プロローグ とある喫茶店店主と特捜局の人々
第四章スタートです。
県警本部の狭い会議室、俺と並んで座る蔵王のおっさんの向かい側にテレビで良く見る顔が座っていた。
日本国内閣総理大臣、大郷慎太郎。確か六十代前半くらいだったと思うけど、こうして生で見ると若々しいよなあ。
「蔵王君それと黒川君だったか、楽にしてくれないか。こちらから急に押し掛けてしまったのだからそう恐縮されると些か話し辛いのでね。」
大郷総理はテレビの国会中継で野党と侃侃諤諤やってるイメージがあったけど、案外話し易い感じだな。背筋も伸びてシュッとしてるし、政治家特有の嫌らしさのようなものが無い。
「わかりました。それで総理、今回の来訪の目的は…」
「なに、蔵王君が話があるならM県まで来いと言うから来たまでだ。先日の会談はリモートだったが、やはりこう言う話は直接当事者の顔を見てしたいものでね」
蔵王のおっさんが冷汗を垂らしてる。どうせ東京の大臣連中から毎日かかってくる電話を回避したくて啖呵切ったんだろうけど、大郷総理の方が一枚上手だったみたいだな。
「本題に入ろう。まず大前提として我々日本政府は黒川君の要求を全面的に飲む。その上で聞いてほしい。」
まあ当然だよな。
あの要求が飲めないようなら何一つ協力する気になんぞならんわ。
「こちらからの要望は一つ、魔法少女の二人に匹敵する、いや彼女たちを超える捜査員を用意して欲しい。善意の第三者が最高戦力を保有していると言う状況は余り良くないのでね、特捜局所属の捜査員から一人か二人でいいので彼女たちに勝てる人員を育てたいのだよ」
あー、そう来たか。
そりゃそうだよね、香苗ちゃんと絵梨花ちゃんが暴走した時の抑止力は欲しいわな。でもなー、厳しいだろうなあ。言っちゃ悪いがあの二人は特別製だよ、才能の塊みたいなとこあるし、ぶっちゃけ向こうの世界に召喚されたのが俺じゃなくてあの二人だったら邪神封じるまでに五年もかからなかったと思うよ。
「無理、かな。あの二人より才能があるような人材が特捜局にいるとは思えないし、魔力なんてもんはガキの頃から鍛えて増やしてくもんだ。特捜局で用意した人材を鍛えてる間にもあの二人は更に強くなっていくだろうね」
「そうか…新たな人材を募る程には我々には時間的な猶予は無くてな…今いる捜査員では見込みはないだろうか?」
「そうだな、蔵王のおっさんクラスがあと二人居れば勝てないまでも互角にやり合えるくらいには出来ると思うけど、伸び代次第だから出来なくても文句言うなよ」
「だ、そうだ。蔵王君、人選はお任せしても良いかね?」
苦虫を噛み潰したような顔で天井を見上げる蔵王のおっさん。何だ?何と戦って葛藤してるんだ?
「出来るだけ若くて俺と同じ程度の力量…やっぱりアイツらしか居ないよなあ…嫌だなあ、また抜け毛の量が増えるよ。カツラ代とか植毛代って特捜局の経費で落ちるかな。つーか仕事のストレスで禿げたら労災認定してくれねーかな?だって失った毛根はもう帰ってこないんだよ?殺人と一緒じゃん。過労死で労災申請したら会社からどんだけ取れるんだっけ?これ以上禿げたら同じ額請求してやるからな覚えとけよ」
やべえ、蔵王のおっさんがぶっ壊れた。
「おっさん、蔵王のおっさん、大丈夫か?」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…」
「おい禿げ」
「禿げてねーよ!これはちょっと額が自己主張強すぎなだけで…」
おかえりおっさん。
どんだけ嫌なんだよ、どんな人員がくるのか不安になってきたな…
「蔵王君大丈夫かね?」
「はい、申し訳ありません。取り乱しました。若くして私と同程度の実力を持った捜査員と言うリクエストであれば、東京本部のエース、大河原姉妹が適任でしょう。人格的には問題大有りですが…」
「わ、わかった。任せよう…」
がっくりと肩を落として項垂れたおっさんに心配そうな視線を投げかけつつ会議室を後にした大郷総理を見送ってから、俺は蔵王のおっさんに声をかけた。
「あのさ、頼むからヤバい人材連れて来ないでね…?」
出来るだけマトモな人だったら良いな。
そんな俺の微かな願いは、悪い意味でしっかりと裏切られた。フラグって大事だね。
***
大郷総理との会談から一週間後の七月某日、俺と蔵王のおっさんは東京桜田門の警視庁にいた。新幹線に乗ったあたりから顔色が悪かった蔵王のおっさんは地下鉄に乗り換え、桜田門駅に着く頃には白を通り越してドス黒いアンデッドの様な顔色になっている。
「特捜局の蔵王だ。元怪異対策室東京支部第二課長の柴田に取り次ぎを頼みたい」
「承知致しました。そちらの椅子にお掛けになってお待ち下さい」
受付で来意を告げた蔵王のおっさんと連れ立ってロビーのベンチに座っていると、庁舎内から場違いな制服を着た女子高生が二人、蔵王のおっさんに向かって走って来て飛びついた。
どちらもとんでもない美少女、と言うか同じ顔だ。双子かな?
「パパっ!会いたかったよぉ。やっと美鈴の事お嫁さんにしてくれるのね!」
「パパ…鈴音と子作りしよ…?」
おおう…かなりキャラ濃いな。胃もたれしそう。もしかしなくてもこの二人が蔵王のおっさんが言ってた大河原姉妹かな。勘弁してくれよ…
「あー黒川君、コイツらが今回の訓練に参加する大河原姉妹だ。サイドテールを左で纏めているのが姉の美鈴で、右が妹の鈴音、まあ見たらわかると思うけどだいぶ頭がおかしいから、コイツらの言う事はあんまり真に受けなくていいからな」
「貴方が訓練担当教官の黒川真一ね、アタシは大河原美鈴、将来の夢はパパのお嫁さんになる事だからアタシに惚れても無駄よ?」
「大河原鈴音です…多分来週にはパパの子供を妊娠するから捜査員辞めます。だから訓練は不要です…」
あ、これダメだ。
人の話聞かない奴らだ。
「おっさん、俺帰るわ。二人と幸せな家庭を築いてくれよ」
「まって、やめて、置いて行かないで!ホントに泣くからな!東京のど真ん中で四十過ぎた立派な大人が恥も外聞もなく泣き喚くんだぞ!可哀想だとは思わないか?思うなら置いていくとか冗談でも言っちゃダメだ!優しさって大事だぞ、おじさんに優しさを、さあ!」
「さあ!じゃねーよ」
大河原姉妹はおっさんの両腕を左右からしっかり抱きしめてホールド中。なんか何処かで見た事ある構図だよ、確かにこの二人ならいろんな意味で香苗ちゃんと絵梨花ちゃんに対抗出来るだろうな。でもこの二人を強くしたら蔵王のおっさんの人生終わっちゃうんじゃないか?
見捨てるのも忍びないし、もう少し様子を見てみるか。そう思って俺は二人の女子高生に引き摺られていく蔵王のおっさんを追って、警視庁の本庁舎の中へ足を踏み入れた。
本日も閲覧ありがとうございました。
 




