第七話 とあるお犬様と生類憐みの令(前編)
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この店には私の魅力に魅せられた下僕たちが列を成してやってくるの。手に手に貢物を持って、例外無く同じ言葉を吐くわ。
「ヨッシー君はホント可愛いわね、ほら高級ドッグフードのお土産よ」
「わふっ」
ああ、私は何て罪深い女なのかしら。
誰しもが私の身体に触れたがるのよ。
「このワンちゃんモフモフで可愛い〜」
「わう〜ん」
私の名前は宵闇葵、このカフェの主…
***
怪異対策室を訪ねてから一週間、代わる代わる捜査員が訪ねて来ては店長やレオと魔法について会話しては帰って行きます。
私は吸血鬼としての能力しか持っていませんので、いまいち魔法と言う物がよくわからないのですが、店長に言わせると対策室の捜査員たちは最初に結果ありきで魔法を覚えてしまった為に魔法を発動させる過程を知らないとの事でした。
確かに身体強化も強化する仕組みを知らずにただ魔力を垂れ流していてはほとんど強化なんてされないでしょう。消費が激しい割に結果が伴わない残念な魔法になっているようです。
「今日も店番ありがとな、ミァ、よし江」
対策室での出稽古から帰ってきた店長がミァちゃんと私の頭を撫でてくれます。あ、耳元気持ちいい、もっと撫でて欲しいわん
いけない、また精神が犬に引っ張られていました。
「いくらフード類は店長が作り置きしてるからって犬と異世界人だけで店番させるのはどうかと思うんですが?」
「ボクは大丈夫ニャ。冒険者ギルドの酒場のお手伝いもしてたことあるニャ、慣れてるニャ」
「ぐぬぬ」
そうです、別に私とミァちゃんだけでも店は回っています。レジの操作だけ覚えてしまったミァちゃんはしっかりカフェリトルウィッチの看板娘の仕事をこなしているのです。
しかも猫耳、猫尻尾で!
今では看板犬の私と人気を二分する始末。
この店の王が誰なのかわからせてあげなければいけませんね。
「ヨッシー君は店の事ちゃんと考えてくれてるんだな、偉いぞー、よしよし」
「わ、わふん…気持ちいいわん…」
わふぅ…ヤバいわん、店長の撫で撫での破壊力たるや…ついつい犬の本能全開で店長の手のひらをペロペロ舐めてしまいました。
「あれ…この味…」
店長の手のひらを舐めていると感じる微かな違和感。何やら身体の奥底から力が湧き上がって来るような感覚です。
「あ、すまん。レオと模擬戦してな、ちょっと手のひら擦りむいてたみたいだ。」
呑気にそう言って笑う店長。
本気のレオと模擬戦して手のひらにかすり傷一つってどんだけですか。相手のレオは全身打撲で二階の居住スペースで寝込んでいると言うのに…
これが人間の血の味…
手のひらにこびりついたほんの少しの血でこれだけの全能感を味わえるなんて、喉に絡みつくくらい一気に飲み干したりしたら私おかしくなっちゃうんじゃないかしら…
「もう我慢出来ないっ!」
昔懐かしいコーンフレークのコマーシャルの台詞を叫んだ私は、差し出された店長の手に思いっきり齧り付いていました。無駄に鍛え上げられた店長の魔法・物理防御マシマシの皮膚はとても硬くて、ほとんど歯が立ちませんでしたが、ほんの数滴だけ血が滲む程度には傷を付ける事に成功しました。
「うま、うま…かゆ…うま」
何これ、何これ!?
こんな美味しい物を知らずに二十四年も生きてきたなんて私は何て愚かだったんでしょう。エナジードレインで吸う生気なんてこのワインのように芳醇な生命力の香りには敵わないわっ
「こらっ!ヨッシー君、人の手噛んだらダメニャ!メッ!」
夢中で店長の傷口をペロペロしているとミァちゃんに引き剥がされました。店長は魔法・物理共に防御力がおかしいようで、ちょっとじゃれつかれたくらいにしか感じていないようです。
「まあまあミァもそんな怒らなくても良いだろ。ちょっと歯が当たっただけだよ。な?ヨッシー君」
「今のシン兄ちゃんじゃなかったら骨ごとイかれてたやつニャ〜」
この猫娘は余計な事を…
幸いにして店長が鈍いから保健所送りは免れましたが。
わふうう、もっと飲みたいわん…
***
可愛いワンちゃんエキサイトしちゃってハプニング!を装った吸血から数日、ついつい目で店長を追ってしまっている自分がいます。
あの仕事終わりの疲れた身体を誘惑する駅ホームの立ち食い蕎麦の出汁みたいな匂い。きっと店長からそんな匂いがばら撒かれているに違いありません。凄く美味しそうです。
まあ、電車通勤とかした事無いんですけどね、大学出てから暫くプーでしたし、ヤクザ屋さんの用心棒は非常勤で、だいたい現地集合、現地解散でしたよ。今は住み込みですから通勤がそもそもありません。
私の就職失敗談はどうでもいいんですよ。今はどれだけ店長が美味しそうに見えるかって話をしてるんです。基本的に看板犬の私はお客さんが来たら入り口までお出迎えして、あとはだいたい店の奥のボックス席、通称ヨッシーシートに寝転がってゴロゴロして過ごしています。そこから見る店長の袖捲りした二の腕にかぶりつきたい衝動を抑えきれず、今日はずっと涎を垂らしていたくらいです。給仕のミァちゃんの手が空いていない時は、お客さんに出すコーヒーを店長が持って行くのですがついつい目で追ってしまったり、後ろを付いて歩いたりしてしまうのです。
「それもう恋しちゃってるじゃない」
「え〜、そうかなあ〜?恋かな〜?」
「で、どうなの?一緒に住んでるんでしょ?」
「うーん、夜はだいたい一緒に寝てるけど…」
「マジか…あのよっちゃんが男と寝てるのか…マジでか…」
とりあえず幼馴染のともちゃんに電話で相談してみたけど、クソヒキニートのともちゃんに相談したところで有効な助言は得られませんでした。
「でもさ〜、その店長さんだっけ?そんなに普通の人の血と違うもんなの?私も子供の時に人間の友達が転んで指切ったのを舐めてあげるふりして吸ったのが最後だけどさ、あんまり美味しくなかったよ?」
「いやもう凄いのなんのって。昔話で大蛇とか狒々の妖怪が得の高いお坊さんを狙うのと一緒で魔力の多い血はきっと美味しいんだよ。だって、ほんの数滴しか飲んでないのに滅茶苦茶強くなった気がするもん、もう他の人の血なんて飲めないわよ。いや、他の人の血飲んだことないけど」
「一緒に住んでて夜は一緒に寝てて、その人以外の血を飲みたくないって、それもう結婚じゃん。結婚しちゃってるよ。はあー、ウチらの仲間内じゃ絶対よっちゃんは最後まで一人だと思ってたんだけどなー。裏切られたわー。」
失礼な奴だなともちゃん。
でも、もう結婚してるってとこは同意だわ。
一緒に暮らして(職場に住み込み)
一緒に寝て(犬モードで)
お風呂も一緒だし(勿論犬モードです)
これはもう結婚していると言っても過言では無いわ。こんなに可愛い奥さんの頼みだもの、血の二リットルや三リットル、飲ませてくれるはずよね。
ともちゃんとの電話を切った私は店長の部屋まで行くと、特にノックもせずにドアを開けました。ラッキースケベとか期待してませんよ?
「なんだよよし江、ノックくらいしろよな」
デスクでパソコンに向かって今月の収支計算をしていた店長が椅子ごとこちらに振り向きました。部屋着にしているTシャツに弛めのハーフパンツ、筋肉質だけど太くない程よく締まった上質なヒレ肉のような二の腕とふくらはぎが眩しいですね、おっといけない、涎が…
「店長…いや、貴方……もう我慢できないので食べちゃっても良いですか?」
「ダメに決まってんだろ!」
「ええ、何でですか?こんなに可愛い奥さんの頼みですよ?ひと齧りくらい良いじゃないですか。ちょっとだけですから、ほんのちょっとで良いんです」
「誰が奥さんだ、誰が!」
釣れませんね…
でも私も引き下がれません。かくなる上はジャパニーズ土下座しか無いようですね。流れるような動作で床に平伏し、私は心の底から懇願したのでした。
「血を飲ませてくださいっ!!!」
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