第十二話 とある使い魔と八時だよ全員集合
蔵王のおっさんの面倒な頼みを聞いて県警本庁舎を出ると、時刻は午後五時を回っていた。
そろそろクーの買い物も終わったかな、と思って駅の方に足を向けたところでポケットの携帯電話が振動する。
『店長、こっちの買い物終わりましたよ。今どこにいます?』
「あー、ちょっと野暮用で県警まで来てた。これから駅前戻るから適当に時間潰しててくれ」
「はーい。駅一階のカフェで四人でお茶してますね。」
「それなら前に連れて行った杜屋に向かっててくれ、今日はクーの歓迎会を兼ねて魚でも食おうや」
「了解です、レオとかライアンくんに連絡は?」
「こっちでやっておくよ」
杜屋は俺の一つ下の後輩が経営する海鮮居酒屋で国分町の歓楽街を入ってすぐの所にあった。雑居ビルの一階をぶち抜いた作りで席はコンクリート剥き出しの土間にテーブルと椅子代わりのビールケースを並べただけの粗末な作りだが、S港から水揚げされたばかりの魚介に加えて俺と店長の杜下の地元である県北の漁師町からも獲れたての海産物を仕入れては客に出す隠れた名店だ。先日実家に帰った際にお袋から「ミツくんお店出したらしいから顔だしてみたら?」と教えられ、既に何度かよし江を連れて通っていた。
歩いて店に向かう途中で杜下に電話を入れると、店暇だから貸切にするんで猫ちゃん連れて来ていいすよ、と言うありがたいお言葉が。持つべきものは優しい後輩だな。
「邪魔するぞー」
「いらっしゃいませー、あ、真一クンおつかれさまっす」
店に入ると前掛けを着けた杜下が元気良く声を掛けてきた。俺の地元ではなぜか仲の良い先輩には下の名前+クン付けで呼ぶ謎の習慣がある。普通クン付けって目下に対してするよね?就職した時は違和感ハンパ無かったよ。
「急に悪いな、貸切にして貰っちゃって。今日は大食いばっかり来るから、少しでも店の売上に貢献させてもらうわ」
杜下とそんな会話を交わしていると、店の引戸が開いて香苗ちゃん絵梨花ちゃんを先頭によし江、クーの四人が入って来た。
「適当に座って始めててくれよ。今から他のみんなも呼ぶからさ。あ、香苗ちゃんと絵梨花ちゃん、今日家族は予定大丈夫そう?」
どうせなら香澄ママや松島会長、白石くんも呼んでみよう。それから特捜局のみんなも呼ぶか。
「お母さんはそろそろお仕事終わると思います。呼んでみますね」
「お爺ちゃんも白石も多分事務所にいるんじゃない?呼べば来るわよ。暇そうにしてたし」
二人はそう言ってお揃いのキッズケータイを取り出すと、それぞれに電話してから指でOKサインを作った。
「亘理も来るって。ちょうどS市に来てたみたい。真一に挨拶したいんだってさ」
「あー、菱山の跡継いだ奴だろ?どんな感じ?」
「クソ真面目でつまんない奴よ。あれで日本最大の組織のトップなんて務まるのかしらね?」
やれやれと言うように首を振る絵梨花ちゃん。
菱山組は俺が首脳陣を追い込んだせいで急速に世代交代したらしい。まあ俺が追い込んだと言うよりは松島会長が菱山のキツめの上納金制度をかなり緩くしたみたいで、先代の直系組長連中は黙って座ってれば毎月ジャブジャブ入って来ていた上納金が無くなった事で旨味がなくなって揃って引退したらしい。
確か菱山を継いだ亘理って男も白石くんと同じ歳だって聞いたな。
「よう、兄弟。暫く顔も見せてくれなかったが、元気だったか?」
「黒川のオジキ、今日はお世話になります」
「失礼します」
噂をすれば、松島会長と白石くん、それから初めて見る四十絡みの男が店に入ってきた。兄弟って、俺に六十過ぎの兄弟はいねえぞ。オジキとか呼ぶんじゃねえ。
「会長、兄弟ってなんだい?俺ヤクザになった覚え無いんだけど」
「こないだ盃交わしただろ?五分の兄弟盃をよ。まあ缶コーヒーだったけど」
「あー、前に事務所行った時に出された缶コーヒーか?確かに最初から封切ってあったから、気でも利かせて開けてから出してくれたのかと思ってたが」
「悪いな、こんな爺いと間接キスで」
「馬鹿野郎、騙し討ちじゃねえか」
年甲斐もなくガッハッハと笑う松島会長を睨め付ける。全く、何が兄弟だよ。組長の松島会長と兄弟だから、その子分からしたら俺が叔父貴って事かよ。
「黒川の叔父貴、初めて知己を得ます。私、菱山の五代目を襲名させていただきました、亘理と申します。これからは白石の兄弟共々、厳しい御指導の程お願い致します」
「そう固くなんなくて良いよ。何かめちゃくちゃ仕事できるビジネスマンみたいだな、亘理くんって」
紺色のスーツに白いワイシャツ、ストライプの控えめなタイ、綺麗に撫で付けられた髪、何処をとってもヤクザ感の無い銀行員みたいな亘理くんは俺の台詞を褒め言葉と受け取ったのか、ぺこりと頭を下げた。
「兄弟、コイツはな、旧帝大出て新卒でヤクザになった根っからの経済ヤクザでよ。先代の菱山じゃ新参だったコイツの組が一番の稼ぎ頭だったらしいぞ?」
「へぇ、天下の菱山の稼ぎ頭って言ったら年商百億じゃ効かねえだろうに。何だってこんな田舎のチンケな組に出入りしてんだろうね」
「チンケな組は余計だが、そりゃ儂だってそう思うわ。まあ、兄弟が菱山潰したおかげで今じゃウチが日本最大の暴力団なんて言われるようになっちまった。責任感じてくれるなら儂の跡継いでくれても良いんだぞ?兄弟さえ良けりゃ絵梨花を嫁にやっても良い」
「勘弁してくれ、俺はしがない喫茶店のマスターだよ」
松島会長の笑えないジョークを聞いて苦笑いを浮かべていると、今度はワイルドブラッド三兄妹と香澄ママ、それから蔵王のおっさんに連れられた特捜局東北支部の面々が入って来た。最後尾にはシロを抱いた桜子ちゃんもいる。
「よお、反社会的組織密接交際者芸人の黒川君、お招きありがとう」
「マスター、今日は呼んでくれて嬉しいです」
「黒川君、孫も一緒で大丈夫じゃったかの?」
「黒川さん、お邪魔しますね」
「マスターさん、いつもシロちゃんの面倒見てくれてありがとう」
蔵王のおっさん、本吉さん、栗原さん、米山さん、桜子ちゃんの順で口々に声をかけられる。
「シン、今日は美味い魚が食えるって言うから期待しているぞ」
「シンくん、お魚楽しみだね〜」
「シン兄ちゃん、チュールより美味しい魚があるなんてホントニャ?」
相変わらず食い物の事ばっかりだな、このネコ科の猛獣どもは。
最後に香澄ママが申し訳無さそうに俺に声をかけた。
「真一さん、いつも香苗がお世話になってます…私の病気を治して貰ったお礼もまだ出来ていないのに、こんなに良くしていただいて…」
「いえいえ、気にしないで下さい。自分が好きでやってる事ですし。今日は騒がしい連中ばっかりですけど、楽しんで行って下さい。この店は俺の地元の海産物も出してるんでお口に合えば良いですが」
「ありがとうございます。ふふっ、真一さんのご実家の海産物、楽しみです」
あー、香澄ママ推せるわあー。
何でこんなに良い匂いするんだろう。風呂上がりかな、ちょっと髪濡れてる感じするし。やべ、じろじろ見過ぎたか?バレてない?
「シンイチお兄ちゃん、お腹減ったから早くご飯にしよう?それからから○りサーカスの続き買ってきたやつも出してね?」
「へいへい」
せっかく香澄ママにバブみを感じておぎゃってたのに、クーの野郎水差しやがって。
まあ、これで全員集合かな。
大河原姉妹と柴田さんがいないのは残念だけど、三人がS市に越してくるのは来週だしな。また歓迎会は開けば良いさ。
「それじゃ全員揃った所で乾杯と行きますか。今日は俺の妹、黒川久美が実家から出てきて俺と一緒にこっちで暮らす事になったからその歓迎会って事で、みんな集まってくれてありがとう。乾杯!」
「「「「かんぱーい」」」」
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