第六話 とある猫ちゃんと秘密の飼い主(後編)
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その日から午前中はYourTubeで猫の自然な動作や鳴き声、可愛らしい仕草を勉強するのが日課になった。俺はいつかワイルドブラッド家を再興する男、いかなる事でも完璧を求めなければならない。
「ありがとニャ、また来てニャ〜」
シンが特捜局の依頼で遠方に旅立ってから、妹のミァが店を切り盛りしている。今も尻尾を揺らしながら常連のご婦人を入り口まで見送っていた。
「お前の動作はあざといが猫になりきれていないな。訓練が足りないのではないか?妹よ」
「何クソみたいな評論してるニャ、そもそもボクは猫じゃなくてライオンニャ。最近あったかくなってきてレオ兄ぃは頭ゆるくなったニャ?」
ふん、努力の足りない妹め。
見ておれよ、兄は立派な猫さんになってみせるからな。
***
クリハラ家の居間、そこが今の俺の仕事場だ。暑い時期の猫さんは涼しい場所を探してゴロゴロすると動画で言っていた。それに倣って縁側の板張りの上でゴロンとお腹を見せて転がるとサクラコはとても喜んでくれた。
「レオくんはふかふかだね〜」
へそ天で転がる俺のたてがみをわしゃわしゃするサクラコは、そのまま俺の首元の毛に顔を埋めて眠ってしまう。
こうなると俺は動く訳にもいかず、一緒にお昼寝タイムだ。すうすう寝息を立てて眠るサクラコを見ていると、燃え盛る祖国から着の身着のまま逃げ出した十年前のミァを思い出した。
まだ十五で成人したばかりの俺と、十二歳のライアン、四歳のミァ。今思えば良く出来た弟妹たちだった。世間も知らない子供が三人で生きていくのは簡単な事では無く、それこそ泥水を啜るような生活もしたが、兄妹三人で力を合わせて何とかやって来れた。だがあくまで「やってこれた」だけだ。人並みに親に甘える事も、無邪気に笑う事もしなかった当時のミァを、サクラコに重ねていた。
ミァはシンと会った頃から徐々に笑うようになっていった。兄としてミァを笑わせてやれなかった後悔をサクラコで代わりに埋めようとしているのだろうか。
いや、俺の思いなどどうでも良い話だな。
今の俺は可愛い子猫さんで可愛がってくれるサクラコがいる。それで良い。
「にゃー、にゃー」
声帯を窄めて甲高い鳴き声を出す事もマスター済みだ。
「あれ、レオくんお腹空いたのかなあ?お爺ちゃんチュールあげたいっ、チュール持ってきて!」
「はいはい、レオくんのおやつ一杯買ってあるからねえ、お爺ちゃんと一緒にあげようねぇ」
細長い容器から絞り出された鰹風味のペーストを舌で舐め取る。俺たちワイルドブラッド三兄妹が拠点にしていたフェアフィールドの街は中央大陸北部の内陸にあり、海の魚を食べる機会の殆ど無かった俺はこちらの世界での生活の中でチュールが大好物になっていた。
しかもミァが買っておいた買い置きを盗んでコソコソ食べるのとは違う。にゃんと一声鳴けばいくらでも食べ放題。この生活悪くない。
その日も日が暮れるまでサクラコの相手をしてから帰り際に明日も頼むよと言われ、クリハラからチュールを二箱受け取った。
***
事件はクリハラの家に日参するようになって四日目に起きた。いつもなら十四時には顔を見せるサクラコがその日は夕方になっても来なかったのだ。
「もしもし、楓さんか?桜子ちゃん今日ウチにくるって言っとったかね?」
「お義父さん、桜子なら昼過ぎにはそちらにお伺いするって家を出ましたが…」
「いや、こっちには来とらんのでな、何かあったかと心配になって電話したんじゃが」
二言三言会話して電話を切ったクリハラの顔面は蒼白になっていた。
「桜子ちゃんの行方がわからなくなってるようじゃ…」
今の時刻は午後六時、昼過ぎに自宅を出たのならゆうに五時間は経過している。事故ならば何らかの連絡が入るはずだろうし、誘拐なら犯人からの連絡が来ていてもおかしくはない時間だ。
「サクラコの匂いなら追える。俺が探してこよう。チュールの追加でも用意しておくんだな」
サクラコが昨日使っていた座布団の匂いを嗅いでからクリハラ家を出た。人間の姿だった為、少々変態的な見栄えだったが、今は非常時だ。気にする事は無い。クリハラが不審な目を向けていたが気のせいだろう。
クリハラ家がある泉区郊外のニュータウンから桜子の家のある泉中央駅の方向に向かって歩く。駅からニュータウン入り口までは市営バスが往復しており、四十分ほど掛けてルートを周回する。サクラコの家からクリハラ家まではバスで数分、徒歩で十五分程、子供の足でも歩ける距離ではある。
バス停付近にはサクラコの匂いは無い、と言う事はバスには乗っていないのだろう。
匂いを辿って行くと泉中央駅からほど近いサッカースタジアム横にある倉庫街に着いた。どうやら倉庫の裏手にいるようだ。
「サクラコ、お爺さんが心配しているぞ」
背後から声を掛けると、サクラコはビクりと身体を震わせてこちらを振り返った。彼女の足元には牛乳のパックと紙皿、それと真っ白い猫らしき生き物が弱々しく牛乳を舐めていた。
「レオくん…」
「気づいていたのか?」
項垂れるように首を縦に振るサクラコ。今俺は人間の姿だが、どうやらサクラコは可愛い猫さんのレオくんと俺が同じ存在だと看破していたらしい。
「お爺ちゃんとレオくんが話してるのとか、お風呂場でライオンさんに変身するところ見ちゃったから…」
「そうか、なんだか騙していたようですまないな…」
「ううん、いいの。レオくんは猫さんじゃなかったけど可愛いし…でもいつまでも猫さんのふりさせるのも悪いかなって思ってた」
なんて良く出来た五歳児なんだ。
「それにしても珍しいな、神王虎の幼体が人に懐くとは…」
サクラコの足元で牛乳を舐める白い猫らしき生き物、猫に見えるが歴とした魔獣、いや神獣か。神域の守護者として一部の地方では神の使いと崇められている。勿論こちらの世界にいていい存在では無い。
「サクラコ、その子はどうした?」
「泣いている声が聞こえて、呼ばれてるみたいな気がしたの。それで声のする方に歩いてきたらこの子がいて…」
どうやらサクラコには魔獣遣いの素養があるようだ。飢えた神王虎が助けを求める声に反応したんだろう。無意識かもしれないが、彼女と神王虎の幼体の間には微かだが魔力のパスも通っているように見える。
「サクラコ、それは猫じゃない。魔獣に類する生き物だ。守護する神域の無いこの世界では人を襲う事も無いだろうが、人間が飼育できるような存在ではない」
「やめて!レオくん、お願いだからシロちゃんを殺さないで!」
涙ながらに俺から神王虎を守ろうと立ち塞がるサクラコ。
「大丈夫、そんな真似はしない。その子は俺が預かろう。君とその子の間には微かだがしっかりとした繋がりが出来ている。俺たちは獣魔契約魔法と呼んでいるが、サクラコがその力を使いこなせるようになるまではウチの店で面倒を見よう」
「ホント?うちで飼いたかったけど、お母さんが猫アレルギーだから…」
「任せておけ。それとサクラコの獣魔契約魔法の訓練もしなければいけないな、時間がある時は店に来るといい。泉中央駅の近くのカフェリトルウィッチと言う喫茶店だ」
喜ぶサクラコを肩に乗せ、神王虎の幼体のシロを片手に抱いてサクラコの自宅へと向かう。
その後、無事に自宅に送り届けた事をクリハラに伝えて俺は帰路についた。これで俺の割のいいバイトも終わりかと思うと少し寂しかった。
***
翌日からカフェリトルウィッチに、真っ白い体に薄いグレーの虎縞模様の看板猫が一匹増える事になった。サクラコも毎日カフェリトルウィッチに通うとの事だ。
毎日手土産のチュールを持って店にやってくるサクラコをミァもよし江も歓迎してくれた。よし江からは「レオの彼女?ロリコンも大概にしないと駆除されるわよ?」と余計な一声を頂いたので、腹いせに奴の隠している犬用チュールを全て食ってやった。
「レオくん、シロちゃん、今日もきたよ〜」
入り口のドアベルが軽快な音を立て、サクラコの声が店内に響き渡る。
どうやら俺とサクラコの夏休みはまだ始まったばかりのようだ。
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