でフィンガースナップを鳴らした。すると、全ての氷の柱から炎の渦が上がり、氷は瞬く間に溶けていった。
「スカーレットの〈フレイム・ボルテックス〉! しかも初めての十点同時点火! 相変わらずかっこいい! 銃もかっこいい!」
「発砲音が聞こえなかったので、ただの銃ではないようですね……っと、協会からの情報によると、あれは目標との距離を測るための装備だそうです。今までのように対象に近づいて距離を測ったのでは相手に狙われやすいということで、遠距離から撃つ方向に切り替えたそうです。銃型にしたのは照準を合わせやすいからだそうです」
「胴体はほとんど装甲がないですからね。確かに遠距離から撃つ方が安全ですね」
ミランダが放送部から伝えられた情報を視聴者に伝える。ジャックが情報に補足と感想を入れることで、より視聴者にもわかりやすくなったことだろう。
放送画面内では、スカーレットの技が決まって氷が解けたことにより柱の中にあった盗品が重力に従い次々に地上へと落ちていっている。
「あ、宝石が! あれ落としたら弁償だけで兆超えますよ! 多分!」
慌てるジャックたちの心配をよそに、盗品は風に乗ってやってきた二人組が用意していた大きな布の上に彼らが操る風によって集められ、二人は盗品を傷つけないようにそのままゆっくりと地上に降りて行く。
「あ、スィルフォです! 風の精霊が現れました! 横にいるのはアリエルです!」
布の一端を持つのは、深い緑のローブを身に纏い白いフクロウの半面で目元を覆ったヒーロー、スィルフォ。もう一端を持つのは、黒いミミズクの半面に狩人のような服装のサイドキック、アリエル。二人とも自分たちを浮かせるための風のせいで衣装や黒髪がたなびいている。
「いやあ、やっぱり風霊コンビは手際がいいですね。取りこぼしもないようです」
「ネットの書き込みを見る限り、宝石が落ちてくると下で待っていた人も大勢いたようですね。あの高さから落ちてきた宝石は人体を貫通すると思うので、危険なのでやめてくださいね。まあ、実際に貫通するかは知らないですけど」
ヘリ内に設置している端末でSNSの書き込みを確認していたミランダがそう告げると、『やばい、俺死ぬとこだったわwww』などといった様々な書き込みが次々とSNSに上げられていく。なんでそんなことをするんだと呆れながら、ミランダが操作卓でカメラの映像を確認すると、ロビンフッズが今回の追い込み地点付近にやってきたのが見えた。ドリューもそのことに気付いたらしく、カメラの切り替えの指示の後にミランダ達にも追い込み地点付近に到着の連絡がきた。映像はスィルフォたちが地上に降りる姿から、アレックスが撮影しているロビンフッズの映像に切り替わり、ワイプでミランダのハンディカムの映像が映し出された。
「皆さん、そろそろ犯人が追い詰められてきたようです!」
町中に縦横無尽に氷のレールを敷きながら、ロビンフッズがハイウェイを走る車以上の速さで駆け抜ける。手を突き出してレールを敷き続けている前の男が氷を操るノヴァリスト、その男の後ろで手から勢いよく風を吹き出しているのが風を操るノヴァリストのようだ。
「氷のノヴァリストが摩擦の少ない氷の道を作り、風のノヴァリストが風で推進力を生みだして進んでいるようですね。しかも、皆さんからの情報によれば、脱線しないようにガードまでレールに付けてるらしいですね。市街を抜けて直線路に入ってからはさらにスピードを上げ、今ではこのヘリコプターと同じぐらいの速度で進んでいます。このままいけば、逃げられるかも⁉」
「というわけで、もうすぐ今回の追い込み点に着きます。今回もうまく誘導できたようですね」
ミランダが端末でヒーローたちの現在地を確認して答える。ミランダの声の後に放送画面右下にミランダが確認しているのと同じマップが表示された。ジャックも端末を確認すると、マップでは追い込み地点を表す斜線部はここから北のエルディツ港を示しており、ロビンフッズと出動中のヒーローが点で示されている。
マップに示されている十四名のヒーローの内、先ほど盗品回収に向かった三人を除く十一人がその港に向かって集まっているのが確認できる。ロビンフッズを後方から追いかけるのと横で一定間隔を空けてついて行っている点が一つずつ。後方の点が追い込み役で、横の点がサポーターのようだ。途中で切り替えられそうな道にも一人か二人ずつヒーローが配置されており、戦闘向きのノヴァも装備もないロビンフッズなら必ずその道は避けて通るはずなのでヒーローたちのいる道を除けば最短で港に着くはずだ。
「今日のヒーローはAランクが二人、Bランクが七人、Cランクが二人ですね。このままいけば、後方から追いかける〈ライジングライダー〉ソールも確保しそうですが、途中地点に配置されているヒーローたち捕らえるかもしれない。さあ、捕まえるのは誰でしょうか!」
ジャックがリポートを続ける中、ロビンフッズのはるか後方から超高速で追ってきている点を見つけたミランダはマイクを切り替えて放送部だけに音声を流し、ドリューにヘリの配置を要請した。
「ディー、海側から港を移すようにカメラは何台?」
『今は二台だ。だが、海上にもう一台向かうように伝えている』
「さすが。ジャック、聞こえてるわね」
ミランダがジャックに声をかけると、画面に写らない位置で小さく了解のハンドサインが向けられた。
「さあ、皆さん。ここからラストスパートです! 今日のMVPは一体誰だ!」
ロビンフッズを後方から追いかけているのは金髪にサングラス、黒のライダースーツを着用し、紫のバイクに乗ったヒーロー、ソール。背中には、武器の大きなハンマーを身に着けている。ロビンフッズの傍を滑空する白の甲冑を身にまとったヒーロー、ネヂュブランカは、ロビンフッズが道を逸れようとするたびに石で障害物を作ったり、ソールが走りやすいようにレールを解かしたりしながら並走している。
「ロビンフッズを追い続けるソール。今日はタングニョーストではなくタングリスニで追いかける!」
「追い込み点までに市街地を通るルートだったということで、狭い道でも追いかけられるようにとバイクにしたようですね」
「タングニョーストもかっこいいんですけどねぇ……。あの道幅じゃ、バイクじゃないと詰まりますもんね。そして、横で並走するのは〈純潔騎士〉ネヂュブランカだ!」
「ソールだけでは追い込みだけしかできないので、彼をサポートに出した協会の判断は適切だったようですね」
HVVのライブ配信が始まってから二十分ほどして、ソールとネヂュブランカの執拗な追跡と途中地点に配置されたヒーローによる妨害のおかげで、ロビンフッズを逃がすことなく港の入り口まで追い込んだ。それと同時に放送画面は港に移動したカメラのものに切り替わり、画面奥で小さくロビンフッズの姿をとらえた。そして、そのカメラにはガントリークレーンの上に仁王立ちする少女の後ろ姿も映っていた。
「さあ、ついにロビンフッズが港にやってきました! 港内ではソールの武器では立ち回れないためソールとネヂュブランカの追跡は終了。しかし、ここで現れたのは〈愛の狩人〉キュートボム! さあ、今日も彼女の弓はヴィランのハートを打ち抜くのか!」
ジャックの興奮をよそにミランダが冷静に状況を確認すると、今日のキュートボムは遠距離狙撃用のスコープを身に着けておらず、周囲には何が入っているかわからないコンテナがいくつも並んでいる。エルディツ港は衣服などのゆそうがメインで化学薬品や爆発物はここより西の港で輸送が行われるので爆発が連鎖することはないだろうが、それでも可燃性の物がコンテナに入っている可能性は高く、周囲への被害を最小限に抑えるのであればロビンフッズに当たるギリギリの場所を狙って撃たなければならない。スコープなしで百メートル以上離れた場所からピンポイントを狙うことは難しいだろう。
ミランダは、少し考えればそんなことすぐにわかるのにと少し呆れつつ、技の威力が大きすぎるか狙う位置がずれた場合にロビンフッズが海に飛ばされることを考え、ヒーローの配置を確認すると、先ほどはるか後方にいたはずの点が港のすぐ近くまで来ているのが見えた。これなら大丈夫だろうと安心し、ロビンフッズたちの方に視線を戻した。
ロビンフッズは既に港の中央まで進んでおり、うまく障害物をよけて進んでいるが障害物が多いからか先ほどより速度が少し落ちている。それでも公道を走る車程度の速さではあるので、このまま港から飛び出して海に逃げるつもりなのかもしれない。
ガントリークレーンの上でキュートボムがハート型の赤い鏃の矢を構えているが、車と同じ速さかつ障害物をよけるために左右に動き続ける彼ら対して正確に狙いを定めることは不可能だろう。しかし、彼女はそのようなことは一切気にしていないのかそのままさらに弓を引いて放つ体制に移った。
「〈ラブリーボム〉だ! このまま撃っても大丈夫なのか? とりあえず、さあ、見ている皆さんも一緒に叫びましょう。せーの、『あなたのハートにラブ爆発! 私の愛で、狙い撃ち!』」
キューティーボムが技を放つためのルーティンの動きに合わせてジャックが〈ラブリーボム〉の決め台詞を叫ぶと、鏃のハートが燃えながら矢が放たれた。矢はロビンフッズたちから少し離れた後方に当たり、ミランダの予想よりも大きな爆発が起こった。
「外れたー! しかも、爆風でロビンフッズが海に! このままでは海にたたきつけられるぞ!」
ロビンフッズは爆風で五メートルほど上空に飛ばされており、海に出る直前に爆発を受けたせいで海の上まで飛ばされていた。急に海の上に飛ばされて焦ったのか、ロビンフッズの二人はうまくノヴァを扱えないようで、風で浮くことも氷で着地点を作ることもできないようだ。
「大丈夫です。嫌われ者は、最後をかっさらっていくのでおなじみでしょう?」
放送画面の端から、軍の戦闘服か警察の特殊部隊のような全身黒の装備を身に着けた人が全速力でコンテナの上をかけている姿が現れた。およそ人間が出せるとは思えない速度でコンテナを何個も飛ばして駆けていき、最後のコンテナで勢いよく飛び上がるとロビンフッズの腹に手を回して両肩に抱え、腕からワイヤーを飛ばしてクレーンにかけると遠心力を利用して港まで戻って着地した。
「おっとここで、視聴者が嫌う最後だけをかっさらっていくヒーローが現れました! 〈小さな巨人〉マルテレートだ! 今日も華麗に最後をかっさらっていった!」
ロビンフッズと抱えている本人の体重を合わせると約二〇〇キロ。着地と同時に、マルテレートには建物の五階から落下したのとほぼ同等の衝撃がかかり、着地地点にはひび割れが入りへこみができた。衝撃を抑えるためにマルテレートが着地と同時に膝を曲げると、マルテレートの身長が低いせいで肩に抱えたられた二人は足を地面で強打して悶絶することになったが、そのおかげで逃げる気配もなかったのでさっさとノヴァ制御装置付きの手錠をつけ、マルテレートはその場を去っていった。
「さあ、これで今回の事件はひと段落ですね」
「そうですね」
「さあ、現場の後処理ですが、今回ロビンフッズが敷いたレールは、現在スカーレットが解いて回っています。幸い、〈ラブリーボム〉による物的被害は現在確認されていないので、港の処理は爆発片の回収のみでいいみたいですね」
「スカーレットの方は熱で解かしているだけだそうなので近づいても問題ありませんが、エルディツ港に御用のある方は、現場のヒーローが撤去するまでは近づかないようにしてください」
「では皆さん、また事件の時にお会いしましょう」
「「Ĝis Revido!」」