第五話 とある猫ちゃんと秘密の飼い主(前編)
本日まで休暇だったので、一日二回更新でしたが、
明日から仕事始まるので一日一話更新に戻ります。
ストックありませんが、まだ行ける。がんばる。
シンが特捜局の依頼で遠方に旅立ってから三日が過ぎた。その間も俺たちは変わらずに魔獣の討伐に勤しんでいたが、エリカとカナエは日に日に不機嫌になっていった。
「こう弱い魔獣ばっかりじゃつまらないわ」
「頻繁に旅行ができるのは嬉しいんですけど、お兄さんがいないと楽しさも半減ですね…」
なんて贅沢な奴らなんだ。
俺は護衛として雇われているのに、魔獣が現れた途端に二人が一瞬で倒してしまうから、先日のワイバーンに鉄球を投げつけたのが最初で最後の仕事だった。魔獣が現れたら着いて行って、特に戦闘に参加する事もなく、旅行気分で美味しいご飯を食べて帰ってくるだけ。これでは俺はダメになってしまう!
「俺は獣の王ワイルドブラッド家の長男、戦いの中でしか生きられない悲しき運命を背負った男!」
「こらっ!レオうるさいわよ」
「にゃーん…」
***
俺の一日は一杯のコーヒーから始まる。
向こうの世界にもコーヒーはあったとシンから聞いた事があるが、遠い南方の国でしか栽培されておらず俺たちが住んでいたフェアフィールドの街まで入荷される事も無かった。
こちらの世界に来て初めて飲んだコーヒーは衝撃的だった。こんなに美味いものを知らずに生きて来たのかと思うと人生損していたと思う。
シンがいれば開店前の店の準備がてらに淹れてくれる、居ない時はシンに比べたら数段落ちるがよし江が淹れてくれたコーヒーをカウンターに座って飲むのが日課になっていた。
出動要請が無ければ、そのまま午前中はカウンターに座ったまま読書をして過ごす。この世界は情報で溢れていた。本来なら秘匿され師から弟子へ、または親から子へ伝えられていく専門的な知識が記されている書物が子供の小遣い程度の金額で買えるのだ。更に俺を驚かせたのは雪のように真っ白い上質な紙と、全て同じ規格で精緻に記された文字だった。一度シンにこれは魔法で作っているのか?と質問したら笑われた。
この生活を始めて二ヵ月が経った今ならわかるが、この世界では全ての事に人の手がかからないように計算され尽くしているように思える。機械化、自動化、そのうち自分で考えて自分で行動する家具や道具が現れるんじゃないかとさえ思う。魔法が無いから技術が発達した世界は、俺にとっては魔法の世界そのものだった。
おやつにミァの買っておいたチュールを失敬して食べ、昼は店の賄いで済ませる。バレたら命の取り合いになるので細心の注意を払う。午後は大抵特捜局で訓練だ。ヨネヤマやモトヨシ、クリハラと魔法について会話し、模擬戦に付き合う。欠伸の出るような毎日だったがそれなりに充実していた。
そんなある日、特捜局の捜査員のクリハラが帰り支度をしていた俺に声を掛けた。
「レオンハルト君、ちょっと良いですかな?」
クリハラは七十歳近い老爺だったが、結界系魔法を得意としている手練れの魔法使いだった。身体強化もそれなりに使え、同じぐらいの年代の男性に比べたら皺も少なく若々しい見た目をしている。
「良ければ今日の帰りに家に寄って行ってもらえんだろうか…」
歯切れ悪くクリハラが言う。
クリハラはS市郊外の古い一軒家に一人で暮らしているらしい。十年程前に連れ合いを病で亡くしてからは一人暮らしだが、折に触れて息子や孫が様子を見に来てくれるのだと嬉しそうに言っていたのを覚えている。
「構わないが、どうした?」
「まあ、大した事でも無いんじゃが…孫娘に猫を見せると約束してしまったもんで…」
猫………俺か?!
「息子夫婦は猫アレルギーでねえ…猫が飼いたいって孫娘が泣くもんだから、ついつい孫に良いところを見せようとして、お爺ちゃんの家には大きい猫さんがいるよって…」
「言ってしまった訳か…」
「面目無いですな…本当に猫を飼えれば良かったんじゃが、こんな商売しとると世話も満足に出来んでの…」
話はわからんでも無いが、この爺さん頭大丈夫か?いくら何でも俺の獣形態は尻尾まで合わせたら体長二メートル近い、普通のライオンより一回りデカいんだぞ。猫さんって言い張るには無理があると思うんだが…
結局クリハラの懇願に負け、お得用チュール二箱で手を打った。クリハラの家に行くと風呂場を借り、脱衣所で全裸になってから獣形態へ姿を変える。普段は上だけ脱いでズボンは履いたまま変身するのだが、今日の俺は可愛い猫ちゃんだ。服を着た猫もいるらしいが、あくまで服なんてものは飼い主に買い与えられて初めて着る物、最初から服を着た猫など有り得ない。俺はプロフェッショナルだ、依頼された仕事は完璧にこなさなければならない。
獣形態になると四つん這いで居間の方に向かう。獣形態と言っても獣人種は二足歩行、慣れないハイハイ歩きで膝が廊下の床に擦れて痛い。
「にゃーん」
まだクリハラの孫は来ていないが、居間で待つクリハラに渾身の鳴き声を披露してやった。どうだ、可愛いだろう?
居間のテーブルの横で丸くなる俺を見てクリハラが顔色を失った。やっぱり無理があるとかブツブツ言っていたが、そんな事は知らん。俺は依頼されたクエストを完璧にこなすだけだ。
「お爺ちゃん、来たよ〜」
ガラガラと言う玄関の引き戸が開く音が聞こえ、五歳くらいの小さい女の子が居間に飛び込んできた。
「わっ、本当に大きな猫さんだ!お爺ちゃんありがとう!」
恐る恐る近寄って来て背中を撫でようとしている。大丈夫、噛まないよ。
「良く来たね桜子ちゃん、この猫さんがレオくんだよ。ご挨拶できるかなー?」
「レオくんこんにちは。撫でても大丈夫?」
「ああ大丈夫だ」
しまった、ついつい返事をしてしまった。クリハラも「やっべ」みたいな顔をしている。
「猫さん喋った……?」
「気のせいじゃよ?」
突然のハプニングに対処出来ないようではA級冒険者は務まらない。俺はゴロンと転がってお腹を見せ、撫でてオーラを全開にした。
「にゃあ〜」
俺の最高の演技に、堪らずクリハラの孫は俺のお腹を撫で始めた。あ、そこ気持ちいい。いくら獣形態とは言え、全裸で転がって腹を見せながら五歳児に撫でられていると新しい扉が開きそうになる。これは任務だ、報酬の発生するミッションなんだ、俺は負けないぞ。
クリハラの孫は一頻り俺を撫で回すと、名残惜しそうに帰って行った。
「お爺ちゃん、また明日も来るね。レオくんまたね〜」
「おうおう、いつでもおいで。待っとるよ」
明日も…だと?
結局クリハラに頼み込まれ、暫くクリハラ家の飼い猫レオくんを演じる事になってしまった。たまにしか遊びに来ない孫が毎日来てくれると言うのだ、それはクリハラも必死になるだろう。
こうして俺は暫くの間、午後の訓練を休んでクリハラ家に入り浸るようになった。これから記すのは、俺とクリハラサクラコとの短い夏休みの物語だ。
本日も閲覧ありがとうございました。
 




