第十話 とある使い魔の熊退治ダイジェスト
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「よーし、テント張るぞー」
マーダーグリズリーの討伐を終えた俺たちはキャンプ場の中央付近に陣取って荷物を広げていた。GW初日だけあってキャンプ場は混雑していたが、留守番兼場所取りをよし江が半ば強制的に頑張ってくれたのでいい場所が確保出来た。
熊退治?二分もかからなかったよ?
むしろ探してから熊のいる山の中腹まで行く方が大変だったね。香苗ちゃんと絵梨花ちゃんはずっとピクニック気分で楽しそうだったけど。
マーダーグリズリーは米山さんが探知魔法で探してくれた。情報分析官兼電話番の米山さんは日本一の探知魔法の使い手らしく、東北地方全域を一人で監視している。各市町村に一つずつ埋めた独鈷と呼ばれる法具を中継機にして魔力反応を拾っているらしい。本人だけでもS市内くらいならカバーできるって言ってたけど、そこまで広範囲の魔力探知は俺でも厳しいわ。
で、キャンプ場に着いてすぐに米山さんの網にかかった哀れな熊さんは、身体強化を施した絵梨花ちゃんの蹴りを食らって転倒した所を香苗ちゃんの水魔法、高水圧レーザーで心臓を撃ち抜かれて黒い霧に変わった。南無。
ここ鬼瘤山キャンプ場は鬼瘤山の南東側の麓に位置しており、鬼瘤山を挟んだ反対側、山の北西側斜面に鬼瘤スキー場がある。現在は春で雪もなく広大な野っ原が広がっているだけだが、件の熊さんはそちら側の山中におり、探知五分、移動一時間、討伐二分の行程となった。
はい、ダイジェスト終了。
ここからは楽しい楽しいキャンプの時間だ。
「わふん、店長撫で撫でして欲しいわん…」
場所取りに敷いて行ったレジャーシートの上で爆睡していたよし江が近寄って来て、胡座をかいた俺の膝の上に頭を載せる。
「おまっ、よし江…」
完全に寝惚けているよし江は人間の姿のままだ。はたから見れば膝枕されながら撫で撫でをせがんでいるようにしか見えない。
「よし江さん、流石にそれはギルティですね」
「そうだニャ、よし江ばっかりズルいニャ」
「さあ、あっちでフリスビーで遊ぶわよ、勿論犬役はよし江ね」
額に青筋を浮かべた三人によし江は引き摺られて行った。その後くたくたになったよし江が解放されたのはすっかり日も暮れた後の事だった。
***
大人数でのキャンプ飯と言えばバーベキュー、異論は認める。が、基本ぼっちの俺のボキャブラリーでは大人数と言えばバーベキューなのだ。
何より肉を好むライオン兄弟は一心不乱に焼けた端から肉を口に詰め込んでいた。
「牛なんてどれも一緒だと思っていたが、何でこっちの世界の牛肉はこんなに美味いんだろうな。この肉に比べたら向こうで食ってたグレートホーンのステーキなんてゴムサンダルの靴底みたいなもんだぞ」
「本当だね〜。僕もう向こうの世界には戻りたくないよ〜」
戻りたくないって言ってますけど、実は戻せないんですよね。だってゲート関係の魔法研究してないもん。下手に向こうと繋いでキチ第三王女にバレたらえらいことになるし。そのうちホームシックで泣き出したら考えるわ。
しかし食うなコイツら、俺が食う肉無くなるじゃねえか。香苗ちゃん絵梨花ちゃんの魔法少女コンビとミァもちゃんと食べてるかな?よしよし仲良く食べてるな。それにしても一番驚いたのはよし江と米山さんが妙に仲良くなってる事だな、最初は「何で私以外に大人の女がいるんですか」とか言って怒ってたくせに、なんか馬があったみたいで今では二人で楽しそうに肉を焼きながら酒を飲んでいる。はっきりとは聞こえないが、太腿の硬さが…とか、胸板が…とか言ってる。あんまり関わり合いにならんようにしとこ。
俺ばっかり焼いてるのも癪に触るからビールを開けて肉を口に放り込んだところで、俺の隣に蔵王のおっさんがやってきた。
「飲んでるか?黒川君」
「ああ、何か悪いね。酒から肉から買って貰ってさ」
「気にするなどうせ経費だ。あれだけの大物を仕留めたんだ、このくらい安いものさ」
蔵王のおっさんが言うように今回の旅費や宿泊費は全て怪異対策室の捜査費から出ていた。専守防衛が国是の日本と違い、アメリカを始めとした先進諸国では魔法技術の軍事転用も視野に入っていると言う。魔法を使える怪異対策室の捜査員に対して高待遇が保証されるのも頷ける事かもしれない。
「それにしてもあの二人は凄かったな。あのクラスの高次元エネルギー体を瞬殺とは…君らは魔獣と言っていたが、アレと戦った経験はあるのかね?」
「向こうの世界じゃマーダーグリズリーって呼ばれてたけど、レオとライアンの兄弟なんかは日常的に狩ってたよ。物理耐性が高くて毛皮がいい防具の素材になるもんでな、割と報酬のいい魔獣だったな」
「アレを日常的に…しかも狩るって表現を使うって事はほぼ一方的に倒していたって事か」
「まあそうだな。あれくらいで苦戦してるようじゃネームドの高位悪魔や、あそこにいるような吸血鬼、あとは龍種か、その辺には勝てないからな」
「とんでもない世界だな…」
嘆息したように深い息を吐く蔵王のおっさん。マーダーグリズリークラスでも他の支部の捜査員では手に余るだろう。それが龍種やネームドの高位悪魔が現れた日には俺たち以外に対応出来ないだろうな。
「だけど、蔵王のおっさんや本吉さん、栗原さんならマーダーグリズリーくらいなら倒せるようになったと思うぞ、最近魔力の使い方に慣れてきた感じがするし」
毎日のようにウチの店に来て魔力操作の基礎を学んでいるし、県警本部庁舎に出稽古に行った俺やライオン兄弟としょっちゅう模擬戦してるからな。最近は魔力の練りも良くなってきたけど、最初は酷いもんだったな。
言ってみれば、呪文の詠唱だけ教わった状態で自身の魔力を感知出来てないのに無駄に何ヶ月も練習して中途半端に魔法が使えるようになってしまったようなもんだ。
数式や解法を理解せずに問題集を丸暗記してテストを受けてるような…
思わず苦笑いが漏れてしまう。
「それについては感謝しているよ。君たちが加わってから東北支部の戦果は他支部を押さえて常にトップを走っている。願わくば黒川君にも捜査員として協力して欲しいところだ。実際のところ、この集団の最大戦力は君だろう?それも圧倒的に」
「やめてくれ、俺はただの喫茶店の親父だよ」
「今はそう言う事にしておくよ。君に敵対されるのは日本の国益を大変に損なうからね」
「買い被りさ」
お互いにニヤリと笑ってビールの缶をぶつけ合う。
「楽しい酒の席で余り野暮な話はしたくないんだが…夏ぐらいにちょっと協力を頼みたい事があるから一週間ほど身体を空けておいてくれないか?」
「店閉めなきゃいけねーからその分の休業補償を報酬に上乗せしてくれるなら構わんよ」
「ありがたい、東北支部の成績が急に伸びた事で本部が君たちに興味を示してね。講師としてのオファーが来ているんだよ」
まあ教えろってんなら教えてやるのは構わないが、そもそも保有魔力が少ないこっちの人間に無闇矢鱈に魔法仕込んでもなあ…ちなみに香苗ちゃんと絵梨花ちゃんは例外だぞ、何万人に一人レベルの逸材だ。それを言うなら怪異対策室東北支部の面々も逸材っちゃ逸材だよ、魔力量は香苗ちゃんや絵梨花ちゃんに比べたら少ないが、実戦経験も豊富だし、四人だけで東北六県をカバーしてるだけある。
「わかった、それくらいなら問題ないよ」
俺は軽く頷いてから缶ビールを飲み干す、
すると俺と蔵王のおっさんの話が終わるのを待っていたようにミァが俺の胡座をかいた足の間に身体を滑り込ませるようにして座った。
「シン兄ちゃんは今夜はボクと寝るニャ。よし江ばっかりズルいニャ」
まあ昔は良く一緒に寝てたし、たまには良いか。兄妹で同じテントだとライオンどものいびきで眠れないだろうし。
「いいえ、今夜は私の番だと思います」
「あら、香苗もミァもしょっちゅう真一と寝てるじゃない、今日は絵梨花の番じゃなくて?」
香苗ちゃんと絵梨花ちゃんもかよ。
「せっかくのキャンプだしみんなで寝るか。ホントお前らは甘えん坊だよな」
結局その夜は香苗ちゃん、絵梨花ちゃん、ミァの子供組と同じテントで寝る事になった。他のテントはよし江と米山さんペア、ライオン兄弟と蔵王のおっさんの組み合わせだ。
「んじゃおやすみ」
こうしてGW初日の夜は更けていった。
願わくばこの旅行が香苗ちゃん、絵梨花ちゃん、ミァの良い思い出になればいいと、三人の寝顔を見ながら願うばかりだった。
本日も閲覧ありがとうございました。
 




