第二話 とある使い魔の学童保育
時刻は午後三時。
三月末とは言え東北の春は遠い。朝晩はまだ冷え込みがキツい日が続いているが、昼下がりのこの時間は確かな春の足音が聞こえてくるような陽気で。
はい、窓にもたれて詩人気取りです。
松島会長から絵梨花ちゃんの護衛を引き受けた俺は泉区郊外にある松島家の邸宅にお邪魔しています。何故か香苗ちゃんも一緒に…
窓際に胡座をかいて座る俺の膝の上に香苗ちゃんが座って読書中、部屋の主の絵梨花ちゃんはベッドに寝転がってスマホのアプリに夢中の様子。
俺がガキの頃は友達の家に遊びに行ったら一緒にゲームしたり、同じ漫画一緒に読んだりしてたと思うし、大抵は外で跳ね回っていた思い出しかないよ。今時の子って同じ部屋で全く別々の事したりしてんの?二人で一緒に出来ることとかしたりしないの?俺がおっさんなだけ?
「別に一緒にいるからって同じ事しなくても良いじゃない」
「そうそう、それに今はお兄さん成分を補給しなきゃいけないから」
君ら、俺の心読むの辞めてくれるかな?
「まさかおじさんが香苗の王子様だったなんてね、香苗はこんな冴えないおじさんの何が良いのかしら?」
うるせーな、余計なお世話だ。
そもそも王子様って何じゃい。柄じゃねえんだよ。
「えー、お兄さん格好良いよ。まだ二十九歳なのに魔法使えるし、勿論来年には本物の魔法使いだよ」
ちょっと待ちなさい。
魔法使えるってバラすのもどうかと思いますけど、三十まで童貞だと魔法使いになれるなんてネットスラングをなんで九歳女児が知ってんの。つーか来年は本物の魔法使いって、何で俺の異性遍歴を香苗ちゃんが知ってんのさ。
「お兄さんは私が大人になるまで魔法使いのままでいいんだよ。私がお嫁さんになってあげるんだから」
嬉しすぎて涙が出るね。
あと十年近く魔法使いかよ。
「ねえ香苗、魔法が使えるって何かの比喩よね?そのおじさんが女性に縁が無いって言う、比喩的表現よね?」
まあそう理解するのが常識的だよな。
俺の心にはガスガス刺さってるけど。
痛い痛い。女児の言葉の暴力が痛いよ。
「お兄さんがモテないのは好都合だからいいけど、魔法が使えるのは本当だよー?」
香苗ちゃんが指先を絵梨花ちゃんに向けると、指先から数センチ先の空間に眩い光球が現れた。すっかりライトの魔法もマスターしたようで。
香苗、恐ろしい子。
「な、何よそれ。種や仕掛けがあるんじゃないわよね?」
絵梨花ちゃんがまじまじと光球を見つめたり、恐る恐る触ろうとして指を引っ込めたりしてる。あんまり強い光を見すぎると目悪くするぞ。
「お兄さんに習ったの。最近は他の魔法も教えて貰ってるんだ」
ちなみに香苗ちゃんの魔法の筋はかなり良い。ライトの魔法をマスターして、今は属性魔法にチャレンジしている。部屋の中でも練習出来るように水魔法から手をつけ始めたが、二日で魔力から水の精製に成功していた。
「おじさん、絵梨花にも魔法を教えなさい。これは業務命令よ!他には?他にはどんな事が出来るのかしら?」
まあボディーガードとして四六時中張り付いていなきゃならない訳だし、そのうちバレるよな。それなら危険度の低い魔法についてなら教えても問題無いか。
「えーと、火、水、風、土、雷の属性魔法だろ、あとは簡単な治癒、身体強化、気配感知、認識阻害、武器への魔力付与ってとこかな」
一般的に魔法っぽいと思われるラインナップをあげておく。禁術系はこっちの世界じゃ危なくて使えないし、アイテムボックスはクソ女神から貰ったギフトだから俺しか使えない。闇属性に分類される精神操作系魔法なんかは絶対に教えられない。香苗ちゃんに悪用されたら俺が社会的に終わる。だから絶対に香苗ちゃんには教えられない。
「お兄さん、魔法をかけた対象を洗脳して私の言う事なら何でも聞くお人形さんにしちゃう魔法はないの?あるよね?あるに決まってるよね?お兄さん。」
「無い無い無い!そんな魔法は無いぞ」
ジットリした目で香苗ちゃんがこちらを見ている。そんな目で見ても教えません。
「おじさん、絵梨花は身体強化魔法を覚えたいわ。さあ早く教えなさいっ!」
「身体強化かあ、私もちょっと興味あるかも」
ふむ。
確かに身体強化魔法が使えれば菱山組の構成員に襲われても一撃食らわして逃げる事も出来る。絵梨花ちゃんの魔力量次第ではあるが、こんな小さな女の子がボクサー並みのパンチを繰り出したら暴漢も面食らうだろう。
まあ俺がしっかり張り付いて守れば済む話だが、念には念を入れておきますかね。
「わかった。それじゃお兄さんとの約束だ。自分の身を守る事以外には魔法の力は使わない事。他人の目のある場所では決して魔法を使わない事。わかったな?」
「魔法少女は正体を隠すもの、そんなのわかりきった事よ!」
魔法少女は身体強化して肉弾戦とかしないと思うが、今はそんな魔法少女がいるんだろうか。昔、二人組の魔法少女の黒い方は格闘戦が得意だった気がするけど、全力の身体強化魔法でぶん殴ったら、魔法防御の出来ない普通の人間は頭消し飛ぶからね?テレビに映せない奴だからね?
「んじゃ、とりあえず魔力の区別と感知、コントロールから教えるから、絵梨花ちゃんは右手を出してくれるか?」
俺が絵梨花ちゃんの右手を取ろうとした瞬間に、俺と絵梨花ちゃんの間にものすごいスピードで香苗ちゃんが割り込んでくる。今身体強化使ってなかった?
「お兄さん、絵梨花ちゃんには私が魔力感知を教えます」
「いや、だって香苗ちゃんには魔力操作とか教えてなかったよね?」
「教えて貰ってなくても何故か出来るんです。乙女に秘密は付き物なんです」
なんだかよくわからん理論で言いくるめられた俺は、定位置になりつつある窓際に座って二人の女児が手を繋いで目を閉じるのを眺めていた。
「お兄さんが握っていいのは私の手だけなんですからね」
香苗ちゃんがボソボソと何か呟いている。
多分魔力を絵梨花ちゃんに流すのに精神集中しているんだろう。おっと鳥肌が。まだ肌寒いから風邪でも引いたかな?
松島会長が区切ったリミットまであと二十九日、ボディーガードだか託児所だかわからん依頼はまだ始まったばかりだ。
こんばんは、シモヘイです。
本日も閲覧ありがとうございました。
前回がシリアス回だったので今回は中休み的な日常回でした。
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