第一話 とある使い魔と双子のやべーやつ(前編)
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「んじゃ今日から魔法の訓練をしてもらう訳だが…って、なんでおっさんも訓練受ける側にいるんだ?」
俺の前には高校の体操服に着替えた大河原姉妹と、何故かジャージ姿の蔵王のおっさんが立っていた。まあ、何となく理由はわかるけどさ。
「俺は愛する日本と自分の社会的な立場を守るためにも強くならなくちゃいけないんだ。わかってくれるよな、黒川君」
「まあ、俺も香苗ちゃんと絵梨花ちゃんが俺より強かったらって考えたら冷汗止まらなくなるし、状況は理解してるつもりだけどさ、美鈴ちゃんと鈴音ちゃんはもう十七歳で結婚できる歳だし、人間諦めも大事だと思うんだよね」
「諦めたら試合終了なんだよ!試合ならまだ良いよ、俺は諦めたら即人生終了するんだって!」
悲壮感漂ってますな。
蔵王のおっさんは置いといて、今は大河原姉妹の実力を知りたい。
「んじゃ早速で悪いけど、二人がどれだけ出来るのかが知りたい。ちょっと蔵王のおっさんと模擬戦してもらって良いか?ああ、勿論本気でやってくれよ」
「パパと思いっきり戦うなんて久しぶりね、試合にアクシデントは付き物だし、ポロリもあるわよね?」
「…大丈夫だよパパ、痛くしないから。とっても気持ちいいから…」
「よーし、お前らが勝ったら蔵王のおっさん好きにして良いぞ。その場で剥くなりお持ち帰りするなりご自由にどうぞ、だ。」
俺の言葉に目の色を変える大河原姉妹と、肉食獣を前にしたウサギのようにプルプル震える蔵王のおっさん。
ま、心配すんな。元々同じくらいの実力だったのかも知れないが、魔法を理論的に理解した今の蔵王のおっさんなら負ける事はないだろ。香苗ちゃんや絵梨花ちゃん、ワイルドブラッド兄弟が強すぎて実感湧かないかも知れないが、東北支部の捜査員は全員以前と比べ物にならないくらいに強くなってるよ。
「んじゃ初めてくれ。ほれ蔵王のおっさんも良い加減観念しろって」
俺の言葉を合図に大河原姉妹が魔力を練り始めた。確かに無駄は多いが初めて会った頃の蔵王のおっさんよりは筋が良い。
「「いくよパパ!」」
前に突き出した美鈴の手の前方にバスケットボール大の炎の球が生成された。弾かれた様に球状の炎が蔵王のおっさんに襲い掛かる。
鈴音の方は体の周りに直径十センチ程の氷の塊を無数に作り出している。上に伸ばした手を蔵王のおっさんに向けて振り下ろすと、鈴音を覆うように浮かんでいた氷が一斉に蔵王のおっさんに向かって飛んだ。
流石東京支部のエースと言ったところか、二人とも属性の発現は出来るみたいだな。とは言え今のままじゃ燃費も悪いし、火の玉、氷の塊を相手にぶつける以上の効果も無い。
蔵王のおっさんも、あれ?遅くね?これなら食らっても大してダメージ受けないんじゃね?って考えてるような顔してるもん。
案の定、美鈴の火魔法と鈴音の氷魔法は蔵王のおっさんが展開した魔法障壁によって一瞬で掻き消された。
「なっ、なんで?!」
「…嘘」
驚いた大河原姉妹に向かって身体強化魔法を使った蔵王のおっさんが飛び掛かる。多分二人には蔵王のおっさんの動きは見えて無かっただろうな。成す術なく背後に回り込まれ、首筋に手刀一発で意識を刈り取られた。
「驚いたな、まさか自分がこれほど強くなっているとは…」
「言っとくが、香苗ちゃんと絵梨花ちゃんどころか、それじゃミァにだって勝てないからな。期間も余り無い事だしビッシビシ行くから死ぬなよ」
気絶している大河原姉妹を起こすと、訓練場の奥に吊るされたサンドバッグの前に移動する。
「蔵王のおっさんは身体強化メインの格闘戦に特化したスタイルだから、先月出たワイバーンとかその前の熊とか、デカい敵に対して火力不足なんだよ。だからって後十日かそこらで高威力の戦略級魔法を覚えるのも無理がある。なら元々使える身体強化魔法の威力を上げるしかないよな」
「魔力の流れを感知出来るようになって、それなりに精度は上がっていると思うが、そんなに変わるものか?」
「まあ見てなって」
深く腰を落として右手を引く。
右足で地面を蹴って発生する力を膝と腰の捻りで上半身に伝え、広背筋を発射台にして右拳を撃ち出す。その全ての伝達動作に魔力を纏わせ、筋繊維の上を魔力が満遍なく通り抜けるイメージで右拳まで到達させる。後はインパクトの瞬間に体内を通って増幅された魔力を解放するだけだ。
パァン
傍目から見れば何の変哲も無い中段正拳突きだが、甲高い破裂音を立ててサンドバッグの下半分が消失した。
「これが俺のオリジナル身体強化魔法だ。おっさんには今回の訓練期間でコイツをマスターしてもらう」
「無茶苦茶な威力だな…サンドバッグを破るくらいなら俺でも出来るが、跡形も無く消すって…」
「パパばっかりずるーい!それ使えたらパパの服だけ消し去ったり出来ないかなあ?」
「…むぅ…パパがこれ以上強くなると力づくで手篭めに出来ない…」
悔しがる大河原姉妹を宥めつつ、今後の育成方針を伝えてこの日の訓練は終了した。
大きく手を振って別れを告げる美鈴と、ペコリと頭を下げる鈴音を見送ってから、俺と蔵王のおっさんは有楽町に移動した。晩飯がてら軽く飲んでから宿に戻ろうと言う蔵王のおっさんの提案を受けての事だ。
月曜日の夕方だけあって駅には人が溢れていたが駅前の居酒屋は適度に空いていた。
「訓練初日おつかれさん。乾杯」
それぞれビールを注文し、運ばれて来てすぐに口をつける。労働の後のビールは最高だね。
「それにしても無茶苦茶な姉妹だったな、パパって呼ばれてたけど、蔵王のおっさん独身だったよな?なんでパパ?」
「あー、アイツらがガキの頃に暫く一緒に暮らしてた事があってな、その頃の名残だよ。全く妙な懐かれ方をしたもんだ」
懐いてるってレベルじゃないよね、完全に性的な目でおっさんの事見てたし。
「美鈴は今じゃ元気一杯どころか元気が空回りしてるように見えるけど、昔は全然喋らなかったし、鈴音は大して変わらないけど、二人とも壁があるっつーか、二人だけの世界で生きてるようなガキどもだったっけな」
ビールのジョッキを傾けながら染み染み語る蔵王のおっさん。
「アイツらの親父ってのが俺が警官になった時の先輩でな。色んな事を教わったもんだぜ、悪い事から楽しい事まで。俺に兄弟はいないが、兄貴がいたらこんな感じなのかなって何度も思ったもんさ」
空になったジョッキを振って店員を呼び、追加の注文を済ませた蔵王のおっさんの目付きが変わる。だいたいこんな目付きをする奴は過去に大きな後悔を抱えているもんだ。
蔵王のおっさんの心の奥底から絞り出すような独白、それは予想通りと言えば予想通りであり、まだ高校生の大河原姉妹が捜査員になるきっかけになった出来事だった。
「アイツらの親父はさ、怪異に殺されたんだ。一足遅く現場に駆け付けた俺が見たのは、ビルの影に溶ける様に消えていった男の横顔と、人の形を留めないくらいに食い荒らされた先輩だったモノだけだ…」
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