プロローグ とある国家公務員の後悔
第三章始まりました。
「S市泉区で高次元エネルギー反応を確認しました、近隣の捜査員は現場に急行してください」
久々の緊急出動連絡は、たまの非番の日に駅前のSっ子ラーメンで味噌ラーメンを啜っている時だった。学生の頃から二十年以上お世話になっているSっ子ラーメン、S市内の学生のソウルフードと言っても過言ではない。よな?
ん、ラーメン堂Sっ子が正式名称だったか?
まあどちらでもいい。俺にとって最高のラーメンがSっ子ラーメンに違いはない。
急いで店を出て、支給されている捜査員用スマートフォンから東北支部に連絡を入れた。
「蔵王だ、今S駅前にいる。現場まで二十分少々で行けると思うが」
「課長!ちょうど良かったです。本吉さんと栗原さんが例の鉄虎会の件で関西に出張に行ってまして、動ける捜査員が誰もいなかったんですよ。今から向かって貰えますか?」
警視庁怪異対策室東北支部、それが俺の所属する組織だ。不可思議な事件は過去にも数多く起きてはいたが急激に増えたのが今から五年前。都市のど真ん中で猛獣に食い荒らされたような死体が立て続けに見つかるも目撃者は一切無し。また別の日には衰弱しきって廃人のようになった被害者が一度に数十人規模で見つかった。どう足掻いても人間には不可能な犯罪。
それを調査し、原因となった高次元エネルギー体を駆除するのが主な業務となっている。
元々、人智を超えた存在、妖怪や悪魔を祓うのは土着の宗教の仕事とされて来た。拝み屋や、祓い屋、古くは京の都の陰陽師にまで遡る。ここ二百年ぐらいはとある禅宗の仏教宗派が細々とその任を担っていたようではあるが、ここ数年は急激に事件数が増加した為、ついに国家権力がその重い腰を上げたって訳だ。
そしてとある仏教宗派の協力のもと『No.5』と呼ばれるエネルギーを保有し、操る事の出来る人材を集めて組織されたのが警視庁怪異対策室だった。今から三年前の事だ。
怪異退治を専門にしていた坊さんたちが持つ不思議な力を科学的に分析した結果、それは誰しもが持つが特殊な訓練無しでは誰も使う事が出来ないと言う結論が出た。中央の学者さんたちはその力を古代ギリシャ哲学の四大元素である大地、水、空気、火に次ぐ第五のエネルギーと言う事でNo.5と呼ぶようになった。
警察、消防、自衛隊、その他の各省庁から集められたNo.5保有者は北陸地方にある仏教寺院本山で数ヶ月の訓練を受け、日本全国に配備された。東北六県を管轄する東北支部には捜査員は俺、本吉、栗原の三名しかいない。それにオペレータ兼事務員の米山祥子を加えた四人が東北支部の全戦力となっている。
支部長?支部長は東北ブロックの国家公安委員が兼任しているから実権もないし、捜査にはノータッチだね。だから東北支部の事実上の責任者は俺って事になる。
と言うか責任者が現場に出なくちゃいけないくらい捜査員の人数が少ないのが問題だとおじさん思うんだよね。事件数自体は発足当初に比べてだいぶ減ってはいるけど、広い東北六県を四人だけでカバーするのは無理よ。無理無理。
愚痴を垂れ流しながら車のドアを開けエンジンをスタートさせた。
「たまにはゆっくり休みたいもんだねぇ」
***
調査を終えて泉中央第二小学校を出た俺は困惑していた。高次元エネルギー体の反応を検知してから現場に着くまでの三十分の間に反応が完全に消失していたからだ。
観測された反応はAクラス。並の捜査員では束になっても傷一つ付ける事が出来ない。各支部のトップである課長クラスが何名か合同で対策にあたり、やっと討伐出来るかどうかって程の化け物だ。俺一人では時間を稼いで応援を待つのが限界だろう。
そんな決死の覚悟で突入したんだが、既に反応は消えてしまっている。
黒板が一枚授業中に割れただけ。事情を聞いた教師たちも、その教室にいた生徒たちも口を揃えてそう言っていた。
状況から鑑みるに対象の高次元エネルギー体は立ち去ったと言うより、消滅させられたと見るべきだろう。周囲に残存しているNo.5の量が余りにも多すぎるのだ。高次元エネルギー体も少なからぬ、と言うより人間に比べてかなり膨大なNo.5を保有しており、討伐後、あたりにはNo.5が撒き散らされる事になる。
これだけの量のNo.5を保有するAクラス怪異を発現から十五分以内に跡形も無く消滅させ、こちらに気取られる事無く姿を消す。そんな真似は俺たちが訓練を受けた本山の高僧でも難しいだろう。
俺はそんな化け物を超えた存在を想像して、全身に走る悪寒を止める事ができなかった。
***
泉中央第二小学校での事件から十日ほど経った。その間に、割れた黒板から検出されたNo.5反応と、戦闘が繰り広げられたであろう屋上に残されていた焦げ跡から検出されたNo.5の反応が別の個体から発現された物だと言う事が判明した。
辺りに残存する反応から炎を操る能力を持った怪異が、黒板を斬り裂いた何者かに討伐されたと言うのが科学捜査研究所及び総本山の見解だった。
生徒及び教師たちへの聞き取り調査の結果、反応があった時間帯にたまたま教室にいなかった岩沼香苗、松島絵梨花の二名が捜査線上に浮上した。たまたま教室にいなかっただけにしては彼女たちの周囲はここ最近派手に騒がし過ぎる。
つい先日、日本最大の暴力団菱山組がS市にある小さな地方組織の傘下に入ってニュースを騒がせたものだが、その小さな小さな地方ヤクザの松島組は松島絵梨花の祖父松島兵衛が組長を務めている。また、数週間前には菱山組二次団体鉄虎会のS市仮事務所が何者かに襲われ、三十人ばかりいた鉄虎会構成員全員が一人残らず鎖骨と両足の骨を砕かれた状態で見つかった。ご丁寧に事務所の玄関ドアには鉄虎会所有と思われる銃器、薬物、脱税や贈収賄の証拠となる裏帳簿などがまとめてビニール袋に入れられたまま引っ掛けてあったという。
俺の捜査員としての勘を信じるなら間違い無くこの二人の少女はNo.5保有者だろう。それも活動している現役捜査員の誰よりも強力な力を持っている…
緊張で震える手を必死に押さえ込みながら、俺はその喫茶店の前に立っていた。つい数日前にS市泉区の商店街の外れにオープンした喫茶店『カフェリトルウィッチ』
松島絵梨花と岩沼香苗がオープンから毎日のように通っている店、今は平日昼だから二人にいきなり接触する危険性は無いだろう。あくまで今日の目的は彼女たち二人の情報を店の関係者から聞くだけだ。
「ごめんください…」
カラカラと言うドアベルの音を立てて、俺はその喫茶店に足を踏み入れた。
今にして思えば、この喫茶店『リトルウィッチ』を訪ねたこのタイミングが、俺の平穏な人生の最後の一瞬で、波乱に満ちた生活の幕開けだったんだと思う。
俺はあの日、リトルウィッチのドアを開けた事を、今でも後悔している…
こんにちは、シモヘイです。
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