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さやけき月を愛でる君  作者: 森戸玲有
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胸の内

◇◇◇


(何なんだ? あの姫君は?)


 東宮は内側から溢れそうになる苛立ちを、好きではない酒を飲み干すことで、解消しようと努めていた。

 さっぱり、意味が分からない。

 いや、彼女の実家からして、謎だらけだ。


 ――九曜家。

 元は皇族だったが、大逆の罪を犯して配流となり、三十年余りの月日を経て、今日の都に戻ることが許された。

 もっとも、その罪も濡れ衣であったと、東宮は父である帝から話を聞いていた。


(ならば……だ)


 九曜家がもっとも、帝や自分を恨んでいるはずなのだ。


(呪詛というのも、九曜の自作自演なのではないか?)


 ここ数年で皇族から数人の犠牲者。身近なところでは東宮の弟も身罷っているのだ。

 二年前に亡くなった弟の時雅親王。

 彼とは母親が違うものの、年齢が近く、幼少の頃から仲良くしていただけに、突然この世からいなくなってしまったことが悔しくて仕方なかった。


(弟は、前日まで元気だった)


 巷では、九曜が手を回したのではないかと、まことしやかな噂が流れている。


(時雅親王の死こそ、呪詛のせいじゃないのか?)


 しかし、帝は、九曜家が東宮を護ってくれているのだと仰せになるばかりだ。


 ――愚かだ。

 帝は九曜 実視を、盲信しているのだ。


(だからこそ、私は……)


 当初、九曜の姫の入内には激しく反対したものの、熟考の末、認めることにした。

 必ず、呪詛の証拠を掴み、姫君諸共、九曜家を成敗してやろう……と。

 期限つきとはいえ、後宮に入内したのなら、絶対に更なる権力を得るため、九曜家は暗躍するはずだ。


 ――だが。

 九曜の姫は、拍子抜けするほど、何もしなかった。

 報告を聞く限り、日がな一日、本を読んだり、ぼうっと中庭を眺めていたり……。

 帝の一声で、強引に入内を果たしたお飾りの妃は、帝の妃たちからも疎まれ、苛められ続けていたが、東宮の介入でそれもなくなり、最近では存在自体が空気のように扱われている。

 今宵、彼女の文を受け取って、最初に思ったのは、彼女が東宮を部屋に呼ぶことで、寵愛があったと周囲に吹聴する謀だ。

 それは違うと、九曜の姫のもとに忍ばせている内通者は言い張っていたが、東宮は今ひとつ信用出来なかった。

 覚悟を決めた東宮は、謀を逆手に取るべく、従者を日頃の倍にして、敵の懐に飛び込んだ。

 それなのに……。


(どうしてか……。姫君は溌剌としていた) 


 御簾越しでも分かった。

 彼女は、東宮の寵愛など求めていないのだ。

 緊張しながら、はにかんだ微笑を浮かべるばかりだ。

 入内の儀式の際、顔を合わせた時から、感じていた違和感。

 同じ空間にいるのに、彼女だけが違う世界にいるような感覚があった。

 遥か遠くを見ているような、茫洋とした眼差し。

 極めつけは「妃を他に娶った方が良い」という謎の助言だ。

 他に心当たりの姫がいるのなら、早く娶って欲しいと、頭を下げながら頼まれた。


(何なんだ。まったく)


 思い出しては、まるで、侮辱されたような怒りが沸きだしてくる。

 姫は「作戦変更」だとか、意味不明なことを口走っていたが……。

 単純に、寵愛が欲しいと訴えてくる方が、対処があるだけマシだった。


(一体、私に他の妃を娶らせて何の意味になる?)


 九曜の姫が考えていることが、読めなかった。

 新たに娶った妃までも、殺すつもりなのか?


(……分からない)


 ひとまず、その提案は、きっぱりと断った。

 妃など、いらなかった。

 自分よりも、亡くなった弟の方がすべてにおいて優れていたのだから、弟が東宮になるべきだったのだ。

 世間で評判の良い澄良親王は、努力で作り上げてきた虚像だ。

 本当は、東宮になんてなりたくなかったし、帝なんて絶対にやりたくもない。

 もしも、本当に呪詛が仕掛けられているのなら、弟の敵を討った上で、大人しく殺されてやろう。


「しかし、まずは九曜だ」


 九曜の姫君は、名を「維月」というらしい。

 内通者が知らせてきた実のある情報は、それくらいだ。

 九曜 実視の私生活について、東宮は何一つ知らなかった。

 唯一分かっていることは、帝の信任が異様に厚く、亡くなった母と多少交流があっということくらいだった。

 自分だけではない。

 宮中の誰も、実視について詳しい者などいないはずだ。

 尋ねても、本題から逸れた答えを告げて、逃げていくだけ。柳のように、ゆらゆらと揺れて掴めない男なのだ。


(あの男は、すべてが異様なのだ) 


 後宮では、維月のことを天上の月ではなく、野草の月草にかけて「月草の女御」など、揶揄しているらしい。

 彼女が儚く後宮からいなくなる存在だと、分かっているのだろう。



 ――それから程なくして、九曜の姫君・維月が倒れたという報せが、東宮のもとに飛び込んできたのだった。

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